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炎と水の狂詩曲  作者: 夏月
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4話 集わせる風

 翻るカーテン、その隙間から差し込む朝日。

 日差しにクラレスの月色の髪がキラリと光った。

 彼女は、ラインのベッドの傍らにそっと膝をつき、火照った頬へと手を伸ばす。

 赤く染まった顔に、いつもと違い、護ってあげたくなるか弱さがにじみ出ていた。

「ク、クラレス」

「ダメ……動かないで」


 荒い吐息が耳元をくすぐり、汗ばんだ肌はほのかに照る。伸ばした手は絡み合い、それはまるで、お互いの存在を強く確かめ合うかのように力が込もる。

 部屋に、クラレスたち以外の人間は誰もいなかった。

 この空間は二人のために

 ……病気のラインと、看病をするクラレスのためにあった。


「うぅ、申し訳ない」

 頭のタオルを交換すると、彼は弱々しく寝返りをうつ。

 あー、弱っているラインもすごくいい! そんな不謹慎な想いと共にクラレスは、加湿器のスイッチを入れる。

 ここはヴェルシュピネの男子寮、ラインの部屋であった。

 机に整然と配置された教科書と照明、畳まれたタオルに制服。まめに掃除をしている部屋にはチリ一つない。

 だが、その部屋の主であるラインは、ベッドでぐったりとその身を伏している。

「症状は軽いし、すぐ良くなるって先生もいってたよ」

 あんなに雨に濡れちゃったら、仕方ないよね。ラインに布団をかけ直す。


 昨日の雨で、ラインは風邪をひいていた。偶然、昇降口で保険医であるルイカと出くわし、ラインのことを聞きつけたクラレスが看病をかって出て、今に至る。

 クラレスは一通りの看病を済ませると、カバンを持って立ち上がった。

「おかげで助かったよ」

 布団を口元まで被せたラインが、ベッドの上から私を見送る

「じゃあ、私は授業にいってくるね」

「ゴホッ……うん、ありがとう」

 振り向きざまにラインに手を振る。

 その光景はどことなく新鮮で甘酸っぱく、クラレスは思わずはしゃぎたくなる気持ちを抑えて部屋を出る。

 まるで、新婚夫婦じゃない? 部屋にまで入っちゃって、ちょっと私ってば――。

 ドアの外、しばらく静かに悶絶した後、

「さ、さぁ、早く授業にいかなくちゃ」

 高鳴る鼓動を落ち着かせ、クラレスは裏庭へと移動を開始した。


「でも、イメージと違うなぁ」

 男子寮は、意外にも小奇麗で清潔であった。

 ここはヴェルシュピネの北端であり、周囲は広めの森に囲まれている。そのため、常に新鮮な空気を味わえるこの場所は、季節を問わずに快適な場所となっていた。

 基本的に寮は異性禁制のため、クラレスも入るのは始めてだった。

「よ、よかった、誰もいないよね」

 角から首だけを除かせ、私は誰もいないことを確認する。

 先に続く廊下には、単調に並んだドアの他には何もなく、すでに全員が授業に向かったようであった。

 クラレスの足音以外は物音一つせず、それがさらに焦りを掻き立てる。

 ここまできて今更だけど、バレたら恥ずかしいよね。他の生徒に見つかる可能性が頭をよぎり、歩く速度は自然と早まっていた。

 ブツブツと独り言を口ずさみ、女子寮より若干狭い廊下を通り玄関を抜けていく。すると、そこには明るい森と前庭が広がっていた。

 新緑の森がつくりだす澄んだ空気と鳥のさえずりが、クラレスを迎え入れる。

「うっ、まずいなぁ」

 しかし、それと同時に、木々の向こうに生徒が集まっているのが視界に入った。それは、恐らく地の生徒たち。

 各クラスはブレスの特性に合わせ、適した場所で授業を行うことになっている。

 水のブレスの生徒は西にある湖の周辺で、地は男子寮周辺の森の中で。そして、風であるクラレスはこの森の開けた部分にある裏庭に向かう必要があった。

 クラレスは反対側から森を抜けるため、さらに足を速める。授業の開始までにもあまり時間もなく、ブラウスには汗が滲みだす。

「ルイカ先生なら遅刻も大目に見てくれるだろうけど、そんなことしたら、ラインの部屋で二人きりだったってみんなにバレちゃうよ」

 クラレスは、急ぎ足を全力疾走へと変更し、敷地内を駆け抜ける羽目となるのだった。 


「やっと、ついたぁ」

 時計を見て、汗を拭う。

 クラレスは息も絶え絶えで、裏庭に到着する。

 裏庭は敷地の南端にあり、男子寮とは対極の位置になる。その間の移動距離は運動部でもないクラレスにとってはかなりのものだった。

 何とか授業には間に合ったものの時間はギリギリ、ほとんどの生徒が集まり、雑談を楽しんでいた。


 今日の午前中はブレスの実践実習のため、ブレスごとにクラスが分かれ授業が行われている。風の講義を担当している教員――ルイカ・アドヴェル先生は保健医でもあり、ラインの風邪薬を調合してくれたのも彼女であった。

