第144話 ちゃんと面倒を見るなら飼っていいぞ
「──おおっ!? キウイ、なぜおまえがここにっ!?」
世界樹の洞、その玉座の間にて。
集落を覆う結界を力ずくで破りここまで侵攻を進めてきた魔王ルマクとその護衛の魔獣たちを出迎える形になったのは、この俺、キウイ・アラヤだった。
……ふむ、シェスたちは一緒ではないようだな? まあ、それでもいい。
「お待ちしておりました、魔王陛下」
心底ホッとした。本当に。
俺は誰か魔王軍の関係者がここにたどり着いてくれることを切に待っていたのだから。
最初は世界樹の集落から出て、きっと付近を捜索してくれているだろうシェスたちと合流しようと考えていた。
だが、ハッとしてわれに返ったのだ。
……ジラドの手がふさがっている状態で、俺が夜の森を歩けるわけないだろう、と。
背負いでもしてくれる者がいなければ、俺など歩く鶏肉のト体のようなモノ。敵対するエルフや、さもなくば夜に活動する野生動物やモンスターに遭遇したが最後、美味しく料理されてしまうに違いない。
そんなわけで、ジラドの助けを借りて一番安全であり、そして魔王軍の誰かに見つけてもらいやすいだろうこの場所で待つことにしたのだ。
「キウイよ、まずは無事でなによりだ。ウルクロウからおまえが西の賢者と思しきエルフに連れ去られたと報告は受けていた」
「ええ、その通りです」
「そうか、だがいったいどうなっている?」
ルマクは言いつつ玉座の間を見渡して、
「西の賢者はいないようだが……?」
「いえ、ここにいます」
俺が指さしたのは自らの足元。俺の影だ。
「ジラド、出してくれ」
俺がそう言うと影がうねり、その中からニュッと黒ずくめの長身の男ジラドが姿を現した。その様子を見て魔王ルマクは驚いたように目を見開いた。
「ソイツは……!」
ルマクは決して、ジラドの登場に対して驚愕したのではない。
その視線が向かっていたのはジラドの正面。ジラドがその黒い両腕で拘束している西の賢者──メリッサを見てのこと。
「……」
地上に現れたメリッサは一つ深く呼吸をすると、キッとした鋭いまなざしをルマクに向ける。
それに対するルマクはいぶかし気に腕を組んで、アゴにその手をやった。
「キウイよ……はなはだ疑問だ」
「ええ、当然の疑問かと」
「ソイツは、西の賢者で合っているんだな?」
「はい、メリッサ本人で間違いありません。固有の神術も確認できています」
「そうか……。ならばなおさら疑問だ。そのメリッサが……」
ジロリ。ルマクはメリッサを凝視して首を傾げつつ、
「なぜ <素っ裸>で拘束されているのだ???」
「……ん? ああ、疑問点はソコでしたか」
俺はメリッサを振り返る。
うむ、そうだな。
一糸まとわぬその姿は純然たる素っ裸に相違ない。
「くっ……とんだ、屈辱だっ……!」
蚊の鳴いたようなか細い声がする。
その尖った耳の先までをも茹で上がったような赤にして涙目になっているメリッサが、震える言葉を発して、顔を横へと反らしていた。
「全裸なのは完全に無力化するためです。服のどこかに聖文が刻まれている可能性もありましたし、それに全裸では逃げ出すのもはばかられるでしょうから」
身にまとった服は知性の証明である。
そして知性の象徴である賢者が、それを剥ぎ取られておめおめと外に出ることなどできはしまい。
少々冷酷な決断ではあったが、しかし殺さずに捕らえるにはしかたなかった。
「殺さずにいるのはどうしてだ」
ルマクは変わらずアゴに手をやりながら、細めたその目で俺を見た。
もしかしたら反目したのか、と疑念を抱かれているのかもしれない。
……返答のいかんによっては今後の俺の進退にも影響ありか?
