第120話 キウイ、念願の診察
「──へぇ、やっぱりおまえも来たのかよ、キウイ!」
そんな懐かしい声が聞こえる。
それは俺たち遊撃医療部隊が西方エルフ戦線の前線基地の一つに到着してすぐのことだった。
「うおっ?」
突如として、モフモフッとしたものに俺の顔は挟まれる。
どうやら背後から肩に腕を回されているらしい。
振り返ればそこにあったのは白銀の毛並みの大きなオオカミの顔。
「ご無沙汰しております、ウルクロウ殿」
俺がそう返事をすると、ウルクロウはその口をニンマリと吊り上げる。
「本当に久しぶりじゃねーかよ、ええっ? 軍医の実地訓練とやらが終わったら早々に帰っちまいやがってよぉ」
「あのときの私の任務は部下となる軍医たちの早期育成だったものですから」
「おまえだけでもあのまま戦線にいてくれりゃあ、今ごろこの戦争だって終わってたかもしれないってのによぉ」
「……それは過大評価ですよ」
「んなことねぇよ」
ギャハハとウルクロウは遠吠えでもするかのように空を見上げて笑う。
変わらず、俺の肩をグッと引き寄せたまま。
「で、キウイよぉ。今回はどこの医療キャンプに所属するんだよ?」
ウルクロウの口調が少し探るようなものへと変わる。
なるほどな。やはり医療キャンプの位置は気にして当然か。
豪快な性格をしているものの、しかしウルクロウは魔国幹部。魔国軍の要であり、自分が絶対に倒れてはならない存在であるという認識はあるらしい。
「今回は特定の医療キャンプには属しません。遊撃的に動けと、陛下より命じられています」
「遊撃的だぁ? 軍医がかっ?」
「はい。なので今回はまずウルクロウ殿のいるこの西北の前線基地で集中的に活動しつつ、状況を見て次第に南下するつもりです」
前線は大きく分けると西北と西南があり、前線基地の数は現状だと二十あると聞いている。
「ダークヒーラーとしての私の役目は主力を死なせないことですから。特に西北のウルクロウ殿と、西南に新たに配属された魔国幹部 <ボグ・チェルノ>殿は手厚くサポートする必要があるかと」
魔国幹部ボグ・チェルノ。大柄なスケルトン種の戦士である……ということしか俺にはまだ分かっていない。たびたび魔国幹部の集まりで見かけることはあるのだが、なにせスケルトン。声帯がないので発言を聞く機会もなかった。
「ふーん……」
俺の意見を聞いたウルクロウは少し考えるようにしたかと思うと、
「ボグのところは行かなくていいと思うぜ?」
アゴに手をやりながら言う。
「アイツはオレやアギトなんかとは違ってチト特殊でよぉ……一人でしか戦えないタイプだ。アイツが戦ってるところにむやみに近づいたら敵味方もろとも死ぬからな」
「え……」
「ま、そんな諸刃の剣すらも使うってことは、いよいよ陛下も本気でこの戦争を終わらせにきてるってことだ。オレたちも全力で暴れなきゃならねぇ。だからよぅ」
ウルクロウは俺の顔をのぞき込むようにしてそのオオカミの顔を近づけてくる。
「ずっとオレんとこにいろよ、相棒」
「ずっと?」
「そうさ、オメェとなら楽しい戦争になりそうだ」
そう言うや、ペロンと。その長い舌で俺の顔を舐めてくる。
魔国幹部の一人からそのように好意的に思ってもらえるのはうれしいが、しかし戦争に楽しいもなにもないと思う俺にはとうてい納得できかねるセリフだ。
……とはいえだ。
その前の部分の『ウルクロウとずっと戦場を共にする』というのは──
「ウルクロウ様っ、そろそろキウイ様をお離しいただけないでしょうかっ!?」
グイッと腕が引っ張られた。
ウルクロウから俺の体を引き剝がすように力を加えているのは、スワン。
「前線において、他部隊の部隊長とそういった交流方法をとるのはいささか不適切かと思います!」
「へへっ、出やがったな? キウイの露払いが」
ニヤリとしてのウルクロウの言葉に、スワンはサッと顔を赤らめる。
「わっ、私はそんな差し出がましいマネをするつもりはありませんっ! ただ、風紀的なことを気にしているだけで……!」
「へぇ? じゃあこれからは誰にも見えないところにしけこませてヤらせてもらうとするかね」
「んなっ……!」
痛い痛い。
スワンの俺の腕を引くその力が強まっていく。
「ダメですっ! だいいちですね、『これから』なんてありませんよ! 私たちは遊撃医療部隊なんですから、一所に留まったりはしません! そうですよねっ!? ドクターっ!?」
「ん? ああ、そのことなんだがね」
唾すら散らす勢いでまくし立てるスワンへと、俺は少々申し訳ない気持ちになりつつも口を開いた。
「われわれ遊撃医療部隊は、ウルクロウ殿の率いる部隊と <一体>となり動こうと思う」
「……えっ!?」
スワンが驚愕に目を見開いた。
まあ、遊撃と銘打った部隊だというのに急にこんなことを言われてしまえば誰だって驚きはするだろう。
それにスワンとウルクロウはどうやら馬が合わないようだ。いっしょに行動となると嫌な気持ちが勝るのかもしれない。
だが、それでも、
「ボグ殿に掩護の必要がないとあれば、なおさらウルクロウ殿の援護価値は上がる。われわれのサポートは戦場を確実に動かせる主力へと集中させるべきだ」
「そ、それでは遊撃とは……?」
「魔王陛下が私に下した命令は独自判断で動くことだ。きっとこのような状況も見越してくださっていることだろう」
本当にそうかは知らないが。
だが、メリットは確実にある。
「オイオイ、マジでいいのかよキウイ? おまえたちほどの腕の軍医をオレたちが独占するってのは……」
いまだ俺の肩に腕を回しているウルクロウすらも戸惑っているようだった。
だが、一向に構わないのだ。
「もちろんです。その代わりと言ってはなんですが、ウルクロウ殿。一つお願いが」
「なんだよ?」
俺はウルクロウの腕を肩から退かし、その大きく鋭い爪付きの手をギュッと握り、
「診察をさせていただきたいのです」
「はぁ? 診察ぅっ?」
「ええ、それはもうじっくりと。 <手厚いサポート>のためには欠かせませんので」
……かねてより、魔狼種の体は診たかったのだ。前回はその期を逃したが、今回はウルクロウの専属ダークヒーラーに就くという建前があれば事前の身体構造の把握のための診察も可能。
最高じゃないか。
魔国幹部として戦場で役立つという義務と、個人的な『魔狼種の診察がしたい』という実益を兼ねることができる。
一石二鳥の戦略だ!
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次のエピソードは「第121話 【Side:エルフ】張り巡らせた罠」です。
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