十五話目
翌日、王宮に舞い戻った俺達を最初に迎えたのはアレクス殿下の警護役であり腹心である騎士ジーク殿だった。
俺達が帰宮したのを聞きつけ、いの一番にエントランスまで飛んで来たジーク殿は、ひどく慌てた様子だった。当初、遠出の疲れが残る俺達は各々の部屋で休むことを考えていたが、ジーク殿の報告を聞いてそれどころではなくなってしまった。
ジーク殿の報告によると、現在緊急国会で主要議員、貴族らが招集されマティアス殿下の廃太子議案が推し進められているとのことだった。
その報告を聞いて、俺達は驚愕した。議員達は、マティアス殿下が『王の試練』に挑戦するために王宮を空けており、またマティアス殿下を指名した国王陛下の怪我療養中、その決定を支持しているアレクス殿下も不在という隙を狙い当事者を無視した暴挙に打って出たのだ。
いくら国王陛下が怪我で表に出て来れないとはいえ、国王の支配下にある議会がここまで力技に訴えられるのか、俺にはまったく理解出来なかった。しかし、多民族国家であり多様な価値観が集まるこのセイクリッドにおいては、議会の最終決定はそこに客観的な裏付けがあれば国王の命令と同じ強制力を有するらしかった。
もし議員らの完全同意があり、決議されればそれは国王命令でも覆すことは出来ないらしい。
当初議員らはアレクス殿下の愛国心に訴え、かつての恋人メルヴィナ様との再縁組を匂わせ自発的に立候補させることを目論んでいたようだが、実際に帰国したアレクス殿下が彼らの予想よりもアルカディアに婿入りすることに傾倒していたことで外堀から埋める作戦に転向したようだ。
当事者の内一人王宮に残されていたメルヴィナ様は、気丈にも単身その議案に異議を申し立てており、弁論の真っ最中ということだった。
「アレクス様……メルヴィナ様が……」
一通りのジークの報告を聞いて、アレクス殿下は真剣な顔で考え込むように顎に手をやった。エメセシル様はそのアレクス殿下に不安そうに視線をやった。
「……メルヴィナのことは心配ないだろう。しかし……叔父上の奴、よくも身内であることを笠に着てこうも好き勝手やってくれたものだ」
エメセシル様をに視線をちらと向けて頷いた後、アレクス殿下は再びうんざりとした様子で長めの前髪をいじくった。
「……ふん、やはり一度徹底的に暴いておくか。身内の恥を晒すことにはなるが……。ジーク、俺の部屋からあれを持って来い」
「……あれ、で御座いますね。承知致しました」
アレクス殿下の指示に、気のせいだろうかジーク殿の顔が酸っぱい物を食べた時のような表情になった。しかしすぐに気を取り直し、敬礼すると足早に立ち去った。
そしてアレクス殿下は、何か楽し気な舌なめずりでもするような意地の悪い笑みを浮かべエメセシル様に深い青の瞳を向けた。
「来い、エメセシル。面白いものを見せてやるぞ」
「ア、アレクス様……?」
エメセシル様の困惑した声が、様子を窺うように発せられた。嫌な予感がしているのは、俺だけではないようだ。
「―――こんなのフェアじゃないわ!国王陛下の決定に不服があるなら、国王陛下が療養から回復されてから直接申し立てなさいよ!マティアスもアレクスも当事者がいない間に議案を通すなんて卑怯だわ!!」
「落ち着いて下さい。客観的事実を踏まえましても、マティアス殿が国王陛下のお子であることは考えにくいのです。これは、合理的な根拠に基づく正当な修正案、手続きなのですよ」
俺達が国会室の前に辿り着いた時、扉が閉じられているにも関わらず中の激しい男女のやり取りが厚い扉越しにも聞こえて来た。
甲高い声の主は言うまでもなく、メルヴィナ様、もう一方の中年男性らしき声はおそらくドゴール卿だろう。
「何が客観的事実よ!マティアスが自分の子であるかどうか、国王陛下が間違う訳ないでしょう!!」
「では、マティアス殿の世にも稀な金色の瞳をどう説明されるのですか?あの陛下に似ても似つかないお顔立ちは?」
「似てない親子だってこの世にはいるでしょう!」
苛立ちが声のトーンからも伝わって来る。多勢に無勢で押されているのは雰囲気で感じられた。
