第136話 復活と消失
~【Side:ハーデス】~
「あれが神話級ダークヒール……凄まじい」
樹上。
狙撃用ライフルのスコープ越しに見た巨大な黒い光の柱を見て、ハーデスはポツリと言葉をこぼした。
「王国ヒーラー協会が警戒するわけで、同時にあなたが欲しがるわけですね」
ハーデスはそう言って、後ろを振り返る。
そこには誰もいない。
何もいない。
そのはずだった。
しかしハーデスが口を閉じることはない。
「ですが結果的に神話級ダークヒールを使わせることはできました。私の仕事は終わり……そういうことでよろしいでしょうか?」
「ああ。よくやってくれたな」
漆黒に染まる森の枝葉のすき間から返事があった。
それはハーデスのよく知る声。
安堵する。
どうやら狙撃の狙いが外れ、キウイ・アラヤを殺しかけたことへのお咎めはないらしい。
ハーデスが唯一心から畏怖するその存在は結果至上主義のようだ。
「いってらっしゃいませ。私は先に帰還させていただきますよ」
ハーデスは狙撃用ライフルを手早く片付けて担ぐと大樹の枝から飛び降りて、森の中に消えていった。
* * *
──神話級ダークヒールの話をしよう。
それは善の位相にある生贄の魂を俺の体内へと取り込むことから始まる。
聖域しかり、神の炎しかり、聖力というものは他者の体に染み込みやすい。
ゆえに、魂を取り込むための導線は生贄となる対象が聖力をむき出しにしてくれていればそれだけで確保が可能だ。
その導線を伝って俺の体内へと流れ込んできた生命エネルギーを、俺は純粋な魔力へと <ろ過>していく。本来聖力に加工されるはずだったそれは魔力に加工されることで <反転>の力を得る。
反転の力。
それは善を悪に、聖を魔に、生を死に。
あるいは悪を善に、魔を聖に、そして死を生に変える力。
その力を利用したダークヒールこそが神話級ダークヒールの正体だ。
……なぜこんな話をするのか? 誰に向けて話しているのか?
別に誰でもない。
ただ、何かを考えていないと、
──ズキンッ、ズキンッ、ズキンッ。
「……ッ!!!」
割れそうなほどに痛む脳が、俺の正気を失わせそうなのだ。
その痛みは顔全体に伝い、眼球が内側から押し出されそうな、はたまた上の歯が膨張した脳に圧迫されて浮き上がるような激烈なもの。
ボタボタボタと。
俺の鼻から経験したことがないほどの量の血が流れ始めていた。
「聖女の時もキツかったが、一度に二人のろ過は……危険か……」
生贄となった聖職者二人は地面へと倒れ伏していた。
もはや息などあるはずもない。
遠くでシェスの声と、勇者の怒鳴り散らす声が聞こえてくる。
だがハッキリとしない。
そんな中で、
──ピクリ、と。
黒い光の柱が消え去った中。
ウルクロウの手の指がわずかに動き始めた。
背中の痛々しい穴とアザも消え、呼吸が戻る。
意識の回復はまだのようだ。
……ああ、これは興味深い結果だね。
シェスは死にながらにして動くゾンビだったからこそ、復活後すぐに意識が戻っていたのだろうか。
データが増えると考えられることも増える。
ありがたいことだ。
さて、あとはもう一つ──
「何度見ても美しいな、ソレは」
俺の正面に突如として、薄緑の女が現れていた。
いきなりだ。
俺の視界をさえぎるようにして、その顔を俺の眼前に置いていた。
「しかし、やはり負担は大きそうだ。連続使用はできないのだろう?」
子どものように小柄な体とは裏腹に老獪さがうかがえるその声、それに加えて何よりも特徴的なその尖った耳が告げていた。
その女の正体がエルフであるということを。
「オレはおまえが欲しい。じっくり腰を据えて話したいところだが……まあ、まずは場所を移すとしようではないか」
エルフの手のひらが俺の胸に触れる。
直後のことだった。
体の奥底のナニカを掴まれるとともに引っ張られる。
そこで一瞬、俺の意識は途切れた。
「ッ!? キウイ様ッ……!?」
シェスティン・セイクリッドのその問いかけに返る言葉はない。
その声はただ、闇の中に空しく消えていった。
──西方エルフ戦線からキウイ・アラヤは消失した。
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次のエピソードは「第137話 西の賢者メリッサとの出会い」です。
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