序─VIII
太陽が中天に差し掛かる頃、歩き続けていた二人は休憩のついでに昼食を作るべく、組み立て式の椅子やテーブル、調理器具などの用意を進めていた。
それらはアスナと組んでいた仲間が持っていた物であり、役に立つと判断して回収しておいたものであった。
戦場から離れたところに置かれていたことが幸いし、血液が一切付着していなかったからというのもあった。
そしてこの時、ガイアは荷物の中に気になる物を見つけ、その道具の名前と使い方についての説明をアスナに仰いでいた。
「これは携帯用のコンロよ。ここの脇の部分に魔力を溜め込む仕組みがあって、満タンだと平均で大体一時間、最大火力でも四十分持つの。火力の調整はここのつまみを……って、ちょっと、聞いてる?」
「……え? あ、いや、その……。この世界にもコンロがあってビックリして……」
広げられた道具の中にガスコンロのようなものを目にしたガイアは、思わずアスナに尋ねずにはいられなかった。
そして、ガイアのその言葉を聞いたアスナは、「魔法具」というものについても説明を行う。
この世界には「魔法石」という鉱石があり、それを用いた道具の事を総称して「魔法具」と呼ぶ事。
それらの道具は魔力を込めるだけで誰でも使えるため、生活用品として世の中に普及しているという事。
他にも冷蔵庫やドライヤー、照明といった物も存在しているという事。
そして、アスナがそれらの説明を行っている間、ガイアが感心しっぱなしであったことは言うまでもない。
そうした説明が終わると、二人は昼食の調理を開始し、ガイアの手持ちの適当な具材を用いた熊鍋を作り出す。
そして、二人はその手に箸と椀を手に取り、鍋をつつき始める。
「この世界にも、箸を使う文化があって安心したよ」
食べながら、ふとガイアがそう言った。
「あんたの世界にもあったの?」
「ああ、俺は箸で食う料理の文化がある国の生まれだよ」
はふはふと熱い熊鍋をつつくことで、二人の会話は自然と弾む。
そんな中、ガイアは改めてアスナを観察していた。
その深い海を想起させるような藍色の髪の毛は右側で束ねられてサイドテールにされており、その長さは先端が肩に届くかどうかと言うほど。
胸は大きくもなく、かと言って小さくもない、所謂"普乳"の部類に入るだろう。
そして何よりも、その顔付きは中々の綺麗系で、尚且つガイアのストライクゾーンど真ん中であった。
「……? 私、顔に何か付いてる?」
ガイアから向けられている視線に気付いたのか、アスナはそう言って口の周りをぺたぺたと触る。
「いやいやごめん、ちょっと考え事してて……」
まさか「アスナに見とれていた」と正直に言う訳にもいかず、あながち間違いでも無い説明でその答えを誤魔化す。
そして──
「……アスナさ、今普通に日本語喋ってるよな?」
たった今、ふっと頭に浮かんだ新たな疑問を、そのままアスナに問いかける。
しかし、アスナは「ニホンゴ?」と首を傾げるだけで、それが何なのか理解できていない様子であった。
ガイアは「そう言えばその反応も無理ないか」とすぐに思い直し、「俺の住んでた国の言葉だよ」と補足の説明を付け加えた。
「……もしかしてあんたの世界って、国毎に言葉が違うの?」
しかし、アスナから帰ってきた返事は、思いも寄らないものであった。
そして、この世界には自分達が今話している「通常言語」と、魔法を構築している魔術式に使われている「六属性魔法言語」しか無いというその説明に、ガイアが思わず目を丸くしてしまった事は言うまでも無い。
やがて、鍋の具材が底を尽いた事で、二人は食器や調理器具の洗浄と片付けを行う。
そして、それを終えた後は、食器や調理器具の乾燥ついでの食休みとなる。
すると、アスナはガイアの向かいに改めて座りなおし、こう言った。
「とりあえず、今後の事について、あんたに話しておかなきゃならないことがあるの」
「……ん、分かった」
そこからは、ガイアの能力についての真剣な話であった。
アスナ曰く、本来魔法と言う物は、ガイアのように想像でホイホイと出せるものでは無い。
独特の発音を必要とする「魔術式」に「魔脈」を通した魔力を込めながら「詠唱」し、最後にその術名を宣言することで発動させるのが普通のやり方であり、無詠唱で発動するにはそれ相応の地道な努力が必要になるのだ。
また、攻撃魔法は発動すれば、"意識の矛先"に向けて"一直線に飛んで行く"のが普通である。
その為、先程のガイアのように「手のひらの上に留まらせたまま接近戦で使う」といった戦法は、本来であれば不可能な事なのだ。
「じゃあ、魔法は一切使わない方が良いんだな?」
「ええ。でも、それだけじゃないわ。あんたの場合、"魔法剣士"って事も隠しておいた方が身のためよ。当然、フォースもね」
その言葉を聞いて、ガイアは「何故?」と問う。
