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第十三話 15歳 社交界デビュー


 俺は、久しぶりの休暇で王都のカーシウス伯爵邸に数日間戻っていた。そして現在は、我が伯爵家所有の馬車でヴィクセンの屋敷へと向かっているところだ。ルーシアも、数日前から休暇をとり実家に滞在しているはずだ、15歳になった俺達の社交界デビューのために。


 あまりまだ着慣れない、貴族としての正装に身を包み俺はさっきから忙しなく、首元の襟とスカーフを調整し直している。母上とも相談して決めた、鮮やかな青の長い上衣は美しい刺繍に縁どられ、同じ色の飾りピンをスカーフに留めている。これまでは、あまり自分の衣装に気を配っていなかった俺だが、社交界デビューをする以上、パートナーのルーシアに恥をかかすわけにはいかない。

 ……騎士としても、貴族の子息としても俺は一流にならなければいけない。


 俺達の社交界デビューの場は、我がカーシウス家、ヴィクセン家ともに交流のある名のある貴族主宰の夜会だ。本当は、国王陛下が陛下主宰の晩餐会に招いて下さろうとしたのだが、ユリウス殿下が、王宮内の催しだと俺達が任務を忘れられないだろう、これでは誰が主役か分からなくなる、と諫めて下さったのだ。ユリウス殿下は、本当に人の心の機微に敏感な方だ。将来国民思いの良い王になられるだろう。


 そういうわけで、俺はルーシアをエスコートするべくヴィクセン家に向かっているのだ。


 ヴィクセン家に着いて、車寄せに馬車を泊めると俺は執事クラウスと共に馬車を降りる。クラウスがヴィクセン家へ取次を申し込んでくれている間に手袋を外し、もう一度襟を正すと、思わず一度深呼吸する。

 エントランスホールに通され、俺は大きな柱を背もたれにして、ルーシアを待った。


 ほんの十数分経ったくらいだろうか、2階の奥から扉が開く音がした。


 「エリック」


 1階と2階を繋ぐ両階段の一方から、侍女を連れ立ってルーシアがゆっくりと降りて来る。ドレスの裾をつまみ、足元を少しだけ覗かせながら、もう片方の手は階段の手すりを滑らかにすべらせている。

 その優雅で洗練された仕草は、伯爵令嬢そのものだ。


 やがて、1階まで降りて来たルーシアは、一度ふふっと笑うと俺に向かって優雅に淑女の礼をした。


 ―――綺麗だ、と心の中で俺は呟いた。


 艶のある栗色の髪をハーフアップにして、ゆったりと片側に流している。その髪によく合う、金色にも見える明るい黄色のドレスはたっぷりとしたドレープで肩を彩り、腰で切り返されたスカートは幾重にも布を重ねられて広がっている。いつもとは違う、華やかな化粧が彼女の魅力を何倍にも引き立てている。耳元と、首元にはあらかじめ贈っておいた、対のイヤリング、ネックレスが輝いている。


 期待以上の彼女の美しさに、俺は一瞬言葉を失う。


 「……お待たせ」


 少しはにかんだように言った彼女に、俺は締まりのない顔をしていたことを恥じ、一度コホン、と咳ばらいをする。駄目だ駄目だ、彼女の前では常に冷静な大人の男でいなければ。


 「行こうか」


 俺は、ルーシアに微笑みかけると手を差し出す。ルーシアは少し寂しそうに睫毛を伏せながらも何も言わず、口元だけ浅く微笑むと素直に俺の手に自分の手を重ねた。


 俺の腕に手を回した彼女の体が近くに寄せられると、否が応にも彼女の体のラインに目が行ってしまう。襟ぐりが大きく開いた胸元を見て、意外に豊かな胸をしているんだな、と思った。いつも騎士装をしている時は胸を潰しているのか、彼女の体は平坦な印象が強かったのに、こうしてみるとやっぱり女性の体のラインをしている。胸元から腰までの滑らかな曲線にくらくらしそうだ。


 俺は、やや赤面した顔を誤魔化すように、彼女とは逆方向に背けた。


 ―――会場に着くと、俺達は主宰の伯爵夫妻にまず挨拶に行く。そしてファーストダンスを踊るのだ。


 内心は少し緊張していた。これまで、この日のために密かに練習を重ねていたが、実際に彼女と踊るのは初めてのことだ。彼女の前で失態を演じるわけには行かない。


 「……ルーシア嬢、俺と踊って頂けませんか?」


 改めて彼女に向きなおり、俺は片手を胸にあて上体を前に傾けた。


 「……喜んで」


 少し恥ずかしそうに、はじけるように笑った彼女が、軽く腰を落とすお辞儀をして俺の手を取った。


 彼女の手を引いて、ダンスホールの中心に進んで行く。ああ、手袋をしていて良かった、緊張で少し汗が滲んでしまっているのを気付かれたくない。

 ホールの中心で、再び正式な礼をお互いに交わすと、両手を組みダンスの型をとった。密着した部分から、彼女の柔らかさが伝わって来て、かぁっと体の芯から熱くなって来る気がする。

 その上、何か香水でもつけているのか、今まで嗅いだことのない甘い香りが彼女から薫って来る。以前とは違う、大人の女性になりつつある彼女の色香が、俺を苦しいほど翻弄する。


 ―――やがて、音楽が始まると、俺達はそろそろと踊り始めた。初めは、ぎこちないステップで。そして音楽に馴染んで来るにつれて、強張っていた体から変な力が抜けて、少しずつ動きは滑らかなものに変わって行く。


 ルーシアはダンスの才能があるようだった。カーシウス家付きのダンス講師と踊っている時よりも、よほど踊りやすい。次に彼女をどう誘導すればいいか、彼女をどんな風に踊らせるのがいいか考えなくても分かる。


 ―――途中、気の利いた言葉は、何一つ言えなかった。それは、緊張のせいもあるけれど、彼女があまりにも眩しくて。


 最後に楽の調べが途切れて、終わりのお辞儀のために離そうとした手の指先が彼女のそれと一瞬絡み合ったことは、俺の胸にちくりと甘い痛みを残した。―――本当はもう少し、君と踊っていたい。


 この日の出来事は、俺達の関係性が無邪気な子供時代の時とは変化して行っていることを、俺に強く自覚させた。―――だって、以前のようにためらいもなく彼女の手を握ることは出来ない。お互いの手が触れ合った時に感じるのは、胸いっぱいに広がる嬉しさよりも、締め付けるような切なさと恋しさだ。


 大人になるということは、こういうことなんだ。もう何も意識することなく、彼女においそれと触れるなんてことは出来ない。


 

 狂おしい気持ちが暴走してしまいそうで―――。


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