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終話 約束の場所

 

 ―――まったくひどい話だ。


 クーデターが収束し、壊れた城壁や滞っていた内政の立て直しなど、王宮中はまさにてんてこ舞いと言った感じで、武官も文官も事後処理に追われていた。この数ヶ月は誰も彼もが休みなく働いた。しかも、俺に関しては先日のアレクス殿下の提案が正式に承認されてしまい、突然の辞令により王国軍の一師団を任されることになってしまった。新しく王国軍顧問に就任されたバレン公爵の副官も兼ねる俺は、恐らく王宮内でも指折りの殺人的な業務量に忙殺されていたと思う。あの鬼上司であるアレクス殿下の容赦ない人使いに、俺は本当にヘトヘトである。


 アレクス殿下はあれから一度はセイクリッドに戻られたが、すぐにアルカディアに婿修業という謎の理由で戻って来て、国王陛下やエメセシル様の業務を早速手伝われている。国王陛下自身、今回のクーデターの事を非常に重く受け止められて、来年のアレクス殿下とエメセシル様の婚姻を機に王位を譲られ、お二人の共同統治体制に移すおつもりでいらっしゃるようだ。権利移譲の手続きもあって、王宮内はまさに上へ下への大騒ぎである。これ以上業務を増やすのだけは勘弁して欲しい。


 今回クーデターを起こした反国王派の上級騎士達は、主犯のネルソン将軍が自決されたこともあり、バレン公爵がその身元を引き受けることに決まったため、多くは降格処分という程度に留められた。いずれも20年前のトルキアとの戦争で活躍した人物ばかりだったため、国王陛下としても負い目があり、はっきりとした処分をされるのを避けたようだ。出来るだけ穏便に済ませたいと言うのは、陛下だけでなく俺達の願いでもあったが、そのために未だ王国軍内は今回の件で意見が割れており、指揮系統が乱れている。これからその監督を任されるバレン公爵は、そのお立場からも、反国王派との繋がりがあったという見方からも、非常に苦しい状況内下でその任に当たらなければならないだろう。……むろん、俺も副官として出来る限りバレン公爵のお力になりたいと思っている。あの方から俺自身学ぶことも多いはずだ。


 

 ―――え?……ルーシアのこと?


 あー……そうだよな、俺達のことも、ちゃんと話しておかなくちゃだよな。


 ………俺としては、非常に、誠に、不本意なことに俺達の婚姻のタイミングが半年後に流れてしまった。


 その要因の一つは、もちろん俺の異動に伴う業務量が半端ないことだ。そして、先の動乱で脚に怪我を負ったルーシアの治療に時間を要したことも原因にある。だがそれだけじゃない。マクシミリアンが死に、俺が異動でいなくなったエメセシル様付きの近衛騎士隊の欠員を埋めるために、今回王国内で公募が行われた。その新隊員の育成の責任者に、ルーシアがまたしてもアレクス殿下から指名されてしまったのだ。もちろん、俺だってその業務の重要性は理解してる。しかも、今回は何人か貴族令嬢もルーシアに倣い騎士になりたいと志願され、彼女らを教育するにもルーシア以上の適任者はいないことは、俺でも分かる。だけど……!!!


 お互いがお互い滅茶苦茶忙しいせいで、俺はもう、この3ヶ月近くルーシアの顔を見ることさえ出来ていない!!!これはいくら何でも、あんまりじゃないか!?!?!?せっかく想いが通じ合ったと言うのに!!!!!


 「やっぱり騎士なんて、辞めてやる!!」と俺が口癖のように呟くようになったのを、上官であるバレン公爵、改めゲオルグ閣下が見かねて、アレクス殿下に俺とルーシアの休暇を掛け合って下さった。……俺が休んでいる間、ご自分にその忙しさが降りかかって来ると言うのに、本当にゲオルグ閣下は人間が出来た方だ。


 そのゲオルグ閣下のご助力もあり、俺はアレクス殿下に結婚前後にまとまった休暇を頂くことを確約して頂いたので、俺はその御礼も兼ね、少しでもゲオルグ閣下のご負担を減らそうと益々仕事に励むようになった。その俺の死に物狂いに仕事をこなす様子を見て、新たに俺の部下になった騎士達が俺のことを鬼上官と呼んでいることを俺は知っている。……悪いけど、なりふり構ってられないんだよ。


 


 ―――そして今日、俺はようやく3ヶ月ぶりのルーシアと同時の休日をもぎ取り、今二人でカーシウス家の馬車に揺られていた。

 

 俺が彼女をピクニックに誘ったのだ。ルーシアは「大の大人がピクニックって(笑)」と言っていたが、満更でもないようで俺の隣で機嫌よく馬車の外の風景を眺めている。


 今日は二人とも休日のため、帯剣はしているもののいつもの騎士装ではない。ごく一般的な貴族の礼装と、ドレスを纏っている。それもあってか俺達は馬車内でくつろいでいた。お互いの手を握っている以外は、会話もしたりしなかったりだ。会話なんて必要ないくらい、俺達を取り巻く空気はただ穏やかだった。


 ……ふと空を見ていると、いつの間にか立ち込めた雲が怪しい様相を見せ、俺が心配した通り雨が降り始めた。……噓だろ、今日の天気読みの話では一日快晴のはずだったのに。つくづく俺って、不運な星の元に生まれているんだろうか?俺が天候を気にしてそわそわし始めたのを、ルーシアは可笑しそうにくすくすと笑っていた。俺は少し情けない思いをしつつ、胸元の包みをこっそりと確認した。彼女を王都の外に連れ出したのには、俺なりの目的があるのだ。


 


 ……彼女に、改めて伝えたいことがある。今日くらいは、格好良く決めさせて欲しい。


 