早く加勢してやりたい、と俺達も中に進もうとしたものの入り口を警備していた兵士らが立ち塞がった。
「ア、アレクス王子、現在は緊急国会が開かれています。王子と言えども、誰も通すなとご命令を受けております!」
「ちっ……誰にものを言っていると思っている。この王宮に俺が入れぬ場所があるものか」
「しっ……しかしっ……」
アレクス殿下は忌々し気に舌を鳴らし、兵士らの胸倉を掴んだ。エメセシル様もメルヴィナ様が一人で戦っていることを案じてか、今回ばかりはアレクス殿下の力にものを言わせるやり方を諫めようとはしないようだ。
アレクス殿下に恫喝され、兵士は慌てふためきながら目を泳がせた。指揮系統が乱れているようで、誰の命令を優先すべきか迷っているようだ。
そうこうしているうちにも、メルヴィナ様とドゴール卿のやり取りが続いていた。
「しかし、原因がなければ結果も導き出されないのもこの世の理。結婚後3年間メルヴィナ様にお子が生まれていないことと同様に」
「あなたっ……私を侮辱しているの!?」
「とんでもない、私はむしろ賛辞をお送りしているのですよ。あなたは正当な王位継承者の妃であるべきで、偽りの王太子に惑わされなかったことを称賛しているのです」
「……なっ……!!」
いくら何でも酷い言い草だ。メルヴィナ様をまるで王位継承者に与えられる景品のような物言いに、さすがに俺も腹が立ってくるし、ルーシアやエメセシル様の表情なんて怒りで強張っている。
「……残念だったわね、私達はもう正真正銘の夫婦よ。他人に離婚しろなんて、とやかく言われる筋合いないわ!!」
「なんと……!?……まぁ、妃の代わりならすぐに見つかるか……」
「何ですって!?」
開き直ったのか、堂々と言い切ったメルヴィナ様にドゴール卿はなおも下劣な発言を繰り返している。
「……くずが」
一旦兵士らと悶着するのを止め、扉の奥のやり取りを聞いていたらしいアレクス殿下は静かに吐き捨てた。感情の籠らない声は、それが逆に激しい怒りを感じさせた。
そしてアレクス殿下はやおら片脚を上げたかと思うと、流れる動きで兵士達の体の合間から思いっきり国会室の樫の扉を蹴り上げた。
―――バーン!!という派手な音を立てて、扉が大きく開かれた。
その瞬間、それまで喧々囂々と議論していた中の人物らが弾かれたように一斉に入り口に視線を向け、凍り付いた。
先陣切って中に押し入ったアレクス殿下は、後ろから見てもそうと分かるくらい、ふてぶてしい態度で議員達を見回した。
「審議の最中失礼する。俺も議論に加えてもらおう」
「ア、アレクス王子!!外出されていたのでは?」
アレクス殿下不在時に、議案を押し通そうと思っていたらしいドゴール卿が、青い顔で素っ頓狂な声を上げた。
「せっかく俺も当事者の一人として証言してやろうとやって来たと言うのに、俺が議論に参加することに何か不都合でもあるのか?」
「い、いえ、そういう訳では。しかし、今日の審議はあくまでマティアス殿下の出自に関して検証するもので、アレクス殿下にご意見を頂く必要はないかと」
噴き出すように汗をかきながら、ドゴール卿はアレクス殿下の機嫌を窺うように述べた。
「ほう……兄上の出自に関して、とな。実の父親である国王陛下が認めていると言うのに、兄の親族でもないあなたが異論を唱えるとは、何か確固たる根拠がおありか?叔父上?」
声高に言い放ったアレクス殿下に、ドゴール卿は明らかに怯みながらも、しかししっかりと手元の書類を持ち上げた。
「お、恐れながら、以前にも申し上げた通り、側妃殿下がマティアス殿下を身籠られたと思われる時期の国王陛下の滞在・外出記録によりますと、側妃殿下が宿下がりしておられた時期と、陛下が王宮にいらっしゃった時期にあたりまして、どう考えても父子関係を見出すのは不可能で御座います。また、マティアス殿下の世にも稀な瞳の色を考えましても、側妃殿下国王陛下共に王太子殿下とは違う色味をされておりますのでその観点からも、別の人間が父親だと考えるのが自然かと存じます」
