八話目
アレクス殿下と共に国会室を出た俺は、エメセシル様の滞在されているお部屋に向かった。アレクス殿下からエメセシル様への言付けを預かったからだ。明日、宰相主宰のエメセシル様の歓迎会があるから準備しておくように、という。
俺は直接伝えに行かないアレクス殿下に、エメセシル様のところに顔を出さないのですかと尋ねたのだが、先に調べたいことがあると、別の方向に立ち去られてしまった。
姫様の部屋まで歩きながら、セイクリッドの王位継承争いなんて、我ながらえらいことに巻き込まれたもんだな、と改めて思った。
今日お話したマティアス殿下の様子じゃ、マティアス殿下本人がご自分の出生に疑問を抱かれているようだし、自分が王太子位に就いていることを納得していない、というかアレクス殿下やメルヴィナ様に随分遠慮されている。王太子殿下本人がその態度だから宰相やその他反対議員達もいいように付け上がるんだろうな。
だが、実際妙だ。後継に指名するまでろくに交流をして来なかったくせに、何故国王陛下は普通の貴族として育って来たマティアス殿下を指名したんだろう、次期国王として将来を嘱望されていたアレクス殿下を差し置いて。アレクス殿下は優秀な方だ、アレクス殿下に不足があったとは思えない。じゃあ、マティアス殿下の言うように、生まれ順で?それまで王族として扱って来なかった息子なのに?そんな単純な理由だとはにわかには考えにくい。国王陛下御自身がどういう基準後継を選ばれたのか、それが不透明なゆえにこの混乱は引き起こされているようにしか思えなかった。
……どちらみち、国王陛下が回復されないと、解明されない謎だ。
それよりも、明日はエメセシル様が初めてアルカディア国外の行事に参加する外交デビューということになる。アルカディアを発つ際に、そういったことも想定して仕度はして来ているはずだから問題はないだろうが、早めに知らせておくに越したことはない。
訪問した俺を、エメセシル様の部屋に控えていたルーシアが出迎えた。俺が明日の宴のことを伝えると、ルーシアも誰かから聞いていたらしくある程度既に準備の目星をつけていたようだ。
姫様は今は日課にされている次期女王としての勉強の最中だったようで、ルーシアは客室内を仕切っている衝立を指し示した。その奥で勉強をされているのだろう。
俺達は姫様の邪魔をしないように離れた位置に椅子を持ってきて、情報交換をすることにした。
「―――で、エリックは宰相閣下にもお会いしたの?」
「ああ、どうやら宰相がアレクス殿下の次代の王位継承を推す筆頭のようだな。しかも、王妃殿下の実弟らしい」
「じゃあ、自分の権力保持のために血縁者であるアレクス殿下を王位に就けたがっているってこと?」
「かもしれない」
ルーシアが用意してくれたお茶を二人で啜りながら、俺達は小声で話し合う。俺がセイクリッド議会に顔を出したことを伝えると、興味を引かれたようで内容を聞きたがったのだ。
「だがアレクス殿下は、セイクリッドの王位を継がないと、セイクリッドの人間ではないと思って欲しいと明言されていたな」
「まぁ!じゃあアレクス殿下の気持ちに迷いはないと言うことね!」
俺が国会室内でのアレクス殿下の言動を伝えると、ルーシアが明るい表情で声を弾ませた。
普段アレクス殿下の突拍子のない言動に、エメセシル様を振り回している、としょっちゅう不満を述べているルーシアだが、二人のことを応援しているのは間違いないようだ。彼女からしたら、妹も同然に思っている大事な姫様を幸せにしてくれるかどうかが大事で、アレクス殿下自身を嫌っている訳ではないのだろう。
「そうだな……だが、例の宰相が気になることを言っていた。マティアス殿下の生まれた月から逆算すると、国王陛下、側妃殿下が一緒に過ごされていた時期が合わないらしい」
「……え?どういうこと?」
俺としてはせっかく機嫌を良くしている彼女に水を差すのは気が引けたが、知っていることを黙っていたなんてあとから言われたら堪らないので、議会で話題に上がったことをつぶさに報告しておくことにした。
