5─III
日付は変わり、翌日。
ガイアは放課後の帰宅時間を見計らい、一人で修道院の子供達の元を訪れていた。
と言うのも──
「今日もガイアさんが、お歌を歌ってくれるそうですよ!」
「「「わーい!」」」
女性の修道士がそう言うとピアノの周りに集まった子供達がやんややんやと喝采を送る。
(さて、今日は何を弾こうかな……)
自分が弾ける前世の世界の曲目の中からどれを弾こうか、ガイアは思案する。
この異世界において、歌とは吟遊詩人の英雄譚やコーラスが主流であり、ガイアが前世で知り得ているような曲は、この異世界の人間にとっては全てが新鮮だったのだ。
そして、自分の数少ない特技であるピアノの弾き語りで子供達の娯楽になるならと、ガイアは時折暇を見ては修道院に足を運ぶようになっていた。
すると、子供達の中の一人──アルスがこんな声を上げた。
「あっ! イーシス兄ちゃん!!」
(え……!?)
その声に驚き、ガイアはシオンが指差す方向へと顔を向ける。
そこには、ニコラと子供達からの願いを叶えられなかった気まずさからか、修道院長と通路の死角に隠れるようにこちらを伺っているイーシスの姿があった。
ガイアは、その光景に驚いていた。
何故なら、あのニコラの一件以来、イーシスは修道院に顔を出していないと言うことが子供達の口から明かされていたからに他ならない。
そして、ガイアもまたニコラの一件以来、イーシスとまともに顔をつきあわせて話すようなことは出来なかった。
イーシスはやややつれたような顔で、その場から動かない。
ガイアは席を立ち、ひと月以上ぶりに顔を合わせることになったイーシスの元へと歩み寄る。
「……イーシス先輩、お久しぶりです」
「ああ……」
近付いてみると、少しやつれたその顔がよく見える。
そんなイーシスの背中を押すため、ガイアは優しく声を掛ける。
「大丈夫、子供達は責めたりしませんから。
ちゃんと謝れば、許してくれますよ」
「……………………」
その言葉を受けたイーシスは、何も言わずに静かな一歩を歩き始める。
ガイアはその斜め後ろを同じ歩調で歩き、イーシスの動向を見守る。
そして、イーシスが座っている子供達の前で足を止め、つばの尖った羽根付き帽を脱ぎ──
「みんな……、ごめんよ……」
今にも泣き出しそうな、そんな表情のままそう言うと、イーシスは子供達に深々と頭を下げた。
イーシスと子供達の間に、沈黙が訪れる。
その沈黙を先に破ったのは、子供達の中でも姐御肌の持ち主である少女、エリスであった。
「全く、遅いわよ! 子供じゃ無いんだから、謝るなら早くしなさいよね! こっちはずっともやもやしてたんだから!」
責めるようなことはしないと言っていたガイアの言葉を受けても、まだ不安が拭えなかったのだろう。
イーシスは驚いたような表情で顔を上げ、呆然としていた。
そんなイーシスに、子供達の中で一番の年長者であるシオンがこう言った。
「元々、兄ちゃん達に無理なお願いしてるってのはみーんな分かってたよ。
俺達にだって出来ないことがあるように、冒険者だってかっこ悪い事もあるっていうのは、皆分かってるから……えーと……」
シオンがそこまで言ったところで、言葉に詰まる。
イーシスにこの後どう言えば良いのか、迷っているようでもあった。
すると、その様子に苛立ちを覚えた男の子──ベルタが声を荒げてこう言った。
「だぁーもー!! シオンっ! まためんどくせー言い回し考えてんだろ!?
