四話目
「―――アレクス殿下、今回のセイクリッドの訪問は怪我療養されている国王陛下への見舞い以外にも、別の目的があると耳に致しましたが本当でしょうか?」
セイクリッド王国までの道中、俺は状況を浚おうとアレクス殿下に今回の旅の目的について、改めて問い質していた。
普段の立場から考えると、王国軍の一騎士である俺が気安く王族であるアレクス殿下に声をかけるなどと許されないところだが、今回俺は騒動に巻き込まれた身だし、そもそもアレクス殿下のお人柄を考えると遠慮なんてしていても仕方がないと俺は半ば開き直っていた。
俺の問いかけに対し、アレクス殿下はやや迷惑そうな表情になるが、対照的にエメセシル様やルーシアの目は興味深そうにアレクス殿下に注がれた。
「……メルヴィナが言っていたことについては気にするな。セイクリッドの王位継承問題はとうに決着している」
「……しかし、セイクリッドの議員の間で意見が割れているとメルヴィナ様は仰っていましたけど?」
言いよどむ様子のアレクス殿下に、俺の言葉を援護するようにルーシアが強い口調で重ねた。……ルーシアの奴、俺以上にアレクス殿下に対して遠慮がなくなっているような……。見ると、彼女の横でエメセシル様が握り合わせている両手も、やけに力が入っている。女性陣の圧迫するような雰囲気に、アレクス殿下は辟易したような表情をしている。
「……それはな、本来俺が王太子候補として育てられていたからだ」
「……まぁ」
エメセシル様が大きな瞳をさらに見開いて、口元に手をやった。アレクス殿下は、気だるげな様子で窓枠に肘をつき嫌々ながらも説明を続けた。
「……俺と兄王太子マティアスは、数ヶ月しか歳が違わない。俺が正妃の子で、マティアスが妾腹の子だからだ」
「……!」
アレクス殿下の言葉に一同唖然とする。
「曲がりなりにも正妃との王子であった俺は、生まれた時から多くの忠臣に囲まれて何不自由なく育った。だが、マティアスの母である側妃はマティアスを産んで数年のうちに病で死んだ。元々身分の低い家の出で、父上からの愛情以外大した後ろ盾を持たなかった側妃の子供ということで、マティアスは父に王位継承者に指名されるまで、ほとんど存在を無視して育てられたのだ。俺もほんの数年前まで、腹違いの兄がいることは知っていたが、王宮の外で暮らすマティアスとは顔を合わせたことはなかった」
アレクス殿下の説明を俺達は言葉もなく、大人しく聞いていた。
アルカディア王宮で騎士として勤めている限りは、俺達に近隣諸国が抱える個別の問題などは滅多に耳に入ってこない。貴族の中にはゴシップネタを好き好んで集めている者もいるが、少なくとも俺やルーシアの周りにはいなかったため、俺達の知識は自分の任務に関わることに偏っている。
しかし、腹違いの兄弟か……。一夫一妻制が原則で、体裁とモラルを重んじるアルカディアの貴族社会ではタブー視され、王族を含めほとんどの貴族がそういった事態になることを避けている。仮にそういう状況に陥った場合は、外部に情報が漏れないようにするのが常だ。あぴっろげに語るアレクス殿下の物言いに、どうしても違和感を覚えるのは禁じ得ない。
「まぁ……それは、お可哀そうに。兄上様、お辛かったでしょうね」
「しかし……父王陛下までご自身のお子であるマティアス殿下を無碍にされていたわけではないんでしょう?」
側妃の存在が公的に認められるのであれば、庶子であれ実子に違いない第一王子をセイクリッド王自身が軽んじるというのは俺には何とも想像しがたかった。特に、愛する女性との間の子供ならなおさらだ。
しかし、俺の予想に反してアレクス殿下の表情は渋い。
「父上は、その側妃の死をあまりに嘆き悲しんでな、長年内に閉じ籠って政治をするのもままならない状態だったんだ。その忘れ形見である兄のこともほったらかしだ。その間に議員達は権力の拡大に走り、内政の乱れに見かねた俺の母である正妃が切れて父王を表舞台に再び引きずり出したんだ。その時に父王に王位継承者をはっきり決めさせたのも俺の母だな」
「……殿下の母上はすごい女傑なんですね」
思わずぽろりと零してしまったらしいルーシアの感想に、俺も内心同意していた。対照的に国王の方は、なんて言うか、いくら愛妻を失ったと言ってもその女性との子供を守ることも忘れ、自分の本来の仕事も手につかなくなるほど腑抜けになるなんて、同じ男として情けないな……。しかも、それを正妻に窘められるまで気付かないと言うのも、なんとも、まぁ……。
