第176話 【Side:議事堂】双手のガン・ケンと謎の騎士団
──デュラハン種は不遇であった。
なにせ生まれついて彼らは頭と胴体が分かれており、常に片方の腕で頭を支える必要があったから。
強き者が上にのし上がれる魔国において、その不利は致命的だった。
ゆえに、その不利を補うために多くの者たちは馬上で戦う訓練を積む。
だがしかし、その馬にすら乗れず、なんの不利も克服することができず、それでいてなお偉業を成した者がいた。
その偉業とは、たった一人きりでの魔王城防衛。
百年前の魔国統一戦争で、そのデュラハンは千を超す機械人形種たちの猛攻を一人で払いのけ、万を超して降り注ぐ火炎の盾になってみせた。
その者こそ、ガン・ケン。
──当時付いた二つ名は、魔国最堅。ガン・ケンは魔国随一の防衛力を誇る魔族として畏れられた。
だが、それが人類国家で広まることはない。
最堅など、今のガン・ケンのただの一面に過ぎないと誰もが理解してしまうから。
「──では、終わりにしようか」
ガン・ケンは右手に持つ鉄筋棍棒をアレスが振るう聖剣へと叩きつける。
衝撃に震える空気。
アレスの体がしびれるのが見て取れた。
その隙を見逃さない。
ガン・ケンの左手が伸び、アレスの右足を掴んだ。
「なっ!? 放──」
「黙っていろ」
ガン・ケンは悠々とアレスの体を持ち上げたかと思うと、勢いよく地面へと叩きつけた。
地面が割れ、ヒビが入る。
そしてまた持ち上げる。
ビタンッ、ゴシャッ!!!
ガンッ、メシャァッ!!!
戦場に響き渡る、人肉を地面に打ち付ける音。
アレスの身にまとっていた鎧の一部が砕け、宙へ舞う。
「……フム。頑丈だな」
ガン・ケンはアレスを眺め、ほくそ笑む。
アレスの顔は血にまみれ、その意識はすでに飛んでいる。
いまだ死んでいなかったことを褒めるべきかもしれない。
「これはいい武器になる。壊れるまで叩きつけてやろう」
ガン・ケンが駆け、議事堂の敷地外に出た王国兵に追いつき、その左手を振るう。
勇者アレスの硬い体が、王国兵の体にぶつかって血肉をはじけさせた。
「フハッ、フハハハハッ!!!」
右手に鉄筋棍棒を、左手にアレスを持ったガン・ケンは、後退しつつある王国軍を猛追した。
──阿鼻叫喚の嵐が、戦場を席巻する。
アレスが王国兵にぶつけられ殺されていく残虐なその光景に、もはや勇気を奮う兵たちはいない。
隊列も陣もかなぐり捨てて、王国兵たちはガン・ケンから必死に逃げ惑う。
追いつかれればその左手の無慈悲な一撃で体を潰されて、追いつかれずともその右手の棍棒によって弾き飛ばされた石片が体に穴を空ける。
止まるも地獄、走るも地獄。
「あへっ……あへへっ! これはぁ、夢だ! 夢なんだっ!!!」
気が違って、その場に立ち止まる兵士も出た。
その頭上に落ちるのは、ガン・ケン振るうアレスの先端──アレスの石頭。
ベショリ。湿った音とともに、兵士の頭から股下までが潰れて一体となり、地面の染みとなる。
アレスはまだなお、原型を留めている。
「なかなか壊れぬな。鎧の効果か? まあいい」
嗤うガン・ケン。
ガレキと化している議事堂の裏手から、援護に訪れたのであろう王国兵たちが顔を出してくる。
「おまえが死なぬというならば、他の犠牲が増えていくまでよ」
──後に、その地上の戦闘の様子を目撃していた爆撃機の操縦者の手記にはこう書かれている。『上空から見ればその様は、さながら箒でアリの行列を掃くかのようだった』と。
それほどまでに、ガン・ケンと王国軍の戦力は次元が違った。
もはや誰も止められる者はいない。
そして、議事堂正面を包囲していた王国兵の半分近くが死に絶えて、援護に訪れた王国兵たちにも甚大な被害が出始めたころ。
── 手記にはこう続いていた。『もしもこのとき騎士団が介入していなければ、王都はそのまま双手のガン・ケン一人に落とされていたかもしれない』と。
「むっ?」
王国兵をなぎ払っていたガン・ケンの胴体へと、左右から横なぎに振るわれた黄金の鎖が巻き付いてきた。
かと思うと、その正面。
逃げ惑う王国兵たちの間から飛び出してきた男たちが、その手の武器を振るう。
「グッ……!」
体に走るいくつもの深い傷。
力が抜け、ガン・ケンの膝が地面についた。
「これは……聖術を付与した武器か……!?」
「……」
ガン・ケンの周囲を囲むように無言で立ちはだかったのは、白いマントをたなびかせる者たち。
総勢六名。王国兵とは明らかに別格の動きで、ガン・ケンの防御をすり抜けるように攻撃を加えてきた。