すると、アスナはこう言った。
「さっき聞いた事も含むんだけど、あんたの加護やスキル、それに魔法剣士についての説明……。
そのどこにも安全が保証されてないからよ。
確かに想像するだけで魔法を使えるのは凄いと思うけど、"あんた自身の身体に負荷を掛けずに使える"なんて、あんたは一切言わなかったわ」
その指摘に、ガイアはまさかと思いつつも一筋の冷や汗を流し、念のためにと自身のステータスを呼び出して確認する──が、アスナの指摘した通り、そこに安全を保証する文章は一言も載っていなかった。
その事実を目の当たりにして、ガイアは暫し思考する。
「……分かった。ただ、時々……そうだな、最低でも数ヵ月に一度くらいは使う感覚を確かめたい。それでいいか?」
「他人の目が無いところならね。
ただ、あんたの職業は実現のしようがない不可能な物だから、もしかしたら例外なのかも知れないけど……」
「実現のしようがない……?」
アスナの口からもたらされた意外な真実に対し、ガイアはそれを尋ねずにはいられなかった。
アスナは黙ったまま頷くと、魔法剣士についての説明を開始する。
アスナ曰く、剣士と魔術士の職業は「相反する関係」にあり、どちらか片方を伸ばそうとすれば、その時点でもう片方の素養は失われてしまう。
つまり、ガイアが見た「魔法剣士に必要な職業の組み合わせ」は、実現不可能なものであるという事であった。
「じゃあ、もしそれが露見したら……」
「ほぼ間違いなく、あらぬ疑いを掛けられるわね。
だから……、そうね。さっきの話だと、あんた、剣士と上級剣士のスキルも使えるのよね?
だったら、当分私以外の人の前では、剣士で通した方がいいわ。上級剣士は年齢的にも疑われかねないし……ね?」
アスナの慎重論に、ガイアが異を唱えることは無かった。
ガイアはこの世界の郷に従い、地道に名声を積み重ねて行く道を選んだ。
それが例え長く険しい道のりであろうと、異端と思われる事だけは、どうしても避けたかったのだろう。
ガイアはその提案を承諾し、アスナと共に冒険者として活動して行くことを、固く胸に誓った。
◇ ◇ ◇
やがて、その後の時間を打ち合わせに費やした食休みも終わり、二人は荷物を纏めて移動を再開する。
そして──
「そう言えば、この世界にはどんな種族が居るんだ?」
その道中、ふと自分やアスナのステータス項目に「種族:ホムス」と記されていた事を思い出したガイアは、それについてアスナに尋ねる。
すると、アスナは歩きながら「種族」についての説明を始める。
その内容は、纏めると以下のようなものとなった。
◎この世界には様々な姿を持った人間が暮らしており、それらは外見特徴や能力に合わせて「種族」というカテゴリーに分けられている。
そのため、この世界の「人間」という言葉は、「全ての種族をひっくるめた全人類」の事を示している。
また、母親からは種族、父親からは髪色が遺伝する。
○ホムス
特筆するような外見特徴が無い種族。
子宝に恵まれやすい。
○ビースト
身体の一部に獣の特徴がある種族。
身体能力が成長しやすく、嗅覚と聴覚が発達している。
○オーガ
赤色の肌と、額に二本の角を持つ種族。
厳しい自然環境でも生き抜くことが可能な為、火山地帯や雪原地帯と言った場所での資源確保の役割を担う「オーガの拠点」も存在する。
○エルフ
尖った耳が特徴の種族。
魔脈が成長しやすいため、魔法系の職業に向いている。
魔力を可視化することが可能で、人体の魔力の流れを診ることも出来る。
○クーリア
ホムスの背中に大きな翼が生えた外見を持つ種族。勿論飛べる。
また、空気の変化に敏感で、天候を予知する事も出来る。
ただし、翼の羽は水分を含むと非常に重くなってしまう為、湿気に弱い。
○マーマン
色白の肌を持ち、首の付け根に魚のエラのような器官が存在する種族。
水中において、息継ぎ不要で素早く行動し続けることが出来る。
○ドワーフ
褐色肌を持つ小柄な種族で、高い知能を有していた。
しかしその反面、環境の変化にめっぽう弱く、限られた地域にしか住んでいなかった。
現在は絶滅している。
「こんなところね」と言い、アスナの説明が終了した。
それを聞いたガイアは、「何故ドワーフは絶滅したのか」と尋ねずにはいられなかった。
しかし──
「それについてはおいおい……ね。
もう目の前だし、さっきの打ち合わせの通り行くわよ?」
アスナはそう言って、ガイアの視線を前方に移すよう促す。
そこで彼の目に映ったのは、もう目前にまで迫った城下町の正門と、そこに列を作って並んでいる、検閲待ちの人々の列であった。
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To Be continued......