5.5─VII
ある程度予約投稿のストックが貯まってきたため、更新頻度を暫く毎週日曜+祝日の午後2時にさせて頂きます。
そして、本作に頂いたイラストの数が増えてきたため、熟考の末、イラスト保管庫の3部を「頂いたイラスト達」という別所に移すことに致しました。
また、8月29日の午前9時をもちまして、「旧版」を削除致しました。
読者の皆様の御理解とご協力をお願いします。
ゼノンに弟子入りしてから四年の歳月が過ぎ、アストリッドは十九歳となった。
この頃は、ゼノンが発明した丈夫な量産型の紙によって「純金製の重すぎる小銭問題」がお札の登場によって解決した事で脚光を浴びたパルプ紙の事業が安定の波に乗り始め、ようやく研究に時間を割けられるようになったゼノンが二人の手を借りながら"魔術式"という概念の体系化についての研究の計画を練り始めた時期であった。
「あら、誰かと思えばマックスさん。おはようございます、良い朝ですわね」
アストリッドは、今日も反対側の廊下から歩いてきたマックスに向かい、朝の挨拶を行う。
しかし──
「……おう、おはよう」
……数年前の嫌み男はどこへやら。マックスの反応は実に淡泊で、それだけ言うと、スタスタとアストリッドの傍を通り過ぎて行った。
──そして、その通り過ぎる一瞬の間に自分の胸を一瞥した事を、アストリッドは見逃さなかった。
(……あんのムッツリスケベが……、丸わかりだっつうの……!)
アストリッドはマックスのそんな態度に嫌悪感を露わにしつつ、窓に薄らと映った自分の身体へと視線を移す。
その顔付きに残っていたあどけなさは抜け、身体は四年前の発展途上にあった状態から一気に成長し、たわわに実った二つの果実と魅力的に引き締まったなだらかな谷──俗に言う「ボンッ、キュッ、ボーン!」なナイスバディへと変化していた。
(子供は好きな子ほど虐めたくなるって言うし、ここ数年何もしてこないのも、どうせ"お前の事を好きになっちまったから"とか言うんでしょうね……)
立ち去ったマックスの向かった方へとゆっくり歩きながら、アストリッドは自分とマックスが男女として交際している所を想像する。
だが、心の底から湧き上がった悪寒に思わず全身が震え、アストリッドは即座にそんな想像をしてしまった事を後悔した。
(……天地がひっくり返っても無理ね。ただの腐れ縁ってだけだし、一々気にしてたら今日の依頼にも支障が出るわ)
気持ちを切り替え、アストリッドは朝食へと向かう。
この時、アストリッドは素材調達や研究資金の用立てため、冒険者となっていた。
そして、そのアストリッドとペアを組んでいたのが、他ならぬマックスであった。
朝食へと向かうアストリッドの首には、冒険者の証である認識票が、朝日を反射してきらりと輝いていた。
こうして、いつも通りの朝と共に、この日アストリッドはマックスや仕事仲間と共に依頼へと向かった。
しかし、その依頼に向かった事によってマックスの態度が一変した理由を知ることになるなど、この時のアストリッドは知る由も無かった。
◇ ◇ ◇
それは、依頼を受注してエンデを出立した、その翌日の出来事であった。
『──"火球連弾"!!』
アストリッドの身体の周囲に生成された五発の火球がリバースモンキーの腹部に直撃し、リバースモンキーはその衝撃で後ろに倒れ、動かなくなった。
そして、その後ろにあるリバースモンキーが巣穴にしている場所──洞窟の内部に入り込んだ一同は子供のリバースモンキーを容赦なく討伐しながら、松明の明かりを頼りに歩を進めていた。
「まさか、こんなとこ巣穴にしてるなんてなぁ。
片手剣も持ってくるべきだったぜ……」
アストリッドと同じ冒険者ギルドの仲間──マーマンの剣士・グスタフが、自分の得物である片手半剣を見つめながらそんなことを零す。
洞窟はそれなりの広さがあったものの、片手半剣はその洞窟で振るうには少々長い。味方の行動が阻害され、壁に引っ掛かってしまう可能性があった。
そして、そんな小さな言葉でも聞き逃さないのが、松明を持って先頭を歩くエルフの猟士・ニーナであった。
「なら、アンタは入口に戻って見張りでもしてたらどう?」
「そうは行くかよ。俺の分が残らねぇだろうが」
「チッ」
グスタフの反論に、ニーナは隠す素振りすら見せずに舌打ちした。
リバースモンキーは、その身体から採れる素材には殆ど価値が無く、基本的に討伐依頼の対象に選ばれる要素が存在しない魔物であり、現に四人が今受けている依頼も、"リバースモンキーの討伐"が達成条件では無い。
では、何故一行はこの巣穴の奥へと向かうのか。
それは、リバースモンキーが"美食家"だからということに他ならない。
「そんなに良い物なのか?」
「「当たり前だ!!」」
マックスの問い掛けに、グスタフとニーナの声がピッタリと重なった。
そして、二人は凄まじい剣幕でマックスにマシンガントークを浴びせに掛かる。
「いいか! リバースモンキーはこと食材に関しては、俺達人間を遥かに凌ぐほどの目利きだ! だが、奴らの依頼は殆ど出ない! 素材に価値が無い上に実害も出ないせいでな!!」
「けど、今回は違う! 商人の積み荷を襲うのは、人の手で品種改良された物の味を知ったリバースモンキーだけだ! 実害が出てる!!