俺達はよーするに、イーシス兄ちゃんにはこれまでとおんなじよーに遊んで貰えたら、それでいーんだよ!!」
そう言い終えると、ベルタはニカッと歯を見せて笑った。
「「「おかえり、イーシス兄ちゃん!」」」
その言葉を受けたイーシスは、とうとう破顔した。
己の心にのしかかっていた圧のような物が無くなり、安心したのだろう。
(……これは、あの曲が良さそうかな)
泣いているイーシスとその周囲で色々声を掛けている子供達の様子を見守っていたガイアは、今日の曲目を決定する。
そして、これまでとは違う新しい歌を聴かせる旨を子供達に知らせると、子供達はすぐにピアノの周りに集まり直す。
「……このピアノ、まさか……」
ピアノを見たイーシスは、それがかつて目にした物であることを悟る。
その言葉を聞いたガイアは、窓から差し込む夕焼けに照らされた顔で、こう言った。
「ええ、ニコラちゃんが処分に困っていた、お父さんの遺品ですよ。
丁度、修道院のお古が壊れて、新調を検討していたそうなんです」
「……成る程。
それで、今日はどんな歌を聴かせてくれるんだい?」
「……また泣かせてしまったら、謝りますね」
そう言って、ガイアは「刹那」の弾き語りを開始した──。
◇ ◇ ◇
弾き語りを終え、子供達と遊んだ後に二人で修道院を出る頃には、既に辺りは夜に染まっていた。
そして、その帰り道でイーシスは静かにこう言った。
「本当に、音楽関係の仕事を目指さないのが不思議なくらいだよ。
富も名声も得られるだろうに、どうしてそれを拒否するんだい?」
「……また、痛いところを聞いてきますね」
「色々、考えさせられたんだよ。
僕自身が、本当に後悔しないように生きていると言えたのか。ニコラちゃんが本を必死に読み漁っていたのは、生きる意味を探してたからなんじゃないか……ってね。
あの時の恋歌と言い、本当に素晴らしいのに……、何故、その才能を活かそうとしないんだい?」
その問いに、ガイアはどう答えるべきか悩んでいた。
前世でよく聴かれているジャンルの歌は、この異世界にはまだ存在していない。
下手な嘘をついたところで、余計に怪しまれるだけであることは目に見えていた。
「……どうやら、秘密があるようだね。
あの時と、同じ顔をしてるよ」
どうやら、悩みを看破されてしまったらしい。
イーシスの観察眼に白旗を揚げたガイアは、差し障りの無い範囲で答えることを決めた。
「……あれは、俺が作った歌じゃありませんからね。
それを自分の物と言い張って広めようなんて思いませんよ。
俺はピアノを弾けても、歌を創る才能はありませんから……」
「その作り手は、どこに居るんだい?」
「もう、会えません……」
「……そうか。
一度で良いから、その人をこの目で見てみたかったよ」
イーシスは、既に歌の作り手が故人であると解釈したようで、それ以上ガイアに質問を迫るような事はしなかった。
「……ニコラちゃんはね、発作に耐えながら、笑っていたよ……。
ロクに外にも出られなかったけど、僕達と出会えた事は嬉しかった、ってね……。
最期まで、本当に強い子だったよ……」
「そうですか……」
ガイアは、ニコラの最期に立ち会うことが出来なかった。
だが、いくら悔やんでも、ニコラの願いを叶えられなかったという事実は変えようが無い。
それは、二人の失態が招いた結果に他ならない。
「……………………」
ガイアはふと、ニコラがこの結果に終わることを察していたのではないかと考える。
否、恐らくその後の事まで察していたのだろう。
そうでなければ、激痛を伴う発作を気合で抑えてまで遺言を残すなど、到底出来るとは思えない。
(……ニコラちゃん、ありがとう)
ガイアの頬を、一筋の涙が伝う。
すっかり日か落ちた夜の城下には、初雪がしんしんと降り始めていた。
『昨夜、久々に夢を見た。
すっかり最近の日課になった、子供達と一緒に歌を歌う夢だった。
それを今日の日記に書くことにしたのは、その"日常"の中に、彼女の姿があった事を忘れないようにするためだ。
それが、俺が心のどこかで願っていた望みなのかどうかは分からない。
でも、夢に出てきたって事は、多分そうなんだろう。
その夢の中で、俺は何度も彼女に謝っていたように思う。
けど、夢が覚める直前に、彼女は俺に微笑んでくれた。
自己満足かも知れないけど、少し肩の荷が下りたような、そんな気がした夢だった。』
──ガイアの日記より抜粋




