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君は僕の真面目な婚約者  作者: 青石めい
番外編 婚前狂詩曲(エリック視点)
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十七話目


 国王の快気祝いと、マティアス殿下が『王の試練』を突破され、名実ともに正式に王位継承者としてセイクリッド王国中に認められたことを記念した宴が、翌日開かれた。


 即席とはいえ、前回同様それが急ピッチで準備されたとは思えないほどの豪華絢爛な会場の飾り付けと、会場奥に並べられた立食式の豪勢な食事の数々はさすがとしか言いようがない。


 しかも、今日はアレクス殿下の計らいで俺もルーシアもセイクリッド側が用意してくれた貴族の礼装に身を包んでの参加だった。


 伝言を伝えに来たアレクス殿下の警護役騎士ジーク殿によると、今日の宴に限ってはセイクリッド騎士の誇りにかけて警備を固めるので、純粋に招待客として楽しんで欲しいとのことだった。


 アルカディアでも職業柄貴族の礼装で夜会に出たり、社交をする機会がそう多くない俺達がこういった場に一貴族として参加するのは、実に久しぶりだ。


 用意された衣装は、襟元の刺繍や袖の形が少しアルカディアのものと異なる鮮やかな赤色で、普段の俺なら選ばないやや派手な色だが、着心地は悪くない。


 後から遅れて会場に入って来るだろうルーシアとエメセシル様を待って、俺は既に会場の片隅で軽く発泡性のワインを煽っていた。


 アレクス殿下は王族としての務めもあるのか、ここから見える位置にはいない。まぁ、姫様が会場入りされたらエスコートのために迎えに見えられるだろう。


 そんな風に会場の様子を眺めながら俺が待ちぼうけをしていると、いつの間にか数人の貴族の令嬢と思われる若い女性達が近くに集まっており何故か俺の方にちらちら視線を向けて来ているのに気付いた。


 最初はその数人同士でひそひそと何やら声かけあっていたが、やがてその中でも一番上等なドレスを身に纏った10代後半と思われる少女がおもむろに近付いて来た。


 「あの……アルカディアからいらっしゃった騎士様ですか?」

 「ああ、そうだが」


 俺が返事をした途端、きゃあっと黄色い声がいくつも上がった。


 いきなり甲高い声を浴びせられ俺は面食らってしまう。一体何なんだ?


 「お名前は何ておっしゃるの?」

 「爵位は何でいらっしゃるの?」

 「騎士の職位は?」

 「婚約者はいらっしゃるの?」

 「王女様の警護をされているんですよね?お国にはいつごろ戻られるんですの?」


 わっと群がるように、不躾な質問を矢継ぎ早に聞いてこられ、俺はさらに引き腰になる。


 よく考えたら目の前のお嬢さん方は、所謂結婚適齢期というやつである。なるほど、将来の花婿探しに必死なのだろう。


 アルカディアでは、ルーシアと早くに婚約していたことは周知の事実だったから、ここまであからさまな品定めを受けたことは無かった。結婚してからは当然、こういう席では相手の父親や夫を介してしか女性と話すことも無い。そうか、セイクリッドの人間が俺達の関係性なんて知る由もないからな、年齢的に俺は十分彼女達のターゲットになり得るんだろう。にしても、わざわざ外国人の俺にまで範囲を広げなくてもいいのに……。


 「あの、この後宜しければ、一曲踊って頂けません……?」


 先ほど一番最初に声を掛けて来た少女が、上目遣いに聞いて来た。


 俺は一度はぁ、とため息を吐きその少女の目をじっと見つめた。途端にその少女の頬がかあっと赤くなり、回りの少女もさらに歓声を上げた。


 「申し訳ないが……」

 「申し訳ありませんけど、夫は私と踊りますので、ご遠慮頂けます?」


 俺が断わるよりも早く、遮るように凛とした声が後ろから降って来た。


 「お、夫……!?」

 「ルーシア?」

 「お待たせしてごめんなさい、あなた」


 カチン、と固まった令嬢を横目に俺が振り返るとそこには澄ました顔で立っているルーシアの姿があった。この表情は対外用の笑顔で、実際は全然笑っていないこともこれまでの経験から俺は知っている。


 ルーシアはわざとらしく俺にしなだれかかるように両手を伸ばし、ちら、と令嬢方に視線を送った。その仕草は、彼女にしては意地が悪く、その美貌と華やかな衣装も相まってまるで『悪役令嬢』とでも呼ばれそうな姿である。


