第178話 【Side:議事堂】王都脱出と妄執のアレス
「さて、と」
再び退路について思いを馳せ始めるエメラルダ。
……それにしても、帝国もグルだったとは。ならば、共和国も怪しい。
だとすれば退路は東方面から迂回して、アギトたちのいるペルソンへと向かうのがいいだろう。
なにせ帝国は王国の南南西、共和国はその隣の南西方面に位置している国家。もしもこの両国が支援軍を配置しているのだとしたら、王都西側の可能性が高い。
「……決まりね」
エメラルダは地上でガン・ケンが苦戦しかけていた様子だったので助太刀をしつつ、議事堂へと降りる。
ガレキの下からの救助状況は魔国兵士が半数と骸骨馬が数体。
……潮時か。
「退路を確認してきました。撤退です。これから王都を抜けつつ、道中の車などを鹵獲し、ペルソンへと向かいます」
「なっ……エメラルダ様っ! お待ちくださいっ!」
決定に、異を唱える声が響く。
ガレキの間から勢いよく立ち上がったのはミルフォビア。
必死に救助活動にあたっていたのだろう、その全身は煤にまみれている。
「まだ半数以上がガレキの下に残っています! それに、アラヤ様もまだ……!」
「……そう。キウイもまだ見つかっていないのね」
エメラルダは一呼吸を置いて辺りを見渡してみる。
その場の全員が、息を呑むようにして続くエメラルダの言葉を待っていた。
意を決して、エメラルダは口を開く。
「それでも撤退します。ガン・ケンの身を削る働きによって敵軍は混乱の最中であり、今の機会を逃すわけにはいかないのです」
「でっ、ですが……!」
「決定は覆しません。納得しろとも言いません。ただ、理解しなさい。これは今、この場で生きている者たちを確実に生き延びさせるための選択なのです」
「……!」
ミルフォビアは下唇を噛み、俯いた。
「……理解、しました」
「そう。なら行動を──」
「わたくしだけで、この場に残ります」
「……! ミルフォビア! あなたは自分が何を言っているかわかっているのっ!?」
「はい。まだ探せる場所は残っています。エメラルダ様たちは撤退なさってください。わたくしは、自らの職責として、あの方を置いてこの地を去るわけに、は──」
そう言いかけて、しかし。
とたんに白目を剥き、意識を失うミルフォビア。
ガクン、とその膝が折れ、倒れ込む。
それを正面から支えたのは、議事堂のガレキの山へと戻ってきたガン・ケンだった。
「忠臣だな。この場に残して死なすには惜しい。このまま連れて行くぞ」
言って、ガン・ケンはミルフォビアをその肩に担いだ。
「魔眼を使ったのね。助かったわ、ガン・ケン。傷は大丈夫?」
「無論。この程度カスリ傷に過ぎん。まだ十分に闘える」
「……そう。頼りにするわ」
カスリ傷、というのはさすがに強がりだろう。
いくらエメラルダが近接戦闘に疎くとも、ガン・ケンの身にまとう鎧に深々と刻まれた傷を見ればそれくらいのことはわかる。
やはり、今が潮時なのだ。
……キウイがいてくれたなら、話は別だったかもしれないけれど。
「……行きましょう」
深いため息交じりに言う、エメラルダ。
ケガ人を骸骨馬へと乗せて議事堂のガレキの山を後にする。
エメラルダが空中の、ガン・ケンが地上の先頭に立ち、包囲網の薄い場所を狙って次々に突破していった。
* * *
議事堂の近く、ガレキと死体だらけの一角にて。
倒れ伏していたのは、帝国騎士団団長であり帝国勇者でもあるミリスティン・セイクリッド。
彼はその手に握りしめていた聖剣を杖にして立ち上がる。
「……みんな、無事か」
その問いに、近くで共に倒れていた騎士団の仲間たちが返事をする。
返ってきた声は四つ。
「マチェッドとピリカがやられたか」
二人とも、ミリスティンとともに武芸を極めた精鋭の騎士だった。
だが、あの魔国幹部たちを前にしてはそれでもなお実力が不足していたということだ。
「……惨憺たる結果だ」
言って、ミリスティンは議事堂の方面を見通した。
ガン・ケンとの戦闘で辺り一面荒涼としている。
その奥の完全崩壊した議事堂からはすでに、魔族たちの姿がなくなっているようだ。
……こちらの損害は多数。にもかかわらず、敵将の一人も討ち取れないとは。
魔国幹部の力を見誤っていた、と歯嚙みするミリスティン。
その視界に、キラリと。
オレンジ色に光るものが見えた。
それは馴染みのある、聖術が放つ輝き。
「あれは、まさか……」
ミリスティンは一人、その光の元へと駆け寄った。
するとそこにあったのは、彼が思った通り。
「アレス……!」
アレス・イフリート。
王国勇者の彼が、ガレキに背を預け自らへと回復聖術を掛けている姿だった。
「……ミリスティン」
応じるその声は弱々しい。
それもそのはずだ。
先ほどまでガン・ケンの剛腕によって振り回されて、人や建物に打ち付けられていたのだから。