 ―――俺の祈りが通じたのか、目的の場所に辿り着くほんの少し前に通り雨は止み、その代わりに眩しい太陽が姿を覗かせ、鮮やかな青空が広がっていた。


 馬車から降りると、水気を含んだ草の香りがさあっと薫った。


 「エリック!ここって……!」


 草原に降り立ったルーシアがびっくりしたように俺を振り返った。彼女には行く先を知らせていなかったのだ。


 そこは、俺達が9歳の頃、抜けるように晴れた夏の日に訪れたことのある高原だった。ルーシアは懐かしそうに目を細め、辺りを見回した。


 「懐かしい……!小さい頃に、来たことがあったわよね?たぶん、エリックと出会って、そんなに経ってなかったんじゃないかしら?」

 「ああ……まだ俺達が出会って1年くらいの頃だったよ」

 「それって……まだ婚約もする前ね!」


 感慨深げにルーシアがゆっくりとその草原を歩く。それに伴って、吹き抜ける風が彼女の美しい栗色の髪を遊ぶように撫でつける。


 「……それで、エリック、何をして遊びましょうか?また、人形遊びをする?それとも、花冠を作りましょうか?」


 楽し気に、少し俺をからかうようにルーシアは無邪気に笑った。その笑顔が、遠い日の幼い彼女のそれに重なる。つられて俺も微笑んだ。


 「それもいいな……でも、その前に、伝えたいことがあるんだ」


 俺はそう言うと、ルーシアの手を引いて歩き出した。ルーシアは不思議そうに俺を琥珀の瞳で見つめるけれど、何も言わず俺について来る。彼女と手を繋いだまま、俺は高原のさらに小高い丘の方へ歩みを進めて行く。その丘のてっぺんには大きな木がそびえ立っている。


 その木の前まで来て、俺が歩みを止めるとルーシアは再び目を瞬かせながら、首を傾げる。俺はルーシアに向きなおり、正面から彼女を見つめた。


 「……ルーシア、覚えているか?あの日ここで君が、俺達が婚約者ならいいと言ってくれたんだ」

 「……え?」

 

 ルーシアは予想もしなかったのか、その美しい瞳を大きく見開いた。彼女が覚えていなくても、俺は構わなかった。俺は彼女の両手を掴んだまま、続けた。


 「君が俺との婚約を望んでくれて、本当に嬉しかった。天にも昇る気持ちだった。だから、その次にテオドール閣下にお会いできた時に、俺は君との婚約を直接閣下に申し込んだんだ」

 「……そうだったの。全然知らなかった……私、てっきり家同士の取り決めで、お父様達が決めたんだと思っていたわ」


 ルーシアは眩しそうに俺を見つめ、微笑んだ。


 「……ありがとう、勇気を出してくれて」

 

 その彼女の言葉だけでも、俺にとっては十分すぎるほどだ。でも、今日ここに来たのは昔を懐かしむためだけじゃない。


 俺はおもむろにルーシアの手を取ったまま、地面に片膝を着いた。湿った草のせいで自分の膝が濡れるのも構わなかった。


 

 「……エリック?」


 ルーシアがまた、戸惑ったように俺を見つめた。俺は一度大きく息を吸った。


 

 「……ルーシア、君は俺の原動力だ。あの日から、俺はずっと君に力をもらっていたんだ。君のためなら俺はどんな壁も乗り越えられるし、どんな苦しみにだって耐えてみせる。いつでも君が俺を奮い立たせるんだ」


 突然の告白を始めた俺に、ルーシアは硬直したまま俺を瞬きもせず見つめている。俺はその琥珀の瞳を、真剣に見つめ返した。


 

 「ルーシア、愛してる。心から。……君なしの人生は考えられない、だから、どうか俺と結婚して欲しい」


 

 俺は思いのたけをぶつけるように、ルーシアに告げた。そして一度ルーシアの手を離すと、おもむろに懐から小さな箱を取り出した。そしてその箱を、ルーシアに向けて開く。それは前々から用意していた指輪だった。


 その指輪を見て、ルーシアは小さく悲鳴を上げ、両手で口元を押さえた。その瞳がみるみるうちに潤み、頬が桜色に染まっていく。


 俺の心臓も、うるさいくらい跳ねていた。たぶん、俺の顔も負けないくらい赤くなっていたに違いない。


 「……ルーシア、返事を、聞かせて欲しい」


 どきどきしながら尋ねると、ルーシアの瞳が細められ、透明な涙が零れ落ちた。


 

 「……っ……はい……!!」


 ルーシアはそう小さく頷くと、俺に両手を広げて抱きついてきた。俺は力一杯彼女を受け止めて、抱きしめ返した。


 


 ―――雨上がりの草原は、陽の光に雫がキラキラと輝いて、息を呑むほど美しかった。爽やかな風が大地を駆け抜ける。さらに遠い空には、美しく弧を描く虹までかかっていた。

 

 俺達を取り巻く世界の全てが、心の底から愛おしいと思った。


 俺達はしばらく言葉もなく抱きしめ合っていた。そして、一度お互いを照れくさそうに見つめ合った後、ゆっくりと唇を重ね合う。途端にこれ以上にない幸福感が、俺達を包む。

 

 そして俺達はまた顔を見合わせて、こぼれるように笑い合った。




 ―――数ヶ月後、俺の真面目な婚約者は、誰よりもかけがえのない、最愛の奥さんになった。

 

 (完)

 これにて完結です!自分としてはハッピーエンドのつもりですが、いかがでしたでしょうか?あとがきのようなものを、活動報告に上げさせて頂きたいと思っているので、もしご興味があれば覗いてやって下さいませ。最後までお読み下さり、誠に有難う御座いました。

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