どうやらここが正念場らしいな。
俺は一つ息を飲むと、意を決して口を開く。
「──国益のためです、陛下」
「国益?」
「陛下はマロウを殺しました……そうですね?」
「ああ」
勝敗についてはわかり切っていた。
ルマクがこの戦線に自らやってきた……それは本人が勝利を確信していなければ決してできないことだろうから。
そして勝利後の処遇についても殺すだろうと想像はついた。
「この場で殺しておかなければマロウはいつか再び魔国に対して牙を剥くでしょう。そしてその時に再び倒せる状況にあるとは限りませんから。ですが、問題が一つ残ります」
「……エルフの残党の処遇のことか」
「はい」
やはり魔国という一国家の為政者たるルマクにも俺と同じ懸念はあったようだ。
「この世界樹の集落を中心とした西方エルフ国家は実質的に数千年もの間、東の賢者マロウの独裁体制にありました。ヤツは良くも悪くもエルフ国家の大きなシンボルなのです」
「うむ。現状、指導者を失ったエルフたちは降伏すべきか抵抗すべきかの判断もできかねる状況だろうな。抵抗の具合によってはこのまま実力行使でこの集落を支配しようかとも思っていたところだが……そこでこの西の賢者の出番というわけか」
「その通りです」
俺はいまだ赤いままの顔をしたメリッサへと視線を向ける。
「このメリッサを魔国の制御下に置けるのであれば、西方エルフ国家を傀儡政権化することが可能なのではと愚考します」
「……ふむ。なるほどな」
魔王は考えを巡らせるように少しの間目をつむり……そして次に開いたその目をメリッサへと向けた。メリッサが「こっちを見るな」と身をよじる。ルマクはそれに構ったりはしない。
「賢者という肩書きを持つメリッサを為政者に据えればエルフたちの反抗は最小限で済むやもしれん。戦後処理も円滑に進むだろう」
「はい。それで問題のメリッサの制御についてなのですが、」
俺はメリッサの横に立つと、そのむき出しの肩へと触れる。「こら、触るなっ」と言われる。俺も構いやしない。
「このように、メリッサは防護聖術さえ剥がしてしまえば卓越した戦士によって無力化が可能です。マロウと違い戦闘特化の聖術を極めていないのでしょう。現状で手綱は握れています」
「そうか。まあ無力化うんぬんについてはジャームへと付けている <首輪>をメリッサにもつけてやればいいだけではあるが」
ルマクの言葉に、俺は『ああ、そういえば確かにその手があったか』と心の中で俺は膝を打った。
首輪──それは魔術に由来するの契約術の一種だ。互いの了承を前提として魔術的に結ばれるその契約は、破れば罰が降りかかる。
「メリッサはマロウと違って国政や自らの立場にそれほど執着はしていないだろう。命と引き換えとあらば、契約を了承すると俺は見ているが……」
ルマクはそう言いつつメリッサへと歩み寄ると、見下すようにしてその顔をのぞき込む。
「魔国に飼い殺しにされる覚悟はあるか、メリッサ」
「それしか道がない、ということであれば仕方ないだろう。受けてやる」
メリッサはため息交じりにうなずいて、こちらの案を飲む姿勢を見せた。
「うむ。ならばキウイの案を元に今後の戦後処理を検討しよう」
「ありがとうございます」
「ああ。メリッサの手綱は引き続きおまえに任せるぞ、キウイ」
「よろしいのですか?」
「ああ。しっかりと面倒を見て飼い殺すんだぞ」
「感謝いたします陛下っ!」
なんとも理想的な展開だ。
賢者の知識を直接引き出すことができるのだから、よりいっそう研究が捗る。
国益うんぬんなどと建前を並べた甲斐があったというものだ。
「それと西方エルフ国家についてもキウイ、おまえに任せようと思う」
……は?
「は?」
心の内の疑問が思わず声に出てしまう。
しかしルマクは当然だと言わんばかりに微笑んで、
「西方エルフ国家はキウイ、おまえのモノだ。当然だろう。メリッサの手綱を握るのがおまえなのだから」
「ええと……」
「キウイは本当に……いつも俺の想像の斜め上を行ってくれるな。マロウほどの攻撃力がないにせよ、メリッサはアギトでも手を焼く相手だろうに。それを独力で倒してしまうとは。魔国幹部として十分以上の働きといえる」
そう言ってルマクはポンと俺の肩に手を置いた。
「これからも期待しているぞ」
「……は、はい。ですが、」
さすがにちょっと荷が重いかも、と言いかけたそのとき。
「──キウイ様ぁっ!!! ご無事でっ!?!?!?」
世界樹の洞の入り口から大音量のシェスの声が響き渡った。
「おっ、無事みたいじゃねーかっ!」
シェスを背に乗せているのは、ウルクロウ。
どうやらルマクがこの世界樹の結界を破ったことにより、俺のニオイを追ってここまで来れたのだろう。
シェスとウルクロウが駆け寄ってくる。
「キウイ・アラヤァっ!」
かと思えば今度は後ろから怒声が響く。
「話が済んだのなら! 早くオレの恰好をどうにかしろぉぉぉ──っ!!!」
血相を変えてメリッサが叫んでいたので、トプン。
再びジラドに影に沈めてもらった。
残念だろうけど、契約が終わるまでまだ服は着させないよ。
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次のエピソードは「第145話 【Side:ハーデス】遭遇。王国への帰り道にて」です。
次回は5/30(金)更新予定です。
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