それは、リバースモンキーが"縄張りの中だけで採れる最上の味"に耐えきれなくなった証なんだ!!」
「それはな、自分が知る味以上の味を知ったリバースモンキーが、その味を求めて更に厳選した極上の野生の実がこの奥にあるって事なんだよ!!」
「「分かったか、このスカプラチンが!!」」
凄まじい剣幕でそう言うと、一通り言い終えた二人は「これだから違いの分からん奴は」等と愚痴を零しながら、再び歩みを再開する。
「罵倒までする必要ねぇだろ……」
マックスは、後ろのアストリッドにしか聞こえないような小さな声でそう言うと、数秒遅れて歩き出す。
グスタフとニーナは、ただ"美食"という一点においてのみ意見が一致している、言わばアストリッド達と同じ"腐れ縁ペア"であった。
そして、その光景の一部始終をマックスの後方から眺めていたアストリッドは、そう零したマックスに対してこうツッコんだ。
「アンタも昔、同じような事したわよね。
アンタとの腐れ縁に付き合う私の身にもなって、とっとと出てってくれないかしら?」
自分のことを棚に上げていたマックスに苛立ったアストリッドは、その事を指摘する。
以前のマックスなら、ここで同等の嫌みを返していた。
しかし──
「…………嫌だね」
マックスはぶっきらぼうに一言そう言っただけで、アストリッドの方を振り向きもせずに歩き続けていた。
──しかし、"お前にもう興味なんて無い"と至極どうでもよさそうに言っているように聞こえてしまったアストリッドは、とうとう我慢の限界を迎えてしまう。
「ちょっと! アンタ前から言おうと思ってた事だけどねぇ──」
そう言って、アストリッドはマックスの左肩を掴み、自分の方へ向くように力一杯引こうとした。
しかし、ここは足場も視界も悪い洞窟の中であり──力を込めるために踏んばろうとしたアストリッドは、足下にあった程よい大きさの小石に足を取られ、マックスの肩を掴んだまま、仰向けに倒れてしまった。
そして──
「痛った……」
──もにゅっ。
「…………。
……………………え?」
仰向けに倒れたアストリッドが、自分の身体に重なる形で倒れている黒い影を捉え、自身の左の胸が温かい物に掴まれたような感覚を覚えたのは、その直後の事であった。
腐れ縁:離れよう、縁を切ろうとしても断ち切れない、好ましくない関係。
─魔物データ─
◎リバースモンキー
弱点属性:炎
討伐難度:E
生まれてから一生涯を逆立ちした体勢のまま活動する猿型モンスター。
攻撃面も耐久面でもベズアーやタミアスタイガーに劣るが、非常に軽快な動きで攻撃を回避する為に戦闘が長引きやすく、戦っている間に他の魔物が乱入してくる可能性が高いという厄介な性質を持つ。
本人から採れる素材や肉に価値は無いが、実は魔物の中でも一、二を争う美食家であり、魔物の中で唯一(簡素な物ではあるが)料理を行う事が出来る。
また、その名の通り口に合わない物は基本的にリバースしてしまう。
そのため、その巣穴の最奥部には厳選された山菜や果物が集められており、それを食べてみたいという美食家の冒険者も少なくない。
しかし、リバースモンキーはあまり肉を好まない(それでもやはり魔物であるためか、人間の肉はギリギリ許容範囲)ため、余程飢えていない限りは人間を狙うような行動に出ることが無いために依頼がそもそも出回っておらず、美食家の冒険者の間では半ば幻に近い扱いを受けている。