 でも俺は内心驚きつつも、嬉しさを禁じ得なかった。だってルーシアがやきもちを焼いてそれを表に出すなんてことは、数年に一回あるかないかだ。俺達の関係性が広く知れ渡っているアルカディアではありえないシチュエーションだけに。だからつい、俺も悪ノリで返してしまった。


 「……ああ、ルーシア。君を待っている時間は、100年にも1000年にも感じられたよ。君に恋い焦がれて仕方なかった」


 俺は芝居がかった口調で俺に寄りかかっているルーシアの肩を抱き、じっと見つめた。途端にルーシアが、えっ、と戸惑った表情に変わる。俺が彼女の芝居にのっかるとは想定していなかったようだ。


 「ルーシア、君は俺の全てだ。活力の泉であり、魂の拠り所だ。俺の持てる全ての愛は君のものだと分かっているだろう?」

 「ちょっ…‥エ、エリック?」

 「愛しい人、どうか俺の熱い想いを受け取って欲しい」


 俺の猿芝居に赤くなったり青くなったりしているルーシアに心の中でニヤニヤしながらも、俺は表向きは真剣な表情を崩さずにルーシアの手を取り口づける。困惑したルーシアが周囲を左右に見回すも、そこにはすでに先程の少女達の姿もなく遠巻きにセイクリッドの貴族らが俺達を興味深そうに見ていた。


 「エリック……!わか、分かったから、もう十分よ……!」


 すっかり恥ずかしがってルーシアがグイグイ、と俺が掴んでいる手を引き俺から離れようとする。


 「残念、俺の溢れ出る想いはこんなものじゃないのに」


 これ以上芝居を続けると、恥ずかしいを通り越して激怒したルーシアに口をきいてもらえなくなるので、俺は手をパッと離しそれ以上の求愛行動は断念した。


 「エリック!悪ふざけは大概に……」

 「でも本心なのは知っているだろ?」

 「……何もこんな公衆の面前で言わなくても……」


 肩を怒らせたルーシアに俺がしれっと言うと、首元まで真っ赤になったルーシアがうっと押し黙った。怒ったような、嬉しそうな微妙な表情で俯き何やらごにょごにょ言っている。


 「珍しいな、お前がその色を着るなんて」

 

 俺は話題を変えるように彼女のドレスを眺めた。普段、グリーンやブルーなど大人しめな色味を好むルーシアなのに、今日はピンクの衣装を身に纏っている。デザインも、アルカディアのものとは異なり、スカートの裾が後ろに長く伸びる形だ。彼女の艶のある栗色の髪にそのピンクはとても調和していた。


 「ええ、こちらの侍女が用意してくれたものだから。そういうあなたも、赤なんて新鮮だわ」

 「少し派手だよな」

 「そんなことないわ、素敵よ」


 顔の赤みがようやく引いてきたルーシアが、俺の肩口の皺を伸ばすように衣装を整えながら微笑んだ。


 「エメセシル様、幸せそうだな」

 「ええ、あんなに嬉しそうなお顔見たことないわ」


 ルーシアと二人で、ダンスフロアの方に目をやると、いつの間にかエメセシル様とアレクス殿下が踊っている姿があった。その二人を取り巻く甘い空気が、遠目にも伝わって来た。


 婚約当時から関係は良好だったお二人だが、やはり恋愛関係になってからのダンスはよりお二人を生き生きと輝かせている。エメセシル様が軽やかにステップを踏み、蝶のように舞う姿をアレクス殿下が流れるようにリードしている。見ているだけでため息の出るような美しい光景だ。


 「ルーシア、俺達も踊ろう」

 

 俺が横で同じように二人を見ていたルーシアに手を差し出した。ルーシアは一度じっと俺の手を見て、さらに上目遣いになった後、満面の笑みを浮かべた。


 「ええ、踊りましょう、旦那様」


 ―――ルーシアの手を取り、俺達はダンスフロアまでゆっくりと歩み寄った。


 フロアで踊っている他の男女の邪魔にならない位置に立ち、一度互いに礼をする。そして、伴奏の切り替わるタイミングで俺達は手を組み合わせ踊り始めた。


 踊りながら、俺達は互いの目を見つめ合う。どんな彼女も俺にとって魅力的だが、こうやって夜会用にドレスアップし、いつもより入念に化粧を施した時のルーシアが格別に美しいのもまた事実だ。それに踊っている時に揺れる彼女の栗色の髪が、ほのかにいい香りを散らすのも俺は好きだった。目の前にすっと細く長い首筋が見えるのも。