「血まみれじゃないか」
「俺の血じゃない……わかってるだろ」
「……本当に生きていたんだな、アレス」
「頑丈さが取り柄でね。ガレキに打ちつけられたくらいじゃ死にゃしない」
「そっちじゃない。西方エルフ戦線から帰らなかったと聞いていたから、僕はてっきり……」
「ああ、それか。王国軍に帰らなかっただけだ。俺にはやるべきことがあったから。そしてまだ、それは終わっていない」
アレスはガレキを支えにして立ち上がる。
「もう俺は行く」
「そんな体でか?」
「どんな体であろうが、やるべきことを果たす。それだけだ」
「アレス、帝国騎士団に入らないか」
ミリスティンは言う。
「王国軍からは姿を隠したいのだろう? ならば帝国軍へと来い」
「……よくそんなことが言えるな? 俺はさっき、この体でおまえの仲間たちを殺したんだぜ?」
「それはガン・ケンのやったことだ」
そんなことを根に持つよりも優先すべきことがあった。
今は一人でも多くの戦士……魔国幹部と渡り合えるだけの力を持つ強者が必要だ。
最低でも魔国と戦うという目的が一致する以上、アレスとも利害が一致するはず。
ミリスティンはそうにらんだ。
しかし、
「断る」
アレスは即答だった。
「魔国幹部と直接やり合うのは二回目だ。だが……あれは正々堂々と勝てる相手じゃない。今回のでそれを痛感した」
「……そんなの、最初からわかり切ってることじゃないか」
ため息交じりに応じるミリスティン。
「人間一人じゃ魔族一体にも勝てやしない。だけど、それでも僕たち人間には知恵があり、そして数の利がある。今回の戦いは喪ったものばかりじゃない。得られたモノだって確かにあるんだ」
それは、決して勧誘のためのハッタリなどではない。
今回ミリスティンたち帝国騎士団がこの王都まで足を運んでいたのは、決して戦闘を主たる目的としてではなかった。
「失敗は成功のもと。史上初の航空戦闘を経験できた。これで帝国軍はより強くなれる」
ミリスティンたちに課せられた使命。
それは航空戦闘を含めた次世代戦闘教義の構築のために必要となる戦闘データの収集だ。
「爆撃機単体ではすぐに墜とされてしまうこと、そして魔国幹部に対しては爆撃に頼らない対策が必要であることなど……課題は明らかになった。あとはそれを克服するだけだ」
「ククク、小狡い国だな。王国を実験場にしてたわけか」
「……なんと言われようとも、最後に人類が勝利すればいい」
ミリスティンは確信する。
たとえ一つの国を犠牲にしようとも、これ以上の魔国の領土拡大は絶対に阻止しなければならない。
かつての中世、暴虐な魔族たちが跳梁跋扈した暗黒時代を繰り返さないためにも。
「おまえのやり方はわかったよ、ミリスティン。せいぜい頑張ってくれ」
「アレス……」
「俺もやり方を変える。目的のために、あのキウイ・アラヤを討ち取るために。どんな悪逆でも尽くしてやるさ」
「キウイ・アラヤ……?」
「じゃあな。もう、会うこともあるまい」
アレスはそう言うと、今度こそ立ち去るのだった。
* * *
──その日、王都の被害は凄惨たるものだった。
暗殺対策で姿を消した国王ゼウスは、マスメディアの前へと代理人を立て、今回の事件に関する被害の内容を以下のように発表した。
王国兵死者320名、負傷者多数。
民間人死者2名、負傷者複数名。
国民議会の庶民院議員251名 (全員)の死亡。
国民議会の貴族院議員121名 (全員)の死亡。
王国第二王子アポロの行方不明。
議事堂の崩壊を始め、周辺の建物への甚大な被害有り。
また、今回の『魔国講和使節団による虐殺行為』という非常事態へと駆けつけてくれた『偶然にも近くで軍事演習していた帝国友軍機』も何機も墜とされた。
『これは魔国による人類全体への宣戦布告であり、決して許してはならない蛮行だ。魔国は王国のみならず、人類全体にとっての大敵である』
国王ゼウスは国内外へとそう呼びかけると、最後にこう締めくくった。
『忠節なる王都民たちに告ぐ。案ずるなかれ。国王ゼウスの名において誓おう。もう二度とこの王都へと、邪悪なる魔族らを踏み入らせたりはしないと!』
帝国・共和国の軍事支援に加え、他の人類国家からの支援も見込めるだろうと強気の国王たち徹底抗戦派閥はまだ知らない。
獅子身中の虫の存在を。
王国内にはすでに、魔族ではないものの魔国幹部がいることを。
その男──置いてきぼりのキウイ・アラヤが、今もなお、王国に潜み蠢いている。
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次のエピソードは「第179話 うきうきキウイと外科治療」です。
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