第154話 計画通り……なのだろうか?
風邪による休みが明けてから初めてのアラヤ総合医院での仕事は、それほど忙しいものではなかった。
受付のウサリーや俺が休みの間に医院の手伝いをしてくれていたらしいシェスによれば、この一週間は普段混み合う昼の時間帯でもだいぶ落ち着いていたのだとか。
おそらくは西方エルフ戦線が収束したことで、戦地に招集されていた医師たちの多くが魔都デルモンドへと戻ってきているためだろう。
「悪いことではない……が、いささか物足りないな」
夕刻、一日の診療を終えて、俺は思わず一人でそうつぶやいてしまった。
戦争はキライだが、しかし戦地で良かったのは治療者に困らなかったことだ。
いくら治してもキリがなく、次から次へと患者が運び込まれてくるので次々に新しい発見があったものだった。
そんな忙しくも充実していた日々を思い返しつつ、
『ああ、大怪我を負った珍しい魔族の急患でも来ないかな』
なんてダークヒーラーにあるまじき不謹慎なことを考えていると、
「キウイ様、ご客人がいらっしゃいました」
スライドドアを開けて診察室へと入ってきたのは、受付用の看護師服に身を包んだシェスだった。
「客人?」
「はい。王国からの使節団の方々です」
「ああ、彼らか。通してくれたまえ」
何の用だろう?
まあ、講和会議に関する話だとは思うが……。
もしや俺がいわゆる『漁夫の利』を狙っていたことがバレでもしただろうか?
もともと停戦からの講和会議の流れは、元々俺が何をするまでもなく魔王ルマクがやろうとしていたことである。それをあたかも『俺がなんとかして講和会議にこぎつけるための便宜を図りましょう』なんて言っていたわけで……それに対する苦言を呈しにきた可能性はある。
……まあ最悪の場合、それでも別に構わないのだが。
それは王国で俺が自由に動くための外堀作りが失敗しただけ。
別に俺個人に対しての心証を損ねたところで、魔国王国間の停戦から講和会議という大きな流れが変わることはないだろう。
なんて考えていると、コンコンコンとノックの音がする。
「突然の訪問で失礼いたします、アラヤ様」
そう言って診察室に入ってきたのは、アポロ一人だった。
「いえ、構いませんとも。こちらこそ、白衣でのお出迎えで失礼……ところでアポロ殿下、お一人ですか?」
「お邪魔になると申し訳ございませんので、他の者たちには待合室で待ってもらっています」
「そうでしたか。それはお気遣いありがとうございます」
そんな社交辞令を交わし終えると、いよいよ本題だった。
さて、どんな用件だろうと俺が内心で身構えていたのだが、
「えっ?」
思わず疑問符が口を突いて出る。
なにせ、アポロが俺の前で深々と頭を下げたのだから。
「アラヤ様、このたび魔王陛下へのご拝謁の機会をご手配いただきまして、誠に感謝いたします」
「えっと……?」
「アラヤ様にご尽力いただいたおかげで、つい先ほど魔王陛下への謁見が叶い、さっそく一時停戦協定の締結をすることができたのです」
「ああ、そうでしたか。それはそれは」
どうやら俺の企みがバレたわけではなかったらしい。
ホッとする。
それにしてもさすがはアギトだ。
いくら弱体化しているとはいえど、集結しているだろう王国軍の戦力を真正面から相手にして、一週間と少しで占領にまでこぎつけるとは。
「頭をお上げください。私は大したことはしていませんよ」
実際、本当に何もしていないのだからそこまで頭を下げられると少しばかり罪悪感のようなものも覚えてしまう。
「それよりも、無事に話がまとまったようでなによりです」
「はい、おかげさまで!」
アポロは輝いた瞳で俺を見る。
「魔王陛下にうかがったところ、講和会議へはアラヤ様もご臨席されるのだとか。本日こうしておうかがいさせていただいたのは、このたびの感謝をお伝えするためと、今後の講和会議におかれましても変わらぬご高配をと思いまして、そのごあいさつに参りました」
「いえ、そんな高配などと……私はお飾りで同伴するようなものですから」
「いえいえ、そのようなご謙遜を」
「いえいえいえ、本当に」
謙遜なんてしていないとも。
だって俺は交渉事には関わらないのだから。
あくまで魔国に住む一般人類代表として、魔国は人類国家が思うような悪い場所ではないとアピールしに行くだけだ……魔国幹部なので、一般人ではないかもしれないが。
「王都へとお越しいただく際には、心よりの歓迎の意を込めてお迎え申し上げたく思います。また、何かご入用の品などございましたら、前もってお申し付けいただければ誠に幸いです」
「ほう」
……なんとも嬉しい話じゃないか。
俺のことを信頼してもらった上で、どのように話を転がしたらいいものだろうと悩んでいたのだが、こうも早く機会が訪れるとは。
「でしたら、品ではないのですが、いくつかご用意をお願いしたく」
「アラヤ様のご所望とあらば、形式など一切問いませんとも。どうぞご遠慮なさらず」
「では……このたびの王都訪問時に、ぜひ密かに街の見学の機会をいただければ、と」
「は……街の、ですか?」
アポロは不思議そうに首を傾げる。
「しかし、アラヤ様はもともと王都でお暮しになっていたはずですが」
「それはそうですが、私も魔力持ちとしていろいろと制限のある身でしたので、立ち入りが禁止されているような場所も多々あったものでしてね」
「と、言いますと……」
「王国教会本部、ならびに国立薬品開発研究所への立ち入り見学のご許可をいただきたいのですよ」
「……! た、確かにどちらも王国教会と深く関わりのある場所ですから、表立っての見学は難しいでしょうが……しかし、どうしてそちらへ?」
「ひとえに、両国間の平和を願って、魔国王国間の技術文化交流の先駆けになればと思ったのですよ」
「技術文化交流?」
「戦争の完全終結には民意も必要です。今後そういった民間交流を活発にすれば、国民内にわだかまる相手国への敵対意識に変革を起こす作用が見込めるでしょう。それに加え──」
俺はそれから適当な理由を申し述べた。
あくまで俺が欲しいのは新たな知識と新たな技術なのだ。
王国教会へと行けば俺のまだ知らない王国独自の聖術やそれに関する技術を持ち帰れるかもしれないし、薬品の研究所にいたっては確実に魔国の先を行っている場所なので、この目でその実態を見られるだけでも黄金のインゴットを上回る価値がある。
今回の講和会議に出席するのは俺にとってはついでに過ぎない。
目的はあくまで技術文化交流……もとい <産業スパイ>だ。
「な、なるほど……!」
しかし、アポロはそんな俺の真の狙いに気づいた素振りもなく、並べ立てられた建前にいたく感じ入ったようにうなずいていた。
「さすがはアラヤ様ですね、戦争の終結に際して、まさか講和条約締結後の両国民間の平和実現にまで思いを馳せてくださっているとは……!」
「んん? ええ、はいまあ……当然ですとも」
「わかりました。この件、ぜひこのアポロにお任せくださいませ!」
アポロはそう言って俺の手を握るとぶんぶんと振ってくる。
どうやら話はついたらしい。
……よしよし計画通り……なのだろうか?
予想をはるかに越えてアポロが俺個人を信頼してくれている様子なのがすでに想定外ということもあり、ちょっとだけ先行きが不安になってしまうのだった。
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次のエピソードは「第155話 【Side:シュワイゼン】メリッサからの解放…?」です。
次回は6/23(月)更新予定です。
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