「……なるほど。当時の側妃の行動記録からは確かに、頻繁に宿下がりをしていたようだ。どうやら、側妃は一部の貴族らの嫌がらせに悩まされていたようだからな、なぁ、叔父上?」
「……こ、行動記録には、客観的な事実のみが記述されているのみで個人間の詳細なやり取りまでは記録されていないはずですが?」
「そうだな、それが公的な記録であればな。しかし、当時の側妃の侍女の個人の日記であれば違う側面も見えて来るな」
アレクス殿下はそう言うと、戻って来ていたジーク殿に目配せをした。ジーク殿が苦笑いをしつつも頷き、懐から一冊の冊子を取り出した。
ドゴール卿は、はぁ?と言いたげな困惑した表情を浮かべ、その冊子をまじまじと見つめた。
「これは以前側妃の侍女として仕えた女が書き溜めていた日記だ。本人が貸してくれたこの女の記述によると、側妃は度重なる陰湿ないじめに悩まされ精神的に参っており、頻繁に宿下がりをしていたらしいな。時に命の危険を感じることもあり、安全を考慮して父上が直々に宿下がりを命じていたこともあると書いてあるぞ」
「な、なにを……」
「叔父上。身内びいきもほどほどにしないと、逆に一族を破滅に追いやるぞ」
にこっと笑ったアレクス殿下が、ジーク殿の持つ日記を受け取りパラパラと読み上げた。
「『一体誰の仕業だろうか?側妃様がお通りになる通路に蛙やら蛇やらを大量に投げ込んだのは?嫌がらせにしても幼稚だ……まさか王妃様が側妃様に嫉妬して……?』」
「『今日も側妃様の御召し物が中庭に泥だらけになって捨てられていた。あのお衣装は側妃様のお気に入りだったのに……これも王妃様の仕業なのだろうか?……そういえば近頃王妃様の実弟であるドゴール卿が何かにつけ側妃様に言いがかりをつけに来ているな』」
「『今日は私達侍女が目を離した隙に、側妃様が離れの塔に閉じ込められる事件があった。天気読みがわざわざ調査遠征で出払っている時を見計らったかのようだ。そういえば、例の調査遠征は、王妃様の弟の議員であるドゴール卿からの指示だったと言うが、王妃様も一枚噛んでいるのだろうか?』」
「『今日もまた、側妃様付きの侍女が一人異動を言い渡された。このところ立て続けだ、しかもいつもその人事異動にはドゴール卿が絡んでいる気がする……。例え私が一人になっても側妃様をお支えしなければ』」
適当に開いた箇所を呼んでいるのだろうが、何とも陳腐な内容だ。
「な、何がしたいのです、アレクス王子。そんな使用人の日記に書かれていることが、何だと言うのです。どうせ話を大げさにあることないこと書きこんでいるに決まっている」
「たしかにどれもくだらない、些細な内容ばかりだ。だが、側妃が離れの塔に閉じ込められた事件や、当時の側妃の侍女の人事異動の記録などは客観的な事実として、叔父上の根拠としている王族の行動記録にも残っており、裏付けが取れる」
「……」
なおも面白そうに含みのある物言いを続けながら、アレクス殿下はパラパラと日記をめくった。ふと、その手を止めまるで芝居がかった仕草で首を傾げた。
「問題は、第二妃とは言え、国王妃である彼女に誰がこのような嫌がらせをしたかだ。真っ先に考えられるとしたら、側妃の存在を煙たがる存在……俺の母だろうな。王の寵愛を巡る女の戦いなど、この世界では珍しくもないことだよな?」
「……あ、姉上は……、姉上はっ、そんなことは断じてしない!!見た目で誤解されやすいが、姉上は優しい人なんだ!!それを息子のあなたが疑うなんて!!」
「叔父上、俺だって信じたくはない。まさか自分の母親が、夫の気を引くためにこのような姑息な手段に出るなんてな、まさに一族の恥だ」
片手で目元を覆い、大げさに嘆いて見せたアレクス殿下。そのアレクス殿下の様子を見て、ドゴール卿の顔が見る見るうちに赤らんで来た。まるで頭のてっぺんから沸騰しそうな勢いである。
「違うっ!!姉上ではない!!それは、私が独断で配下に命じて……っ!!」
―――その時、抑揚のない女性の声が降り注いだ。
「―――語るに落ちましたね、ベネディクト」
思ったより長くなってしまった番外編ですが、ようやく次回投稿分で終われそうです。