 俺にじっと見つめられて恥ずかしそうにルーシアが瞬きをし、視線をつい、と反らした。


 俺はその彼女の気を引かせるように、彼女の腰に回している片手に少しばかり力を込め、さらに二人の距離を縮める。


 少し睨み付けるように俺を見上げたルーシアに、つい口元が笑み崩れてしまう。


 ……ああ、やっぱりアルカディアに戻るまで、なんて待てないな。


 今すぐ君が欲しい。


 楽団の奏でる演奏が終わり、俺達もダンスを終える。組んでいた手を離し、俺達は一度距離をとり互いにお決まりの礼を返す。―――そして俺は彼女の手を再び掴んでぐっと引き寄せた。


 「エリック……!?」


 予想外の俺の行動にわっ、とバランスを崩したルーシアがそのまま俺の腕の中に納まる。何事かと彼女が俺から抵抗するよりも早く、俺は彼女の耳にかかっている髪を掻き上げ口元を寄せた。


 「二人で抜けないか……?」

 「……っ……!」


 俺の顔を覗き込んだルーシアの頬は染まっていて、琥珀の瞳はやや潤んでいた。反発するかと思いきや、意外なほど素直に、彼女はこくんと小さく頷いた。


 ・

 ・ 

 ・


 ―――シーツに広がる艶やかな栗色の髪を一房掬い上げ、口づけを落す。


 その後、露わになっている白い滑らかな肌にも唇を寄せ、少しずつ位置を下げて行く。


 「……エリック、くすぐったいわ」


 ルーシアがくすくす笑いながら、恥ずかしそうに身をよじった。


 その顔からはやや気だるげな、なんとも艶めかしい色香が漂っている。そして何も遮る物のない身体を俺に寄せて来た。俺は彼女の背に手を回し撫でつける。手の平に伝わる滑らかな感触が心地よい。


 今度はその唇に口づけ、彼女の頭を自分の胸に引き寄せた。彼女は大人しく俺の腕の中にすっぽりと納まる。


 久しぶりの触れ合いだったために、少々歯止めが利かなかったかもしれない。寝台の下には、無造作に脱ぎ捨てられたお互いの借り物の衣装が、皺になるのも構わずに散らばっていた。


 俺が背を撫でる度に、彼女がため息交じりに小さな声で呻く。それがさっきまでのあられもない、本能を刺激する声を思い出させて俺の胸は再びざわめく。


 「体、大丈夫か?」

 「……ん、大丈夫よ」


 俺が問いかけると、彼女はうんと頷いた。今度はその頭を撫でながら、寝乱れた髪を手櫛で梳かした。


 「……もう戻らないと。エメセシル様が心配されるわ」

 「……もう少し一緒にいたい」


 俺が少しすねたように呟き、彼女の肩をぎゅっと抱くと、ルーシアがその手を自分の手で引きはがした。触れ合っていた温もりが失われたのを感じるのと同時に、彼女は起き上がり、シーツで美しい肌を隠した。


 「駄目よ、そろそろ宴も終わってしまうわ。姫様を迎えに行かないと」


 少し強い口調でルーシアが俺に言い聞かせるように言った。俺ははぁ、と深いため息をついた。夢のような時間はもう終わりなのだと、あっけない幕引きに落胆を隠せない。


 俺も起き上がり、彼女に口づける。終わりの合図のように。


 目を瞑って俺の口づけを受け入れたルーシアは、そこで少し済まなさそうに言った。


 「アルカディアに帰ったら、元通りの生活になるから……」


 元通りの、仕事に追われて中々自宅に帰れない生活がね。俺は内心突っ込みを入れつつ、それでもこれ以上彼女を引き留めるのは得策ではないと何とか気持ちを納めた。


 俺が何も言わないのを少し不安気にルーシアが覗き込んで来る。


 「……わかったよ」


 俺は不貞腐れながら言うと、今度はルーシアから唇を寄せて来た。


 「……ごめんね、大好きよ」


 軽く唇が触れた後に、囁いたルーシアが可愛くて、名残惜しさがさらに募った。


 「あー……もう!くそっ……!」


 俺は強引に彼女を抱き寄せその栗色の髪を掻き上げると、白い首筋に強めに口づけた。


 「エ、エリック……?!」

 「……マーキングだ!!」


 そう言ってやっと俺はルーシアから手を離した。


 ・

 ・

 ・



 ―――翌朝、長らく空けていたアルカディアにいよいよ戻ることになった。セイクリッドの滞在が思いの外長期化したために、アルカディアで国王陛下も愛娘の帰還を首を長くしてお待ちのことだろう。それに姫様の抱える公務を国王陛下が引き受けて下さっているとは言え、全てを陛下が肩代わりする訳にもいかなかっただろう、おそらくエメセシル様、アレクス殿下はアルカディアに付き次第その溜まった業務に追われることになる。当然彼らを支えるルーシアもしばらくは自宅に帰れない日々が続くだろうし、俺自身任務復帰次第忙しくなるだろう。