「フム、強いな……」
六人を見渡すガン・ケン。
決して油断していたわけではない。だが鎖の拘束は完全に死角をついてくるもので気づけなかった。その後の攻撃技術も相当なもの。
一人一人の練度が勇者並みだ。
「おまえたち、その兵装は王国の者ではないな? どこの国の刺客だ?」
六人のうちの二人がガン・ケンの体に伸びる鎖を握っており、その他は剣やハンマーなど、それぞれ異なった近接武器をその手に持っている。
アギトが壊滅させたはずの勇者部隊を除いて、王国軍の中にそんな異色な兵装をした部隊はなかったはずだ。
「答える義理はない」
口を開いたのは、六人の真ん中に立つミントでも主食にしていそうな優男。
その正体は帝国騎士団団長であり帝国勇者を冠する者、ミリスティン・セイクリッドである。
「……はぁ。想定を超えた、目も当てられぬ暴れぶりだったよ。本来、僕たちの出番はなしで終わるはずだったのだけどね」
ミリスティンはため息交じりに言いつつも、その手に持つ聖剣を構えた。
「みんな、一斉にやるぞ」
黄金の鎖によって弱体化したガン・ケンに取れる選択肢は多くないだろう、ミリスティンはそう判断する。
だが相手は魔国幹部。
最後まで決して油断などはしない。
ミリスティンが先陣を切って駆け出した。
それを合図に、騎士団全員でガン・ケンへと飛び掛かっていく。
ガン・ケンはその六人による一斉攻撃を、右手の鉄筋棍棒で防ぎ──はしなかった。
ザシュッ! と。
それぞれの一撃が無防備なガン・ケンのその体に深く刻まれる。
「一人、か……」
言って、わずかにフラつくガン・ケン。
その左手から、武器代わりに振るっていた勇者アレスの姿がなくなっていた。
「な……なんて、ヤツだ……!」
ミリスティンの額に冷や汗が浮かぶ。
仲間の槍使いの男の腕がもげ、黄金の鎖の一端を握っていた男の胴から上が吹き飛んで絶命していた。
「防御を捨て、アレスの体を投げて反撃してくるなんて……!」
「なかなかに痛かったぞ」
「な、なぜまだ立っていられる……!?」
ありえない、と距離を取るミリスティンたち。
ミリスティンの振り下ろした聖剣の一撃、それに他の者たちの攻撃もまた、ガン・ケンへ深々と傷をつけたはずなのに。
だというのに、
「終わりか? 童ども」
ガン・ケンはいまだ不敵に笑っている。
そして、少し拘束の緩んだ黄金の鎖を引きちぎらんと力を込めた。
だがそれは魔族弱体化の鎖。いくら力を込めようと、魔の位相のガン・ケンではビクともしない。
「チッ、まあいい。体も温まってきたところだ。続けようではないか、人間ども」
ユラリ。
その右手の鉄筋棍棒を持ち上げたかと思うと、ガン・ケンは地面へと叩きつけた。
石の破片による範囲攻撃。
しかし、それは悪手。
ガン・ケンの放ったそれは、明らかに威力が減衰していた。
「……好機!」
それを一番最初に悟ったのは、ミリスティン。
「ガン・ケンは強い! だが無敵なわけじゃない! ちゃんと弱っているんだ、倒せるぞ!」
武器を構え、ミリスティンは吠える。
「この機を逃すな! この双手のガン・ケンを、今ここで確実に討ち取るんだ!!!」
残された騎士団五人の意志は一つに。
息をそろえ、再びガン・ケンへと武器を振るわんとして、一斉に飛びかかる。
だが、
「──よく一人で持ちこたえてくれたわね、ガン・ケン」
滝のように空から降り注いだ大量の青い魔力が大波となり、騎士団たちを呑み込んでその底へと沈める。
とっさに空を見上げるミリスティン。
上空に、こちらに冷たいまなざしを向ける者があった。
「魔国幹部……エメラルダかっ!!!」
ミリスティンにとって、それは考えられる限り最悪の展開だった。
今の状態で魔国幹部を二人も同時に相手など、とうていできやしないのだから。
しかし、
「王都を抜ける退路を見つけたわ。引き上げましょう」
エメラルダがそう言って、直後、青い魔力が渦を巻く。
ミリスティンたち騎士団はその中心へと吸い寄せられ、そして、
「覚えておきなさい、帝国の騎士たち。王国と組み、われわれを陥れようとしたこの報いは必ず受けさせてあげる」
その言葉とともに青い魔力は激流となり、ミリスティンたちの体を遥か後方へと流し飛ばした。
いつもお読みいただきありがとうございます!
次のエピソードは「第177話 【Side:議事堂】エメラルダの本領と内なる神獣」です。
次回もよろしくお願いいたします!