「ルイカ先生、ラインに薬を届けてきました」

「ありがとうクラレス」

「いいんです。ちょっとラインの様子も見れて安心しましたし」

「おかげで助かったわ。

 ラーマン――いえ、校長が朝から、ラインが風邪だ風邪だとうるさくてね」

 大っぴらには公開していないが、両親のいないラインの後見人はヴェルシュピネの校長が務めていた。

 薬の調合までは保険医の本分ではあれど、加えて、私的な心配を朝から嫌というほど聞かされていたルイカは、少し疲れたように笑った。

 その髪を書き上げる様子に、クラレスはつい見入ってしまう。

 いぃなぁ、大人の魅力って。身長も高く、スラリと伸びた足、くびれた身体……自分にないものをねだるように、ルイカに視線がいってしまう。

 自分の腰周りに手を当て、ほんのちょっと泣きたくなる。これが、大人と子供の差、けれどと時間が解決してくれるのだと信じて。

「さぁ皆そろったみたいだし始めましょうか」

 生徒が集まったのを確認し、ルイカが周囲に声をかけ始める。

 白衣をまとい、セピアの髪をなびかせる、その麗しい風貌からは想像もつかないが、ルイカも真紡術のエキスパートであった。

 校長がまだ現役であった頃から彼の右腕を担っていたとの話もある程。その隠された実力と本人の人あたりもあって、風は例年、他の三要素よりも人気であった。

 ルイカは出席簿に印をつけた後、説明を始める。

「今日は集束の練習をします。ただし、共鳴石は使わないこと」

 そういうと、ルイカは自身も身についていた共鳴石の指輪を外した。 

 ――集束、これもまた三つの系統で分けられた真紡術の一つである。

 集束は真紡術の基本的とされるもの。ブレスを集束させ何らかの現象を引き起こすことをいう。それにより、小さな灯火から、実力者では竜巻なども起こすことが可能となる。

「今から、私がやるから良く見ていて」

 そういい終わると、ルイカは目を瞑り、大きく息を吸い込む。


 周囲は静まりかえり、彼女の顔つきが変わる。聞こえるのは木の葉の擦れる音のみ、その中でブレスは集まりだし、大きく緩やかな渦を巻き始める。

 先ほどまでの和やかな雰囲気は一瞬のうちに張り詰め、すべての視線はルイカへと注がれていた。普段と異なった空気を纏う彼女を、周囲は固唾を呑んで見守っている。

 風の白いブレスは、彼女が求めるとおり掌に収束しはじめ、強い光を放っていた。

 大地を駆け、そよぎ踊るものたちの意思が彼女の元に集い、輝く。光が掌いっぱいに溢れ、今にも弾けるかというその時、


“ 解放(ベフライト) ”


 彼女の言葉と共に、風が生みだされた。

 その風は草木を揺らし、彼方へと駆け抜ける。

 柔らかくも確かな量と重みを持った風は、安定した集束だからこそなせる業であった。生徒はみんな思わず感嘆の声をもらし、その所業に拍手を贈る。

「さぁ、やってみて。

 ただ、制御できないと思ったら、すぐに共鳴石を使いなさい」

 ルイカが軽く汗を拭う。

 周りは裏庭全体に散らばり、指示どおり、意識を集中しだしていた。


 クラレスは裏庭の隅の方へ移動し、共鳴石を外す。そして、ルイカと同様にブレスを感じようとするが、どうしても上手くいかない。

 あんな笑顔でいわれても、難しいものは難しいよ。

 本来ブレスを扱うときは、共鳴石――ブレスに共振する宝石のようなものを用いる。

 かつては、ほんのひと握りの人間しか使うことのできなかった術が、ブレスに共振する石、共鳴石の発見と加工法の確立によって飛躍的に広がったとされている。

 クラレスも校則に従って、共鳴石を使ったブレスレットをしており、それが普通となっていた。

 けれど、しばらくすると集束に成功した生徒も現れ、歓喜の声が上がりだす。穏やかな風、まっすぐな風、踊る風、人によってさまざまな風が生まれる。

「あれっ、クラレスもまだダメな感じ?」

「まさか! これからだよ」

 隣にいた友達に声をかけられ、再び意識を集中しだす。

 風を感じ、流れを読むように。全身で空気を感じるように。

 そのとき、大きな旋風が吹いて、髪を大きくなびかせた。その風は、単なる風のはずなのに、鼓動がどきりと大きく音をたてた。

 何だろう? 何かが胸の中で大きくなるような――。

 深呼吸をして息を落ち着かせようとするが、どうにも上手くいかない。

 風が頬をなでるたび、胸の奥が熱くなった。

 それでも、今日のはそんなものと違う。どこか懐かしい気持ちになり、芯が熱いのに、身体がとても軽い感覚。

 そのまま、口は誘われるように詩を紡いでいく。


“一陣の白風に誘われて 紅き焔を思い出す

 永久に忘れた思い出が 過去に焦がれる羨望が“

 

 どこからか湧き上がる詩、それが口を通して音になる。まるで、喚ばれることを望んでいるかのような感覚。

 でも、どうして。すごく哀しくなってくる。

 頬をなぜていた風が止む。クラレスも、それにつられるように詠唱をやめてしまった。けれど、不意な重みを感じ、自分の手に視線を戻す。

「えっ……ハト?」

 そう、私の手に現れていたのは一羽の白いハトだった。それは私を一瞥すると大きく羽ばたき空へと飛び立っていった。そこに、ちょうど先生が見回りに訪れる。

「あら、ハトね。共鳴石なしでハトが出せるなんてすごいじゃない! でも、今は集束で止めておいてちょうだいね」

「す、すいません。あの――」

「いいのよ、気にしないで。さぁ、続けて」

 クラレスは呆気にとられ、しばらくの間、空を見つめ呆然と立ちつくしていた。


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