「父王が正式に後継者に指名したおかげで、マティアスは王太子としてまともな扱いを得られるようになり、将来の王としての教育も受け始めた。元々将来の王妃として育てられて来たメルヴィナもすぐに正式にマティアスの婚約者となった。俺とユリウスが活発に意見交換をしていた頃だな。周囲から将来次代の王になることを嘱望されていた俺にとって、ほとんど交流のなかったマティアスの台頭は正直愉快な話ではなかったし、それまで俺が王になるために学んで来たことを否定されたような気がして、一時期はだいぶ荒れていた。だが、そんな俺にユリウスは改めて王族としての義務に気付かせてくれ、第二王子である俺なりの存在意義や価値を教えてくれたのだ」
「まぁ……そうだったんですの。確かに、お兄様がお亡くなりになる前、よくアレクス殿下と文のやり取りをされていることを嬉しそうにお話しされていたことは、私も存じておりましたわ。同じ志を持てる友に出逢えたと、本当に喜ばれていましたわ」
純粋無垢な我らが姫様の、昔を懐かしむような声にルーシアも感銘を受けたように頷いていた。でも俺は今の話を聞いていて何となく分かってしまった、アレクス殿下がはっちゃけてしまっていた時期のことが。
「ですが、今の話ですとセイクリッドの国王陛下のご指名によって、マティアス殿下が後継者に名実ともに決まって、王位継承権問題は解決されていたように思えますが、何故今またそれが蒸し返されているんですか?」
「おそらく、一部の議員達は父王がこのまま亡くなれば指名をひっくり返すことが出来ると考えているようだ。奴らはマティアスが父上の子か疑っているからな」
「……え?」
アレクス殿下のその言葉に、俺達は動揺を隠せなかった。王の子であるかを疑う、なんて一体どういう状況なんだ……!?
「マティアスは外見的に、父王とも、その側妃であった母親にも全く似ていない。側妃に対して良からぬ噂も当時あったようだ。そのことから側妃が父王の寵愛を求めるあまり、子供の出生を偽ったのではないかと考える者は今でも根強いのだ。しかし側妃自身は既に故人だ。死人相手に確かめようもない」
「……アレクス様ご自身はどう考えていらっしゃるんですの?」
「俺は……少なくとも父上は馬鹿ではないからな、父上が自分の子と認めているなら、間違いはないだろうと思っている」
困惑しつつも遠慮がちに尋ねたエメセシル様の言葉に、アレクス殿下は濁すように低く呟いた。
あまりに込み入ったセイクリッド王族の抱える諸問題に俺はそれ以上追及するのを憚られ、それはルーシアにしてもエメセシル様にしても同様だったのか、その話題はそこで打ち切られた。
―――馬車内の空気は時々思い出したように気まずいものになることはあったものの、道中大きなアクシデントに見舞われることも無く、予定通りに5日で俺達はセイクリッド王国の王都に無事辿り着いた。
国王陛下の怪我の見舞いという最大の目的のために、俺達はそのままセイクリッド王宮に直行するものと考えていたのだが、何を思ったのかアレクス殿下は御者に別の目的地を指示していた。馬車が最終的に泊まったのは、中上流階級向けと思われる中規模の品のいい宿だった。
訝しる俺達をよそに、アレクス殿下はさっさと馬車を降り先に宿内に入ってしまう。俺達は困惑しつつも後に従った。
入って来た俺達を店主らしい恰幅のいい男が、陽気な顔で出迎えた。
「うわ驚いた、アレクス様じゃないですか!どうしたんです、突然?アルカディアに滞在されているって聞いてましたぜ」
「ああ、野暮用があって一時的に帰国している。俺の友人達に王都を案内したい、例の部屋は使わせてもらえるか?」
実に気安い口調で店主がアレクス殿下と会話をしている様子は、どう考えても初めての行為には見えない。……どういう目的でかは知らないが、アレクス殿下はこの宿を私的な用事で何度も利用して来たらしかった。
「あ、あの……アレクス様?」
何やら店主に細かいリクエストを出しているアレクス王子の会話に、事態がまったく把握しきれていないエメセシル様が、思わず口を挟む。その姫様にアレクス殿下は実に楽しそうな、そして何かを企んでいるに違いない含みのある笑みを浮かべた。
「エメセシル、俺の国を案内してやるぞ」
