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第十一話 14歳 トーナメント観戦

 一年に一度の、トーナメントの季節になった。トーナメントとは、3日間にかけて執り行われる武を競い合う騎士の祭典だ。准騎士、正騎士、師団長以上の階級別に部門が分けられ、さらに年齢や種目別でも開催される。ちなみに、最年少出場資格は14歳からで、上限は設けられていないがだいたい40歳前後には辞退される方が多い。ちなみに、年齢さえ満たせば希望すれば誰でも出場出来るかと言うと、そうは甘くない。まずは所属の隊からの推薦を得なければならない上に、予選を勝ち抜かなければ本選であるトーナメントには出場出来ない。


 無事に正騎士への昇格を果たし、年齢要件も満たした俺はと言うと―――予選でルーシアに負けた。


 い、いいところまでは行ったんだよ!所属の近衛騎士隊の隊長の推薦も受けられたし、予選でも2回は勝ち抜いたんだ。なのに……、ルーシアの剣技は年々切れを増していて、俺は完膚なきまでに叩きのめされた。……情けないなんて言わないでくれよ、ヴィクセン家の遺伝子は本当に特殊なんだ。ルーシアの父上なんて、過去に9年連続優勝したなんていう、別格の戦績を残した人なんだ。剣聖の二つ名も然もありなん、というところだろう。


 俺だって、平均より若年で正騎士に昇格出来たくらいだし、決して落ちこぼれという訳じゃないと思うんだ。そもそも近衛騎士隊は正騎士の中でも特に精鋭を集めているし、予選に推薦されただけでも……、ま、負け惜しみじゃないからな!


 ―――そんな訳で、俺はトーナメント会場である王宮敷地内外れにある競技場の観覧席で、同僚である正騎士ケント、准騎士ハインツと観戦に臨んでいるわけだ。


 初日の今日は、当然各部門の初戦が開催される。見物は王宮に出入りを許されている者なら、騎士であれ文官であれ誰でも可能だ。人によっては家族や婚約者を呼ぶ者もいる。騎士同士の戦闘をメインにしたイベントとはいえ、あくまで模擬戦だし使用される物も、模造武器だ。血が流れることはない。女子供でも安心して見ることが出来る、娯楽の意味合いが強い。かくいう俺も、ルーシアに出会う前、まだうんと小さかった頃に父上に連れて来てもらったことがある。あの頃はまだテオドール閣下も現役で出場されていて、その剣技に痺れたのを覚えているな。……ちなみに父本人は、10年も前から辞退している。


 観客は、騎士であろうと不正防止のため競技場への武器の持ち込みは禁止されている。その代わり、競技場入り口付近や、ロビーでは協賛をしている城下の飲食店が出店を許されており軽食や飲料を売っている。……本当に祭りの意味合いが強いのが、そういうところからも分かるな。普段庶民の食物を口にすることがない貴族らにとって、この出店も楽しみの一つだ。


 かくいう俺達も、カラッと揚げられた芋や、果実水を買い込み、観戦しながら頬張っていた。ちなみにルーシアの初試合はこの次だ。


 「エリック、今回は残念だったなぁ」


 もぐもぐ揚げ芋を咀嚼しながら、先輩騎士ケントが俺に話しかけた。彼も含め、その台詞を何度色んなやつに言われたか知れない。


 「いや、俺もまだ14歳になったばかりで、今回は早すぎると思ってたんで全然平気ですよ」


 俺も揚げ芋を口に放り込みながら、平静を装って答える。


 「うっそだぁ、予選でルーシアに負けた時、悔しくて寝言で唸ってたくせに、ヴィクセン家の遺伝子め~!って!」

 「おいハインツ、黙ってろ!!」

 「うわっ、エリック!ギブギブギブ……!!」

 

 俺を茶化したハインツの首に腕を回し思い切り締め上げる。

 このやろ、わざわざ傷をえぐりやがって!!俺はまだ成長過程なんだよ、一回一回の負けなんて気にしてられないんだ!


 俺達がそうやって馬鹿をしていると、競技場からわぁっとひときわ大きな歓声が上がった。


 どうやら、次の試合が、ルーシアの初戦が始まるようだ。


 かろうじて表情が見えるくらいには舞台に近い席に座っている俺達は、ルーシアの様子を窺う。やや口元は緊張しているようだが、落ち着いた表情をしている。最近の彼女は、あまり表情を出さないためかクールビューティとか言われることもあるな。それが実は人見知りをしているだけで、親しい人間の前では今も気の強い彼女なのは一部の奴しか知らない。

 正騎士になって一躍知名度を上げた彼女は、名将の娘ということやその剣技の高さ、さらにその美貌も加えて王国軍中の注目の的だ。


 俺と彼女の婚約を知らない馬鹿が、彼女にちょっかいを出そうとしてくるのも一度や二度じゃないし俺は全然気が抜けない。これ以上ライバルが増えるのは堪ったもんじゃない。―――例の侯爵の馬鹿息子のような。


 「げっ……!」


 噂をすればなんとやらだ。俺達の席の斜め向かいに馬鹿息子ことレイドリックと、その取り巻きの姿があるのを認めて、俺は思いっきり顔を歪めた。


 「これはこれは、エリックじゃないか」


 俺の視線に奴も気づいたのか、俺の方に振り向いたあいつと視線が合い、嫌味ったらしい笑みで話しかけられた。お呼びじゃないんだよ、近づいてくんな!シッシッ!


