第116話 相談者二人目「エウレカッ! エウレカッ!」
「──お帰りなせぇ、キウイのアニキッ!」
俺が次にやってきたのは、例の反社会組織から鹵獲した研究所。
到着して中に入るなり出迎えてくれたのは元八台獄門番の <激爪のティガー>だった。
なぜかガニ股に大きく脚を開き、ヤクザ者っぽく深く頭を下げてくる。
「元気そうで何よりだよ。ティガーくん」
「はいっ! アニキのおかげさまでっ」
俺はそのまま研究所の奥へ進む──
「……」
「……」
「ティガーくん、なぜついてくるのかね?」
「へぇ、御用があればうかがおうと思いまして!」
「いや、別に。ここへは聞きたいことがあってきただけなのでね」
「はい! なんでもお答えします!」
「君に聞くことはないかな……」
そうこう話をしている内に、研究所の奥へと到着してしまう。
ティガーとシェスの二人を伴って研究所の中心スペース、広い研究室の戸を開けると、
「──嗚呼っ、エウレカッ! エウレカッ!」
ピューンッ! と。
こちらにめがけてスタコラと走ってくる一人の影。
「エ ウ レ カ ッ だぁぁぁ──ッ!」
それはいちおう今は俺の直属の部下の一人であるエルフ──アネモネだ。
普段の少し気だるげな雰囲気もどこかへ、異常なテンションで俺の元までやってくる。
「やあ、アネモネ。いったい何をそんなに──」
「キウイッ! ああ聞いておくれよ聞いておくれよっ! エウレカッ! たった今! 『われ、発見せり!』」
「ほう。発見?」
「ぐふふー、いやぁ、聞きたいか、キウイ? いいや、聞きたいはずだ君はそういうヤツだ私は知っているぞ」
フンスフンスと鼻息荒く、アネモネが俺の白衣の襟をつかんでは揺すってくる。
ああ、なんだろうこの感じ……覚えがある。
そうだ、そうそう。
俺が孤児院にいたころ、気まぐれにエサを与えた野良犬みたいな反応だ。
飛び掛かってじゃれついてきて、そのときは確か相手をするのに疲れて半日ほど動けなくなった気がする。
「私が研究している聖術に関しては以前告げているね?」
「確か西方エルフ国家の賢者の一人が使うとかいう <引き寄せ>の神術の後追い研究だったな?」
賢者はこの数千年死んでいない。それはつまり、その研究内容は数千年明らかになっていないということでもある。
アネモネはその神秘に触れたいがゆえに、一般的には <車輪の再発明>とさえ言われ無駄とされている後追い研究に着手している変わり者だ。
「賢者の名は <マロウ>だったか」
「違うよ。 <メリッサ>のほう」
「ああ、そうか。そっちか」
同じような葉っぱの名前だから混乱するのだよな、いつも。
その二つの名は西方エルフ国家においても、戦争が始まってからはこの魔国においても頻繁に話題に上がるものらしく有名だ。
「聖力と聖力を持つ者同士を引き寄せる実験はずっと前から上手くいっていたんだ。同じ属性同士だからそれらはそもそも自然に引き合うものだし。でもメリッサは聖力と魔力をも引き寄せられる。この数年それがずっと謎だったんだが……」
「その口ぶりに的に、その謎が解明されたのか」
「そう!」
アネモネは腰に手を当てて、ふんぞり返る。
「それはね、研究途中に催してオシッコをしにいったときのことだったよ」
「ほう」
「私がトイレに駆けこんでオシッコをしていると、なぜかトイレに入る前までまったく催していなかったウンチもしたくなったんだ。君もそういう経験、あるだろ?」
「ふむ。あるな。だいいち、排尿と排便は共に同じ陰部神経で支配されているから、それは人体における当然の反応ではある」
「そう、それだよ! それに思い至ったとき、唐突にだ、ポチャンッ! と私にエウレカが降り立った!」
アネモネはビシッと指を一本立てた。
「たった一つなんだ。オシッコとウンチをしたくなる欲求が同じ神経によって引き起こされるように、聖力も魔力の源も共通してたったの一つ!」
「……生命エネルギーか!」
「そう、生命エネルギー! メリッサは生命エネルギーを直接引き寄せていたってわけさ」
生命エネルギー、その実態はいまだに解明できてはいない。しかし、あらゆる生物の活動の源であり、確かに存在するものということだけが漠然とわかっている。
それを操る聖術をメリッサは使うということか……
確かに賢者を名乗るにふさわしいバケモノっぷりだ。
「いやぁ、謎の一端がわかってスッキリしたなぁ」
「そうか。スッキリしたようでよかった」
なにせ、数年越しの解決だものな。
エルフは悩みのスケールまで違うのがすごい。
「……なんというか、あまり大きな声で話す内容ではないんじゃないかと思うのは私だけなのでしょうか?」
「いや、俺もそう思うッス、シェスのアネゴ」
大人しく後ろで聞いていたシェスとティガーは、なぜかゲンナリとしたような顔でため息を吐いていた。
なぜだろう、非常に有意義な発見なのに。