予想通り、俺が切り出した途端、ルーシアの形のいい眉が不審げにひそめられた。俺は、俺達以外誰も聞いていないだろうとは思いつつも、警戒して声のボリュームを落とした。ルーシアがハッとして、衝立に視線をやるが、特に変化はなかった。
「……容姿が母親とも父親とも似ていない、両親が一緒にいない時期に身籠られた可能性がある、とくれば、父親の存在を疑いたくはなるのは分かる……」
「……宰相はそんなことまで調べたってこと?プライバシーも何もあったものじゃないわね」
ルーシアが不快そうに吐き捨てる。高潔な彼女は、こういう権謀術数渦巻く話題を好まない。……まぁ、俺も過去のことまで探ってプライバシーを荒らすようなやり方には賛同出来ないのは同じだ。
「ああ……アレクス殿下も似たようなことを仰っていたな。しかし、もしそれが事実ならマティアス殿下と国王陛下に親子関係がないということになる。しかも、マティアス殿下も4年前に王位継承者に指名されるまで、自分の父親が誰か知らなかったらしい」
「……え?エリック、マティアス殿下に会ったの?」
俺の言葉に、ルーシアの琥珀の瞳が大きく見開かれた。俺は昼前のマティアス殿下とのやり取りを思い出し、はぁと一つため息を吐き頷いた。
「議会に呼ばれる前にたまたまな。マティアス殿下自身が、国王陛下の決定や自分の出生に納得出来ていないことが、言葉の端々に伝わって来たな。それに、自信のなさからなのか、アレクス殿下に遠慮しているからなのか、メルヴィナ様とはまだ夫婦の契りを交わしていないということも言われていた」
「……実は、私も今朝エメセシル様と朝食後の散歩をしている最中にメルヴィナ様にお会いしたのよ。……メルヴィナ様も、マティアス殿下とは一度も寝所をともにしていないと仰っていたわ。そのことを、とても気にしていらっしゃるようだったわ」
ルーシアの言葉に、今度は俺が驚く番だった。
「……やっぱり、マティアス殿下の気遣いは逆効果だったんだな」
思わず呟いて、俺は腕を組み合わせた。
マティアス殿下は、メルヴィナ様とアレクス殿下の過去の関係に拘り過ぎて、今のメルヴィナ様を見れていない。幼少から次期王妃として教育を受けて来て、その使命を刷り込まれているメルヴィナ様が完全な夫婦になれていないことを気にしないはずがない。マティアス殿下はメルヴィナ様を大事にしているつもりで、逆に傷つけてしまっていることに気付いていない。
「……え、どういうこと?」
俺が無意識に考え込んでいることに、ルーシアが戸惑ったように身を乗り出して尋ねて来た。
「……マティアス殿下は、メルヴィナ様が無理やり自分と結婚させられたと、メルヴィナ様に申し訳なく思っているようだ。まだアレクス殿下とメルヴィナ様が想い合っていると思い込まれているようで、いつかメルヴィナ様をアレクス殿下に返すつもりで彼女を傷つけまいと触れないでいるらしい」
「……でも、メルヴィナ様は王太子妃としての責任を果たせない自分に、肩身の狭い思いをされているのよ。政略結婚である以上は、愛情があろうとなかろうとその覚悟をして嫁がれているはずだわ、マティアス殿下の姿勢は、そのメルヴィナ様の決意をも踏みにじるものだわ」
「だから逆効果になっているようだと言っただろう……たぶん、マティアス殿下自身が周囲に心を開いて、耳を傾けるだけでも状況はだいぶ変わって来るんだろうな」
俺が見た限りじゃ、マティアス殿下がメルヴィナ様を特別に想っているのは間違いないんだけどなぁ……マティアス殿下の中でわだかまっていることが解消されない限り、前に進めない気がする。そもそも、王位継承のことだってマティアス殿下本人さえ毅然としていれば、問題にもならない話なはずなのに。
考えすぎて頭が痛くなって来た俺は目を瞑り、こめかみをほぐした。ルーシアも俺に同意するように、大きく頷いた。
「今の話だとお二人とも、お互いに気にかけているのは確かなのに……気持を通じ合わせるのって、難しいのね」