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「……アレクス王子、一体何を考えられているんですか?」
俺はアレクス殿下に指定された通りに、元々着ていたアルカディア王国騎士の制服を脱ぎ、手渡された別のシャツと上着に袖を通しながら問いかけた。俺の視線の先には、これまた慣れた様子でてきぱきと着替えるアレクス殿下の姿がある。
「言った通りだ。せっかく我が国に来た我が婚約者に、この国の素晴らしいところを見せてやろうというだけだ」
口調こそいつもの横柄なものだし、表情も普段の無表情とそんなに違わないが、心なしかアレクス殿下の高揚した雰囲気が伝わって来た。それは、久しぶりに祖国に戻って来たことから来る気楽さなのか、はたまた自分が生まれ育った街を婚約者に紹介することへの喜びからなのか……。
着替えた俺達の様子は、いかにも少し身なりのいい商家の息子とその執事という見た目だった。
秘密拠点を持っているだけでなく、変装用の衣装も取り揃えているあたり完全な常習犯だろう。
「……王族たるもの、民の暮らしぶりを自らの目と足で知るのも責務だ」
俺の疑うような視線に気付いていたのか、アレクス殿下がむっつりと呟いた。
市井の自由で活気のある暮らしに憧れるのは、王族方の職業病みたいなものかもしれないな。近衛騎士隊に所属していた俺は、アレクス殿下に限らずアルカディアの歴代の王族方も、城を抜け出して羽根を伸ばす習慣があったことを耳にしたことがあった。現国王陛下も、今は亡きユリウス殿下も……そして以前はエメセシル様もごく稀に身分を隠して城下に繰り出していたことを、俺は知っている。
エメセシル様に関しては、ルーシアと姫様の間だけの秘密と二人は思っているようだが、実は俺にはもちろん俺の前の近衛騎士隊の隊長にもバレていた。万が一のことを想定し、俺達はこっそり二人に気付かれない距離で警護の騎士をつかせていたものだ。もちろん、主君を危険に晒しかねないルーシアの行動は近衛騎士として決して誉められたものではない。しかし、年若い少女二人の友情を思えば頭ごなしに反対するのは憚られるというのが俺にしても、前隊長にしても共通の意見だったのだ。まぁ、ちょっとエメセシル様に関するルーシアのねこ可愛がりっぷりは行き過ぎている気がするが……。
手早く準備を終えた俺とアレクス殿下は、女性陣より先に宿のロビーに降りて行く。
彼女達を待っている間、宿の主人が描いてくれた大まかなセイクリッド王都の地図を、アレクス殿下と店主の補足説明を受けながら即興で頭に入れて行く。
「お待たせいたしました」
そう長い時間待つことも無く、ルーシアとエメセシル様も降りて来た。
ルーシアはモスグリーンの細身のワンピース、栗色の美しい髪は緩く三つ編みにして片側に流している。対してエメセシル様は、まだ少女の面影を残す姫様に良く似合う、腰で切り返されたふわりとした薄い桜色のワンピースを纏われ、ルーシアが結ったのだろう黄金の巻き毛は後頭部で編み込みまとめられていた。
「来たな。我が国はその昔、遊牧民族と商売に長けた民族と農耕民族が協力して国を興したことから、世界有数の交易の主要起点となっている。王都のバザールは、世界中から珍しい交易品が集まり、圧巻だぞ」
二人の衣装を用意したアレクス殿下も、満足そうに一度頷き口角を上げた。
先ほど地図を見ながら受けた説明と同じものをアレクス殿下が、女性陣にも告げる。二人は熱心に耳を傾けている。
待ちきれなさそうにアレクス殿下は左手をエメセシル様に差し出す、すると姫様も一瞬躊躇したようだが初々しい様子でその手を取った。その微笑ましい様子に俺もルーシアも同じ感慨を抱いたのか、思わず彼女と目配せをし合った。
もちろん、長い歴史のある先輩カップルの俺達も、その余裕を見せつけてやらねばなるまい。
「ルーシア、ほら」
俺がわざとらしく左腕を曲げ手を掛けられる隙間を作り、ルーシアを促すと、当の本人はその隙間を見てきょとん、と首を傾げる。
ルーシア……相変わらずの安定の鈍さだな。
俺は思わず呆れを思い切り滲ませた半眼でルーシアを見て、問答無用で彼女の右手を自分の右手で掴むと俺の左腕の隙間に掛けさせた。やっと俺の意図を理解したルーシアが、ごめん、とばかりに小さく舌を出す。
……許しますけど!