 またすれ違い生活か……甘い新婚生活なんて俺には過ぎた贅沢なのか。


 帰還のための馬車の準備を整えながら俺が人知れずため息を漏らしていると、俺と同じようにルーシアがため息を吐く姿が目に入った。俺の視線を感じたのか、ルーシアが俺に振り返る。首を傾げた彼女の襟元に、昨日俺がつけた赤い痕を見つけた。


 ……まぁ、彼女を独占する権利を持っているのはこの世に自分だけだと思えば少しは俺の留飲も下がるし、会えない時間があっても共に過ごす時間を大事にして行こうとも思えて来る。


 ―――いよいよ出立、というタイミングになってマティアス殿下、メルヴィナ様が見送りに来られた。


 「エメセシル様、これから時々手紙を書くわね。アレクスのこととか、相談にのってあげてよ」

 「……え、ええ、そうですね。色々、お話ししましょう」


 何故か上から目線でエメセシル様に話しかけるメルヴィナ様。この二人の関係性は俺には理解が難しいが、一連の騒動で何か通じ合うものを見つけたのかいつの間にか友情が生まれていたらしい。エメセシル様もルーシアにべったりだったから、他に同性の友人が出来るのは大いに歓迎すべきことだ。メルヴィナ様のやや高慢な物言いも、エメセシル様はにこやかに受け止められている。


 「他人のことより、自分達の心配をしたらどうだ」

 「まぁ、お言葉ね!私とマティアスは言われなくても宜しくやるわよ!」

 「……まぁ、私達のことは心配いらないよ。アレクスも、アルカディアではあまり我を通し過ぎないように」

 「大丈夫だ。エメセシルを苦しませるようなことはしない」


 大きなお世話だ、と表情でも仕草でも言わんばかりのアレクス殿下に、マティアス殿下は苦笑いをしている。この二人も最初のピリピリした雰囲気がだいぶ和らいで、兄弟らしい気安さが生まれ始めているように思える。

 

 「だが一刻も早くエメセシルを実質的に俺の物にしたいからな、アルカディアに帰ったら国王陛下に婚姻の時期を出来るだけ早めてもらうつもりだ」

 「ア、アレクス様!!」

 「なんだ、お前も早く俺と正式な夫婦になりたいだろう」

 「……そうですけれど、言い方が直接的過ぎます!!」


 相変わらずアレクス殿下は空気読めないよな……、そんなはっきり自分の欲求を口に出来ることに羨ましくさえ感じる。でも純情なエメセシル様には逆効果になっているようで、姫様は肩を怒らせてアレクス殿下を黙らせようとその口を両手で塞いだ。


 せいぜい姫様の機嫌を損ねて、その皺寄せが俺やルーシアに回ってこないのを祈るばかりである。

 

 俺と同じように生温かい目でアレクス殿下とエメセシル様の様子を眺めていたメルヴィナ様が、ふいにエメセシル様の後ろで彼らを見守っていたルーシアを見て、まぁ、と両頬に手を当てた。


 「まぁ、ルーシア。あなたも旦那様に熱烈に愛されているようね?」

 「……?きゅ、急に何ですか?」


 ずずい、とルーシアに歩み寄ったメルヴィナ様はまじまじとルーシアの首元、首と顔の付け根の、丁度顎の陰に隠れる位置を見つめた。しかも良く見えるようにわざと彼女の騎士装の襟を引っ張って。


 ……ま、まずい。

 

 「ご主人の情熱の証が残されているわよ……?これなら、あなたも私も新しい命を授かるのはそう遠い未来でもないかもね……?」


 バレたか……!


 メルヴィナ様の指摘に、ルーシアは最初戸惑ってきょとん、としていたが、次第にメルヴィナ様が言わんとしていることに心当たりを見つけたのか、顔が見る見るうちに赤くなって来た。


 キッ、という効果音がつきそうな仕草でルーシアが横に立っていた俺を睨みつける。俺はすかさずスッと視線を逸らした。

 

 エメセシル様は頬を赤らめ、アレクス殿下はニヤニヤと意味ありげに笑っている。マティアス殿下はやれやれ、と言った表情で、メルヴィナ様は好奇心に溢れた瞳をキラキラさせている。



 

 「エリック!!!」




 そして一際大きな、俺を責める怒鳴り声が響いた途端、その場はそれをかき消すような笑い声に包まれた。


 (完)


これにて番外編も完結です。最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました!

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