「……それは俺達も、身をもってよく知っているだろ?……でも、こういうことは本人同士が努力しなくては意味がない。俺達はただの隣国の騎士だ、状況を見守って行くだけだ」
「……そうね」
俺がしみじみと言うと、ルーシアも何かを思い出したように感慨深い様子で俺の手に自分の手を絡めて来た。こんな風に彼女がたまに見せる甘えた仕草に、俺は滅法弱い。頬が緩むのを抑えつつ、俺も同じ気持ちだと伝えようと、その手を強く握り返した。
―――翌日午後から開催された、エメセシル様の歓迎の宴は俺達が想像していたよりもずっと規模の大きいものだった。
いくつもの棟が複雑にその機能によって細かく区分されているらしいセイクリッド王宮の各建物は、そこかしこを渡り廊下や中庭で連結されていた。シンプルに中央宮、左右宮、奥宮に分けられているだけのアルカディアの王宮とはその点でもだいぶ印象が異なる。俺のような余所者では、どこかどう繋がっているのかまるで分からない。その上一つ一つの棟も決して小さい訳ではない、現にこの大広間もアルカディアの主催事場と変わらない広さがあった。
即席で用意されたと聞いていた割には豪勢な広間内の装飾に俺は感心して、ひゅうと息を吐いた。会場の飾り付け、奥に用意された立食式の料理もさることながら、恐らくセイクリッドの主要貴族、議員らはあまねく列席しているのだろう、これだけの広さの広間なのに最高級の衣装や宝飾品に身を包み、さらにいくつもの勲章らしきものをぶら下げた人物らによって広間内は先を見渡せないほど埋め尽くされていた。半非公式の宴でこの規模なら公式行事の祝賀会なんかじゃどれほど盛大に行われるのだろうか。
主催が宰相であるドゴール卿と議員達によるものということで、怪我療養中の国王陛下はもちろんその看病という名目で王妃殿下も参加されてはいない。その代理で王太子夫妻は参加されているが、初めにエメセシル様に挨拶をされて以降は、国内の貴族への対応をされているのだろうか姿は再び見えなくなっていた。
我らが主君エメセシル様は、先程から延々とセイクリッドの要人からの挨拶を受けている。その横には当然、婚約者でありエスコート役のアレクス王子が姫様と、挨拶をする貴族らの仲介をしていた。俺とルーシアはそのやや後方で、警護役として控えている。これがアルカディアで行われている公式行事であれば、アルカディアの伝統に則って俺達は貴族としての正装で警護を務めなければならないが、今回は外国で、しかも非公式の場でアルカディアの慣習を持ってこなくてもいいだろうと俺達は通常のアルカディア王国軍の騎士装に身を包んでいる。このことは俺達が任務のためにこの場にいることを対外的示すことが出来、結果として不必要な社交を避けられるという点で、俺にもルーシアにも都合が良かった。
……実際にさっきから、セイクリッドの若い貴族の男達の好奇の目がルーシアに向けられていて、俺は内心良い気持ちではない。
アルカディアよりも多種多様の価値観の混在するセイクリッドと言えども女性騎士というのは珍しいらしく、それにゆえにルーシアが注目を集めているのも確かだろう。だがやはり、彼女の騎士装に身を包んでいても隠し切れない美しさ、溢れ出る気品、洗練された身のこなしがどうしても男達を惹きつけてしまうに違いない。むしろ騎士装だからこそ彼女の凛とした美貌が引き立つという面も否定しきれないのだが。
……身内びいきすぎるかもしれないが、それを差し引いたとしても彼女が他とは一線を画す魅力的な女性であることは事実だ。まさか見るからに任務中の彼女にダンスを申し込む馬鹿な貴族はいないと思うが、もしそんな奴がいたら手袋を投げてつけてしまうかもしれない。……自分でも阿呆なことを考えているなと思いながら彼女をちらりと見ると、丁度ルーシアも俺の方に視線を向けていたらしくばちっと目が合った。
―――が、すぐに大げさにそっぽを向かれてしまう。まさか、俺の頭の中が読まれていて、呆れ返られているんじゃないよな?
