第119話 再び西方エルフ戦線へ
骸骨馬のけん引する馬車に乗り、俺たち遊撃医療部隊は魔都デルモンドを後にする。
向かう先はもちろん──西方エルフ戦線のあるウェストウッド。
「ククク……結局何もわからなかったな、オーソドックス……!」
もう笑うしかない。
数日のリサーチの甲斐も空しく、遊撃医療をするにあたって参考になる意見はほとんど聞くことはできなかった。遊撃の例なら聞けたのだが……あいにく俺たちは攻撃しにいくわけではないのだ。
「お役に立てず申し訳ございません……」
同じ馬車に揺られるシェスがしょんぼりと肩をすくめた。
ちなみに他の面々は三人ごとに分かれて同じように馬車に乗っている。
さすがに士気にかかわるので、シェス以外の部下たちの前で弱音などは吐けない。それくらいはわきまえているつもりだ。
「シェスのせいではない。単に、私自身の才覚不足だよ」
まあそれも仕方ないのだが。
だいいち俺はダークヒーラー。戦略なんて専門じゃない。それは魔王ルマクも知っているはず。それでもこんなことを任されてしまっているのはひとえに俺がそれをこなせると信頼を置かれているからではあろうが……さすがに今回は過大評価が過ぎる。
「まあやるべきことをやるだけだ。目の前の患者を治す。それがわれわれダークヒーラーなのだから」
自分に言い聞かせるよう、再度そう口に出してつぶやいた。
<再度>というのは、出立前にこれと同じことをスワンたちの前でも言ったからだ。
『ドクター・アラヤ、この部隊でおこなう作戦はどのようなものなのでしょうっ?』
そう聞かれてしまい、結局のところほとんど何も作戦が立っていなかったために苦し紛れでそう答えただけだったのだが、
『……なるほどっ! 承知いたしました、われわれはただドクター・アラヤの背中についていけばよい、そういうことですねっ!』
と、目をキラキラとさせて応じられてしまっていた。
ただの誤魔化しの言葉だったのに、だ。
それ以上どう返事をしてやればいいのか分からず、俺は『……まあ、励みたまえ』と無難な返しをしてしまっていた。
「なんだか最近、無駄なメッキがつき過ぎている気がするよ。魔国幹部になってからは特にね」
「そうでしょうか?」
「そうだとも」
俺はそもそも、この魔国に一介の町ダークヒーラーとして働くために亡命をしてきたのだ。
慎ましやかにお金を儲け、それをダークヒール研究に使い、そうして得たさらなる知識を駆使してお金を儲ける……そんな知識追求の永久機関を築き上げたかったのに。
「だが、そんな過度なメッキも今回の作戦で剝がれることだろう」
むしろ、失態をおかさないように気をつけておこう。
そして『まあダークヒーラーの率いる部隊なんてこんなもんか』程度の印象を各所へと与えることができれば、これ以上の期待からは解放される。
「……こんな戦争、サッサと終わらせてしまいたいものだ」
そろそろ静かにアラヤ総合医院で日々のライフワークに励みたい。
俺は静かにため息を漏らした。
* * *
【Side:スワン】
「それにしても私たちの部隊が魔王陛下から直々に <特殊行動>を命じられるとは、身の引き締まる思いですね……!」
ウェストウッドへと向かう別の馬車内にて。
同乗しているのはゴリアテ、ピグネッツ。その三人と共に今回の名誉について、思い出すようにしては何度も話に上げていた。
「ウホ、まったくだ。俺たちは軍医候補としての実地訓練で戦場にはいったものの、正式な軍医としての活動はこれが初めてだというのにな」
「これもひとえにドクター・アラヤが陛下から得ている信用の賜物でしょうね。私たちが足を引っ張らないようにしないと!」
「ウホ。もちろんだ」
ゴリアテは馬車の物見窓から外を眺めつつ、
「もう三カ月前になるか。実地訓練のために俺たちが馬車に乗っていたのは。あの時は『俺もドクターのような戦場の英雄になるんだ』と息巻いていたな……ウホ」
「だなぁ」
苦笑いしながらもそれに同調するようにうなずいたのは、オーク種のピグネッツ。
「まさかあんな苛烈な訓練になるとは思いもしなかったけどよ、でも、そのおかげで……今回は本当にそんな機会が来ちまったのかもしれねーな」
「そんな機会って、なんです?」
「だからよ、 <ドクター・アラヤのような戦場の英雄>になるチャンスさ」
ニッと不敵な笑みを浮かべるピグネッツに、スワンは少し目を見開く。
そんなことは、これっぽっちも考えていなかった。
「ピグネッツさんっ? 言っておきますけど独断行動はダメなんですからねっ?」
危険だ、と思った。
ピグネッツはアラヤ直属軍医の中ではどちらかといえば好戦的な傾向がある。
戦場の英雄とやらを志して一人で突っ走っていってしまう可能性……ソレは十分にあった。
しかし、
「オイオイ、心外だな。さすがにそんなことはしねーって。俺が言いたいのはよ、 つまりは <この部隊>がってことだよ」
「へっ?」
首を傾げるスワンに対して、ピグネッツはどこか誇らしげに口を開く。
「俺たち <アラヤ遊撃医療部隊>が面目躍如たる成果を上げて、個人ではなく部隊として英雄になれるチャンスってことさ」
「ああ、なんだ。よかった。そういうことでしたか」
「ハッ、俺ごときが一人で抜け駆けするメリットもないからな」
ピグネッツは少し自嘲気味に言う。
「ドクター・アラヤは作戦については意図的に誤魔化していたようだ。そうだろ?」
「そのようですね。でもきっと、情報を公開しないのも作戦の内なんだと思います。私たちには『やるべきことをやれ』とだけおっしゃってくれていましたから」
「ああ。だろうな。だから俺たちはただ全力を尽くしてドクターに合わせて動けばいい」
「……それは、その通りですねっ!」
スワンは力強く首を縦に振る。
「今はただドクターの背中を追い駆けるのみです。そうすればきっと、ドクターは私たちに新しい景色を見せてくれるでしょうから」
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次のエピソードは「第120話 キウイ、念願の診察」です。
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