 「君もトーナメント出場しているかと思ったのに、予選落ちしたんだってね。ご愁傷様」

 「……お前だって、去年も今年も出場者リストに名前がなかっただろ」

 

 俺は奴の含みのある言葉に仏頂面で返した。


 「まぁ、僕の方は、数百人所属する王国軍最大の第一師団所属だから、推薦を受けることだって難しいんだ。十数人しかいない近衛騎士隊とは倍率が違うからね、そもそも出場出来るなんて僕は思っていないさ」


 くっそー、ああ言えばこう言うやつだ。


 「聞けば、君は予選でルーシアに負けたんだってね」

 「……それが何だよ」

 

 苛々しながら俺は返事をする。


 「どういう気分なのかな、婚約者に負けっぱなしというのは。あいにく、僕には女性に負けた経験がないから、想像もつかないな」

 「別に、女とか関係ないだろ。ルーシアはルーシアだ」

 「ふがいないなぁ、騎士は女性を守るものだろ。逆に戦場で守られるようじゃ、男として立つ瀬がないじゃないか」

 「なんだと!!」


 俺はレイドリックの言葉にカッとして、思わず奴の制服の胸元を引っ張り上げた。だが悲しいかな、まだやっと成長期に入ったばかりの俺は、奴の背丈には及ばなくて見上げる形になる。


 「エリック、やめろ!」

 「エリック、たんま!」


 ケントとハインツも一触即発の俺達に慌てて、止めに入ろうとする。だが俺に襟を掴まれたレイドリックも逆上して俺の制服をきつく締め上げる。俺達はきつく睨み合い、膠着状況になった。


 「ふん、本当のことだろ。僕は御免だね、一生女より弱い奴なんて言われるなんて。まぁ、彼女の場合は出世も助けてくれるから、プラスマイナスゼロってとこ……ぐぁっ?!?!」


 レイドリックの言葉が終わらない内に、俺の拳が奴の横っ面にめりこんだ。


 「お前っ、訂正しろ!ルーシアは出世の道具じゃないぞ!!」

 「いや、訂正しないね、じゃなければいくらちょっと見た目が良くても、あんなじゃじゃ馬誰も相手にするもんか!!」

 

 こいつっ…!!ルーシアの良さなんて、一つも知りもしないくせに!!!


 俺は怒りに目がくらんで、またも力任せに目の前の馬鹿に殴り掛かり、そのまま二人してバランスを崩し地面に倒れ込む。倒れ込んでも構わず俺は奴の顔面に拳を浴びせる。当然奴も俺にやられっぱなしなわけがない。奴も俺に蹴りや拳を叩き込んで来る。リーチがある分、俺の方が押さえ込まれてしまう。今度は俺はこいつの額に頭突きを食らわす。衝撃に俺の頭もくらくらする。


 俺達が乱闘を始めたのを見て、ケント、ハインツ、レイドリックの取り巻きや、周りで観戦していた騎士達も止めに入ったり、逆に見世物のように興味深そうに見物を始めた。


 「エリック、いい加減にしろ!」

 「レイドリックも、落ち着けよ!」


 周囲の反応を全く無視して俺達は相変わらず泥試合を繰り広げていた。と、そこへ―――


 「エリック!何をしている!!」


 よく見知った声が、後方から浴びせられた。


 げっ!!父上!!


 見ると、珍しく顔を真っ赤にしている父が、俺達を睨んでいた。しかも、まったく間の悪いことに、父の横にいる人物は……。


 「テ、テオドール閣下……!」


 レイドリックが、震える声で叫んだ。その顔からは一瞬で血の気が引いている。たぶん、俺も同じような表情をしていただろう。


 テオドール閣下は、まるでブリザードでも吹かせられそうな感情の見えない冷たい瞳で俺達を眺めていた。その顔はいつものように、いや、いつにもまして厳格で厳めしい。


 「エリック、申し開きをしないか!一体どんな理由で、クルーガー侯爵のご令息に手を上げている!!」

 「そ、それは……」


 俺はしどろもどろになって、視線を宙に彷徨わせる。ルーシアの事を揶揄されて、カッとなって手を出したなんて、父はともかくテオドール閣下の前で言える訳がない……!


 「カーシウス伯爵、二人は、ちょっとトーナメントの試合を見ていて血の気が騒いだだけです。ほら、男の子同士だとよくあるでしょう、そういうこと?!」


 人のいいケントが、俺達のために必死に弁護をしてくれる。先輩……ありがとう!


 ケントの話に父上は当然納得はしていないようだったが、レイドリック自身もテオドール閣下にルーシアのことを悪く言ってたと知られたくないからか、喧嘩の理由を誤魔化し、結局その場はうやむやになった。……父からは、あとで事情を聞くからな、と釘を刺されたけれど。


 でもそれよりも、俺にとってはテオドール閣下の反応の方が恐ろしかった。だって俺がルーシアとの婚約を閣下に申し込んだ時、閣下は言ったのだ。俺達の婚約はあくまで暫定で、俺よりルーシアに相応しい男がいたり、俺自身の資質が不足していると踏んだ時には、この婚約は解消すると。


 俺は恐々と、テオドール閣下へと視線を向けた。相変わらず、感情の読めない冷酷な表情を保ったままだ。


 ―――だが、俺はけして聞き漏らさなかった、彼がぽつりと漏らした一言を。


 「………つまらぬ男だ」


 ―――この言葉を聞いた時の俺の心境を、ご理解頂けるだろうか?


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