……いい加減俺も、狭量な独占欲は改めないと愛想をつかされてしまうかもしれない。
俺は一度襟元を正し、頭を切り替え任務に集中しようと再びエメセシル様とアレクス殿下に視線を戻す。どうやら一通りの貴族らの挨拶を受け終わったらしい姫様を、アレクス殿下が労い用意されている椅子に腰かけるよう促しているようだった。エメセシル様は素直に椅子に腰を落とし、人心地つかれたように体の力を抜くと、アレクス殿下に向け微笑まれた。その表情を見て、アレクス殿下も嬉しそうに口の端をわずかに上げる。
そこに突然、一人の貴族の男がアレクス殿下に近付き、何事か耳元で言付けていた。見たところまだ年若いが、アレクス殿下に直接進言出来るということは、それなりの要職に就いている側近の一人なのだろう。
「エメセシル、すまないが、一度席を外さなくてはならない。ここで待っててもらえるか」
「まぁ、分かりましたわ」
「……すぐ戻る。宴が終わる前に、あとで俺達もダンスをしよう。それまでは休憩していてくれ」
「……アレクス様。……はい、喜んで」
俺達の目の前で、アレス殿下とエメセシル様は小声で会話を交わす。エメセシル様が再び、大輪の花のような笑顔を浮かべアレクス殿下の申し出を快諾すると、アレクス殿下も他の人間には滅多に見せることはない優しい顔で微笑み返した。そしてその側近の男と連れ立って会場を後にした。どんな用件かはさっぱり分からないが、久々の帰国に王族のアレクス殿下が顔を出さなければならない場面も多いのだろう。
それ以降もエメセシル様は一人で、次々に声を掛けて来るセイクリッドの貴族らを相手に丁寧に対応を続けられていた。その姿は将来のアルカディアの象徴として、十分に誇らしい堂々としたものだった。生まれながらの王女としてアルカディア国内の公式行事に参加することは慣れていらっしゃっても、周囲が見知らぬ者ばかりでは緊張も相当だろうに。姫様が地道に勉強を続けられ立派な女王になろうと努力されているのも、臣下としては好ましいことだ。
と、突然、一人の壮年の貴族が例によって挨拶のためかエメセシル様に近付いて来た。宴に参加している他の貴族と比べても、特別上等に仕立てられた衣装、地位の高さを物語る勲章の数々……どこかで見たことある顔だな……そう俺が思いながらその男の目元を見て、それが先ほど席を立たれたばかりのアレクス王子にそっくりな形なのに気付いた。この男は……!
「……あの男がドゴール卿だ。王妃様の弟で、宰相の」
一瞬遅れて、昨日議会で会ったばかりの宰相の顔を思い出し、俺は隣で控えているルーシアに小声で告げた。ルーシアもその目元にアレクス殿下との血縁を予想していたのか驚きつつも、俺の言葉にやっぱり、というような表情をした。
「あの、アレクス殿下推進派筆頭の?」
ルーシアも俺の耳に顔を寄せて、小声で聞き返して来たので俺は小さく頷いた。
「ああ、王宮内の噂を聞く限りは、王妃様の身内なのを笠に、議会内の一大勢力を握っているらしい」
俺は昨日議会を出た後に耳にしたドゴール卿にまつわる使用人や、他の貴族、騎士らが話していた噂を口にした。俺の言葉に、あの人物こそアレクス殿下を次期国王に推進する筆頭であることを理解した途端にルーシアが警戒を強めたように、眉根を寄せ鋭い視線をドゴール卿に向けた。
「ご機嫌麗しゅう、エメセシル王女殿下。私めは、この国の宰相を務めるベネディクト・ドゴールと申します」
「まぁ、宰相様、ご挨拶痛み入ります。お初お目にかかりますわ」
やや芝居がかった仕草で恭しくエメセシル様に挨拶をしたドゴール卿に、基本的に人を疑わい姫様は、他の貴族らにしたのと同じように律義に立ち上がり丁寧に一礼した。
「王女殿下におかれましては、我が国の王子アレクス殿下と良好な関係を築かれているようで、殿下の叔父の身としても、光栄に存じますよ」
「まぁ、宰相様はアレクス様のお身内でいらっしゃるのですね」
「ええ、王妃殿下が私めの実の姉にあたりまして」
ドゴール卿の自己紹介に、エメセシル様はびっくりしたようだった。姫様は昨日の俺達の会話を聞いていないからな、初耳だったのだろう。
「まぁ、そうでしたの。ええ、アレクス様にはとても親切にして頂いておりますわ」
「それは大変結構ですな。……時に、エメセシル王女、王女の生国アルカディアでは、女性王族が王位を継がれるのにある条件があるとお聞きしましたが、さようでございますかな?」
「……え?え、ええ。我が国の法律では、未婚女性王族は単独で王位を継承できないと定められておりますの。共同統治者たる配偶者を婿に迎えて初めて、継承権を得るのですわ」
随分唐突に、アルカディアの王位継承に関わる法律について話題に上げたドゴール卿にエメセシル様は困惑を隠しきれず、首を傾げた。ドゴール卿、一体何が言いたいんだ?
