第130話 神さえもぶっち切る速度で
ウルクロウの放った足蹴がマロウの顔へと突き刺さり、森の奥へと吹き飛ばしていく。
常人であればメシャリと頭が潰れてしかるべき質量と速度の組み合わせだったが、しかし響いたのは重たい鉄球が石畳の上に落ちるかのような音だけだった。
「──逃げるぜ、キウイ」
俺の前に着地したウルクロウが舌打ち交じりに言う。
「どんなカラクリなんだか……殺った感触がまるでしねぇっ!」
「なんとも興味深い聖術ばかり使ってきますな、ヤツは」
「悠長に言ってる場合じゃねーよ。ヤツはまたすぐに来る」
「では、急ぐとしましょう」
俺が答えると同時、地面へと倒れていたゾンビ・シーフは俺の影の中へと沈んでいく。
神の炎はなんとか消し終えたとはいえ、傷は完全にふさぎ切れてはいない状態だ。
だがしかたない。
マロウ自身が出てきたのであれば、今の魔力残量はすべて最大戦力であるウルクロウへと回せるように保っておくべきだろう。
「キウイ、早く来い」
「では……」
俺はウルクロウの前まで行くと、カカシのように両手を広げた。
その脇の下に手が入れられたかと思うと、ヒョイッ。
俺の体はやすやすと持ち上げられてしまう。
「軽いな。ちゃんとメシ喰ってんのかぁ?」
「バランス良く食べてはいるはずですが」
「肉を喰え、肉をよぉ」
ウルクロウは緩めた腹部の装備のすき間へと俺のことを差し込むようにして入れると、キュッと再び締め直す。すると俺の体は真正面からウルクロウへと抱っこ紐でくくられて抱えられてるような形になった。
「予定通り、作戦は変更でいいんだよな?」
「ええ。マロウ自身が来たからには時間稼ぎの作戦は破棄です」
可能性としては低いと踏んでいたのだが、まさか本当にやって来るとは思わなかった。
だが、来てくれたなら話は早い。
ここからは <総力戦>の時間だ。
「キウイ。きつく締め付けてるとはいえ、おまえもしっかり掴まっておけよ。こっからはさっきの走りの比じゃなくなるぜ」
そう忠告をしたあと、ウルクロウの姿勢はこれまでと打って変わった。
その姿勢は低く、地面と平行なものとなる。
それと同時、
──ザザッと。
木々の葉を突き抜けるようにして俺たちの元へと飛んできたのは、大きな光の弾……
……いや、違う。
「下等生物どもがっ!!! この期に及んで逃げるつもりかっ!?」
白い光をまとったマロウが一直線に俺たちの背後へと迫ってきた。そして、輝くその手でウルクロウの背中を掴もうとする。
だが、その手は空を切った。
「ハッ、捕まえられるもんなら捕まえてみな、マロウ」
すでに、ウルクロウは駆け出し始めていた。
スリングショットで放たれた弾のように、低い軌道で闇夜の森を駆ける。
しかし、
「バカめが」
それでもなお、マロウは追いすがる。
辺りが突如、昼間になったかのように明るくなった。
マロウが大聖域を発動したのだ。
俺はとっさにダークヒールでウルクロウへのダメージを中和したが、その動きは一秒にも満たないわずかの間だけ鈍ってしまう。
そのスキに、
「地上を行く獣ふぜいが、神を置き去りにできるとでも思い上がったかっ?」
マロウはウルクロウの正面へと回り込んでいた。
それはまるで、自分の圧倒的な力を見せつけるように。
その手に持つのは再び光の剣。それで俺たちを両断せんとばかりに振りかぶって構える。
「神、ねぇ……」
だが、ウルクロウが両手を地面へと着けたその次の瞬間だった。
「あいにくもう通り過ぎちまった」
マロウがその光の剣を振り下ろすヒマも与えず、ウルクロウはマロウを抜き去っていた。
「んなっ……!?」
「じゃあな。ぶっち切るぜ、自称神サマをよぅ」
ニヤリ、と。
不敵な笑みを浮かべつつウルクロウは大地を蹴る。
白銀の毛並みに覆われた、そのたくましい <四足>で。
──ウルクロウの本領、それは二足走行の魔獣から四足走行の獣への退行……いや、進化にあった。
オオカミの駆ける姿勢で、オオカミ以上に鋭く疾走するウルクロウの体は風を切って甲高い音を響かせる。
「ま──待てぇっ! ウルクロウッ!!!」
「ついて来たきゃついて来なよ、マロウ! まあもっとも、ついて来られるかはわからなぇがなっ!」
「……! 下等生物が、神を愚弄するかぁっ!!!」
マロウが意地を見せるように飛んでくるが、当然ついて来られるはずがない。
一秒ごとに、ウルクロウはマロウとの距離をグングンとあけていく。
ただ全力で走る、その行為に特化したウルクロウの速度に届く者などいない。
それがたとえ神であろうと、職業・神を自称する推定三千歳のエルフであろうとだ。
そして距離をある程度開くと、ウルクロウはその速度を緩める。
あえて振り切らずにマロウへと自身の背中を見せ続けた。
「いい具合に釣れてるぜ、キウイ」
「さすがウルクロウ殿。このまま誘い込みましょう……シェスたちの待つ構築中陣地へと」
俺とウルクロウによる蹂躙部隊の当初の役割は、前線で大暴れすることによって魔国軍が陣地構築をするための時間稼ぎをすることだったが、今や状況は変わった。
敵の総司令官が表に出てくるのであれば話は早い。
だって、ソイツを討てば戦争は終わるのだから。
……なら、サッサと終わらせてしまおう。
そうすれば俺は今度こそようやく、俺は魔都の医院で平穏なダークヒーラー人生を歩むことができるようになるはずだ。
* * *
~【Side:勇者】~
世界樹の集落までウルクロウが攻め入ってくる、十分前のことだった。
「善意の情報提供者によって、キウイ・アラヤの居場所がわかりました」
その王国教会副主席ハーデスによる言葉が発端だった。
気晴らしにか外を歩いていたというハーデスは、どこから仕入れてきたのやらこの戦場ウェストウッドの地図を持って帰ってきて、それからキウイ・アラヤのいる位置の具体的な距離を示してみせたのだ。
「ここに……キウイ・アラヤが……!」
ギリッ、と。勇者アレスは聖剣を握る手に力を込める。
それに応えるようにハーデスはうなずくと、
「われわれで先回りしておきましょう」
ニヤリ、と。
気味悪くほくそ笑んだ。
「ヤツらはどうやらこの位置で陣地を構築している模様です。すぐにエルフ軍と交戦することになるでしょう。ならば、われわれはキウイ・アラヤがエルフ軍へと目を向けている間隙を突くのです」
「……ああ。俺が女のゾンビ騎士を、おまえがゾンビ兵士を不意打ちにする。そして他の聖職者たちでキウイ・アラヤの身柄を押さえる……その手はずのままでいいな?」
「ええ。もちろん」
「敵に魔国幹部が含まれていたらどうする? 確かウルクロウだとかいう魔獣がいたはずだ」
「まあ放置でいいでしょう。われわれの目的はキウイ抹殺です。それに、邪魔するならするで同じように排除してやればいいだけのこと」
「相手は魔国幹部だぞっ? いったいどうやって……」
ハーデスは狙撃用ライフルを手に持ち、そして笑った。
「実は私、これでもオオカミ撃ちはけっこう得意なものでしてねぇ」
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次のエピソードは「第131話 魔国軍の切り札」です。




