第二十四話 18歳 若気の至り
この話内には少し下品な表現が含まれます。苦手な方には申し訳ありません。
「じゃあ、新生近衛騎士隊にかんぱーい!!」
威勢よく全員でビールの注がれた杯を打ち鳴らすと、そこからはもう止まらない。全員が現役の騎士なわけで、飲む量も食べる量も半端じゃない。
俺達は周りの客席がドン引く勢いで、運ばれた料理や酒瓶を空にして行く。給仕係が回収するのも追いつかず、食べ終えた皿がテーブルにうず高く重ねられ、座席の下にはビールやウィスキーやワインなど様々な種類の酒瓶が林立している。
俺も人並みには飲める方だが、こいつら加減を知らないな……。
ある程度腹が膨れてくると、今度は話に花が咲くのは男も女も同じだと思う。違うと言えば、その話題だろう。最初は王国軍の別所属の人間の噂、日頃の訓練や任務についての愚痴や、組織への不満といった内容だったが、だんだん酒が回り口も軽くなって来ると、そこは男同士、話題が少々怪しい方向に傾き始めた。つまり、そう、いわゆる下ネタというやつだ。
「……で、エリック。お前はルーシアとはどこまでいっているんだ?」
「ぶほっ………!!ゲホ、ゴホ!!!」
前触れもなくマクシミリアンに問いかけられ、俺は勢いよく口に含んでいた酒を噴き出した。
「なに?お前ら、仲いいと思ってたらそういう関係なわけ?」
「えーマジか。俺ただの同僚かと思ってたわ」
「残念、俺、ルーシア狙ってたのに」
盛大に咽ている俺を面白がり、別所属から異動して来たばかりの面々が興味津々といった様子で視線を向けて来る。っていうか、誰だ!ルーシアを狙ってた、なんて言った奴は!!
「マ……マクシム、なんっ…ゴホッ……なんてこと、聞いてくれるんだ!!」
俺は未だ息が整わず苦しいのを堪えつつ、マクシミリアンを思い切り睨み付けた。その当のマクシミリアンはニヤニヤと笑っている。
「なんだ……その様子じゃ、まだだな?っていうか、お前ガキの頃からルーシアと婚約してるだろ。ってことは未経験か?」
「だから聞くなって!!!!」
俺が顔を真っ赤にして叫ぶと、周りがどよめいた。
「マジかよ、意外だな」
「えっ、エリックって18だろ?やばくないか?」
「ていうか10年近くも婚約してて、何してんだよ」
いい酒の肴を得たとばかりに、全員がノリノリで俺の性経験についてあーだこーだと議論し始めた。くっそー、人をおもちゃにして遊びやがって!っていうか、やばいってなんだよやばいって!!人ぞれぞれだろ!!!
「あーあれだろ、さてはテオドール閣下が怖くて、下手に手を出せないんだろ?」
マクシミリアンがさらに意地の悪い笑みで俺に畳みかけて来る。テオドール閣下、という名が出た途端全員が「あー」と納得したような声を上げた。図星を刺され、ぐぅっと俺は押し黙ってしまう。
「でも別にルーシアじゃなくても、遊ぼうと思えば遊べただろ?お前顔は悪くないんだし」
「そうだぞーお前結婚前に遊んでおけよ、今が最後のチャンスだぞ?」
「そーだそーだ、経験積んでおかないでいざっていう時にどうすんだよ?」
今度は俺を真剣に心配?しだした面々が俺を憐れむような目で見始めた。
「そうだぞ、実際その時にアタフタしてたらみっともないぞー?」
えっ……俺、そんなにやばいんだろうか。急にだんだん不安になって来る。
「お前……、ベッドの上でもルーシアにリードさせるつもりか?」
「……!!」
マクシミリアンの言葉に、俺は思わずはっと顔を強張らせる。たしかに、それは致命的な問題だ……!
「一回イニシアティブとれないと思われると、あとから挽回出来なくなるぞー」
「…そ、そうなのか?」
「そーそー俺も前の彼女にそれが原因で浮気されてっ……」
「う、浮気っ?!」
「いや、けっこう女ってシビアなんだぞ、そういうとこ!!」
「そんな……!!」
だんだん顔が青ざめて来る俺。心配そうに俺を気遣う同僚達。しかし、俺はそいつらの目が笑っていることにその時は気づけない。
「エリック」
マクシミリアンが俺の肩に、力強く手を置いた。
「今から経験を積みに行こう」
そしてマクシミリアンは満面の笑みを浮かべた。
たぶん俺はこの時相当酔ってたんだと思う。いわゆる、魔が差したというやつである。
―――その一時間後、俺は生まれて初めて、花街と呼ばれる繁華街の闇の部分に足を運び入れていた。
そこに軒を連ねる、そういった商売の店舗―――娼館の一つに、馴染みがいるらしい同僚に連れられ入ってみる。
そこは、俺にとってはまさに未知の世界だった。外観はどちらかというと簡素で、目立たない装飾しかなかったのに、中に入ると一変、きらびやかな色とりどりの飾り布やたくさんの蝋燭で華やかに色づけられ、へたな貴族の家よりも贅を尽くした調度品、芸術作品で埋め尽くされていた。そのめくるめく世界にぽかん、とあっけにとられる俺。
その建物内を、客らしい男らと艶やかでしどけない衣装に身を包んだ女性達、つまり、そういう職業の人間達が行き交っている。その様子を見る限り、ここはそれなりに格式の高い、財力のある商人か貴族向けの店であることは初見でも見て取れた。
「まぁ……お客様、こちらは初めて?」
さっきからぽかんと間抜け面をさらしたままの俺に、一人の女性、その世界では夜の蝶と呼ばれるらしい娼婦が声をかけて来た。匂い立つような色気を放つ、豊満な美女だ。
目の前に惜しげもなくさらされた白い肩に圧倒された俺が言葉を返せないでいると、この店の常連らしい同僚の一人が俺の代わりに彼女に返事をする。
「そうなんだ、こいつ、婚約者がいるんだけど彼女をちゃんとリード出来るようになりたいって」
「まぁ……フフ、純情なのね可愛い……」
そういうとその夜の蝶は俺の胸にそっと自分の手を当てて来た。間近に迫られ、白い鎖骨と強い香水の匂いが俺に強く誘惑をかけて来る。何かの麻薬にでもあてられたかのように、俺の脳天はくらくらとする。
「私でよければ……お力になりましょうか?将校様?」
「あ……」
うっとりと下から見上げられ、その肉感的な口元に心臓が跳ねあがる。分かっている、相手はプロだ。客をその気にさせるかなんて彼女には朝飯前のことだろう。
「素敵な青灰色の瞳ね……」
そっと細い指先で触れられ、俺の頬が紅潮する。女性の美しい顔が近付けられ―――。
「……悪いっ!!やっぱりルーシアを裏切れない!!」
―――俺は思い切りその女性の体を押しのけた。
無理だ!やっぱり、どう考えてもルーシアを悲しませることなんて出来ない!!例え結婚までお預けを食らうことになったとしても、彼女以外の女性で経験を積んでおこうなんて不誠実すぎる!!
俺は顔を真っ赤にしたままその夜の蝶から数歩後ずさり、次の瞬間踵を返しその勢いのまま一目散にその店から抜け出した。
怖気づいた自分を不甲斐なく感じる思いと、一瞬でもルーシアを裏切ろうとした自分の愚かさを恥じる思いで胸の中はもう大混乱だ。でも良かった、改めて思い知った。俺がこの世で欲しいのはただ一人、ルーシアだけだ。