「なるほどなるほど。それならば、我が国のアレクス王子ほどうってつけの存在はおりませんでしょうなぁ……何しろ、本来であればセイクリッドの次期国王となるべき方ですから」
「宰相様……?それはどういう……」
さすがのエメセシル様も、ドゴール卿の言葉に悪意を感じたのだろう、表情を曇らせ相手の真意を探るように戸惑った声を上げた。
あまりにも自分主君を侮辱するようなドゴール卿の態度に、俺達も黙って突っ立っているわけにはいかない。示し合わせたように、俺とルーシアは同時にエメセシル様の脇に守りを固めるように進み寄った。
「宰相閣下、差し出がましいことを申すようですが、我が君エメセシル様と貴国のアレクス王子との婚約は、両国の合意の下、正式に契約を交わされたものであることは疑いのないことと存じますが?」
俺は確認するというより、念を押しているという意味合いの強い口調で、ドゴール卿を正面から見据えた。俺に見下ろされる形になったドゴール卿はわずかに怯んだように半歩下がる。俺に賛同するように、ルーシアも俺を一度大きく頷きながら見た後に、ドゴール卿を睨み付ける。
「だ、だが……それはあくまで、我が国に正統な王位継承者がいればの話。エメセシル王女、我が国にも、王位継承者にはいくつか必要要件があるのですよ……そもそも、王家の血筋に連なる者でなければ、その資格たりえないというのは、いかなる国でも同じでしょうがね」
「……宰相閣下?マティアス殿下の王位継承は、国王陛下たってのご指名と伺っておりますが?そこに疑いの余地はないことと思いますけど?」
俺が再び口を挟むよりも先に、ルーシアが畳みかけるように言葉を重ねた。ドゴール卿が国王陛下と亡き側妃の男女関係まで調べ上げていたことに不快感を覚えていたようだから、余計に苛立っているのだろう。
「……いずれ分かることだ。……恐れながら、エメセシル王女。改めて婿探しを再開された方が宜しいかと思いますよ」
俺達の気迫に押されたのか、負け惜しみのようなことを呟きながらも、思った以上にあっさりと退散した。セイクリッドの政治家の頂点に立つ宰相と言えど存外小者のようだ。
あんな男じゃ、我が道を貫くタイプのアレクス殿下を止めるなんて、とても無理だろうな。せいぜい、状況を引っ掻き回すのが関の山だろう。
「姫様、お気になさる必要はないかと思います。アレクス殿下は、エメセシル様とアルカディアで生きる決意を固めておいでです。他人の言葉に惑わされてはいけません」
「エリック……、ええ、そうね、アレクス様を信じなくては、駄目ね」
俺の思ったままの分析に、エメセシル様は未だ不安そうな表情をしつつも、少し緊張は和らいだようだ。まぁ、俺なんかよりアレクス殿下が直接エメセシル様を元気づけて下さるのが一番いいんだが。
それにしても、先ほど側近に何事か言付けられて用事を済まされに行ったきり戻ってこないな……姫様とダンスの約束もされていたし、お開きになる前に戻って来られるといいんだが……。
俺はきょろきょろと会場を見回しているルーシアが、俺と同じことを考えているのだと気づき彼女と同じ方向に視線を向けてみる。しかし、そこにはアレクス殿下の姿はなかった。テラスと広間を仕切る大きな窓ごしに、いつの間に降り出したのか大粒の雨が横風にあおられ筋を作っているのが見えた。