「……っと、そうだった。今日は研究談義をしに来たわけではないのだよ、アネモネ」
「え? ああ、そうなの?」
「君とローズ、それにキンセンカに聞きたいことがあってきたんだ」
「ふーん? ローズはね、なんか君が来た途端にキンセンカといっしょにトイレに行ったけど……」
「──手洗い所と言え!」
アネモネを叱りつけるようなその声は、研究室の奥から。
その綺麗に整った赤の前髪をやたらと気にするローズと、いつも通りほんわかとしたキンセンカが急ぎ足でこちらへとやってくるところだった。
「というか、今の話の流れの後で私と手洗い所を結びつけるな!」
「おや、ローズ。とはいえトイレをしには行ってたんでしょ?」
「しに行ってない!」
「え? じゃあトイレに何しに行ってたのさ」
「そ、それは……!」
言葉に詰まって、そして赤くした顔で俺とアネモネを交互に見やるローズに、しかし。
「まあまあ、いいじゃないのさ、そんなことは」
なんだか助け舟を出すようにして、キンセンカが割って入った。
「それよりもさぁ、キウイは僕たちに聞きたいことがあるんでしょ?」
「ああ、そうだ」
いつまでも話を脱線させたままでもいられない。
「実は、君たちに話すべきことと、加えて遊撃部隊の動き方や運用の仕方についてたずねたくてな」
「遊撃?」
俺はシェスに説明したのと同じようにして、俺たちが遊撃医療部隊として活動することになることを三人へと話した。
三人は神妙な顔をして聞いてくれてはいたが、
「「「最大出力で <光の大雨>を降らせて戻ってくる」」」
三人そろって、それだけの回答だった。
「そもそも、エルフは全員が遊撃者みたいなものだから」とはアネモネの言葉。
「だよねぇ。僕たちは割り当てられた範囲で敵集団を見つけたら攻撃して逃げるだけだったかなぁ」とはキンセンカの言葉。
「いちおう部隊はあったが、それは定時報告と損害確認をするために集められていただけで、遊撃者を管理するような仕組みではなかったよ。あまり参考にならなくてすまない」そしてこれがローズの言葉だった。
「……ふむ。ありがとう、参考になったよ」
要はエルフ側の遊撃者の動きは範囲ごとに決められたうえ、 <瞬間的な火力>に重きを置いてのヒット&アウェイという手法というわけだ。
俺が率いるのは医療部隊なので、参考にしたそれを有効活用する機会があるのかはわからんが。
「ちなみに君たちエルフ三人組も含む遊撃医療部隊の始動は即日で、つまり今日からなんだが……後ほどミルフォビアからまた集合についての連絡が来ると思う。明日から改めてよろしく頼むよ」
「ゲ。となると、研究はお預けか……」
「軍医の定めさ。軍務が優先。そこは諦めてほしい」
「……立場上、仕方ないかぁ」
アネモネたちは三者三様の反応だったが、結局は応じてくれた。
まあわかる。
研究が満足にできないというのはストレスだろう。
エルフのように研究至上主義だとなおさら──
「──あ、そういえば」
俺は研究室内のとある座席へと視線をやった。
今日はまだ、 <彼女>の姿を見ていない。
そうこう思っていると、その座席の奥からヒョコッと、とがった魔女帽子の先端がのぞいているのが見える。
「そこにいたのか、ムコムゥ」
「──うひぃっ!?」
魔女帽子が飛び上がったかと思うと、つまずくようにしてムコムゥがその姿を現した。
──ムコムゥ・ミルミハート。反社会組織に利用されて、有害な依存性を付与する術式を含む飲み薬である <新水薬>の生みの親となってしまった魔女だ。
現在はこの研究所を使って、飲み薬へと術式を付与する調合過程を応用し、依存性のない新しい水薬の研究にいそしんでもらっている。
相変わらずの魔女ルック……黒い魔女帽子に黒いローブを着用している。
まあ、魔女なのだからそれが正装なのかもしれないが。
「探してしまったじゃないか。どうして隠れていたんだね」
「い、いえっ、そっ、それはっ、ですねっ……」
ムコムゥの目は泳いでいた。
それに声も震えて、挙動不審ですらある。
どうやら俺に苦手意識を持っているらしい、というのには薄々気づいていたが──まあいいか、それは。
「ところで、今回来たついでに君にも聞いておきたいことがあってね」
「きっ、聞きたいことですかっ……?」
ムコムゥはゴキュリと喉を鳴らして、まるで論文発表前夜の新人研究者のような面持ちで、俺の顔を見やった。
何をそんなに緊張しているのだろう。
俺が聞きたいことは別に大したことじゃないというのに。
「ムコムゥ──新水薬の応用研究の進捗は、どうかね?」
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次のエピソードは「第117話 進捗、ゼロです」です。
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