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魔法剣士ガイア  作者: ふぉるて
第5章「冬の夜明け」
79/156

5─I

 ニコラの一件から一ヶ月以上が経過し、霊神暦713年も、残りひと月を切った。

 ガイアは決意を新たにしたあの日以降、自身に課す訓練の種類を増やしていた。

 そして、今日も──。


「はっ!」


 掛け声と共に軽い鞭の音が響き、馬は(いなな)きながら加速していく。

 ガイアはその手に握った手綱で馬に合図を送り、馬場(ばば)を囲う柵に沿うように馬の軌道を調整する。

 そして、柵の外側からその様子を見守っていたアスナの前に馬が止まるように手綱を引くと、馬は徐々に速度を落とし、アスナの前で停止した。


「ふぅ……」


 二時間に渡る乗馬を終えたガイアは緊張が解けたのか、安堵したように大きく息を吐き、鞍から雪が積もった大地に下乗(げじょう)する。


「今日もありがとう。お疲れ様」


 この馬場で訓練を共にする相棒の馬のたてがみを、ガイアは労を労いながら優しく撫でてやる。

 そして、アスナと共に馬を厩舎まで誘導し、待機していた職員に返却すると、そのまま二人とも馬場を後にした。


 あの依頼を遂行していた時、ガイアは馬術の心得など、微塵も持ち合わせていなかった。

 そしてその結果、イーシスがやむを得ず馬車の手綱を握る事になり、昼からの雨という悪天候も相まって、イーシスは完全に戦力外と化してしまった。

 しかし、もしもガイアがあの時「牽引馬術免許」を持っていたとすれば、結果は変わっていたかもしれない。

 故に、ガイアは先ず真っ先に馬術免許を取ることを心に決め、今日は厩舎の馬を借りての自主練に励んでいたのだ。


「免許、何時ぐらいに取れそうなの?」


 ふと、アスナがそんなことをガイアに尋ねた。

 ガイアは馬術教習のペースや今後のスケジュール等を計算し、アスナにこう返した。


「この調子なら、一月終わりぐらいかな」


「そう。なら、ランクE昇格試験は二月頭で良い?」


「ああ、頼むよ」


 そう言って、二人は未来への決意を新たにする。

 この時、二人はギルドマスターのアドルから、"ランクE昇格試験"についての話を持ちかけられていた。

 そして、その昇格試験には"制限時間"が設けられている。

 それは、持ちうる技術を適切に発揮しなければ達成が難しくなる、絶妙な時間に調整されている。

 その試験を突破するためにも、ガイアの馬術の腕前というものが、避けては通れない死活問題であった。


「分かってると思うけど、根を詰め過ぎないようにね?」


「分かってるって。元々精霊節(せいれいせつ)に羽根休めするつもりだし」


「なら、問題ないわね。

私は、精霊節の終わりにアストリッドさんの所に行って大掃除の手伝いをするんだけど、あんたも来る?」


「いいのか?」


「ええ、特に今年は、師匠も居ないから……多分、喜んで迎えてくれると思うわ。

終わったら、食事に連れてってくれるそうよ」


「分かった、手伝うよ」


「……あ、そう言えばイーシス先輩、ここひと月くらい、今まで口説いた人達全員に謝罪して回ってるらしいわよ。

自分の態度が違ってたら、ニコラって子の願いを叶えられたんじゃないかって思ったらしくて、凄く後悔してるって言ってたわ」


「へえ……、先輩が……」


「……逆に怪しまれて、余計嫌われないといいけど」


「確かに……」


 16月の中旬にあったこの日、二人はそんな会話を交わしながら、ゆっくりと帰路についていた。

 そして、今の会話の中にあった"精霊節"とは、毎年16月の23日から28日の六日間、この世界の人間に魔法という概念を与えたという存在──六霊神に今年一年の感謝を示し、それを祝うというこの異世界における行事である。

 つまり、現代風に分かりやすく言えば、"クリスマス"である。

 あまり根を詰めても、良いことは無い。だが、己が身を賭けて生計を立てる冒険者と言う仕事は、生半可な努力では務まらないのも事実である。

 故に、ガイアは己の体力を過信せず、"最善の努力"を行うように努めていた。

 やがて、アスナとの会話に区切りが付いたガイアは、ふと考える。


(六霊神、か……)


 五か月前──この世界に降り立つ際、一度だけ相まみえた、それらと思しき六つの存在。

 その者達から告げられた「来たるべき時」が何時なのかは、全く分からない。

 その上、そもそもこの世界に降り立った時にも、何故町の中ではなく外に転送したのかという疑問が残る。


(全く、もうちょっとしっかりやってほしかったな……)


 だが、今更そんなところに文句を言ったところで既に過ぎてしまった事であり、ガイアもそれをねちねち引きずるような性格では無かった。

 やれやれと軽く溜め息をついて思考をリセットしたガイアは、ふと雲が譲り合っている青い空を見上げる。


(義母(かあ)さん達、元気にしてるかな……)


 もう二度と会うことが出来なくなった育ての両親の事を思い出し、ふと目頭が熱くなる。

 自分が居なくなって、鬱になっていないだろうか。はたまた、塞ぎ込んだりしていないだろうか。

 そんな心配ばかりが、ガイアの胸中に渦巻いていく。


 だが、いつまでもそんな感傷に浸ってはいられない。

 この世界で生き返ることと十二の加護、並びに魔法剣士と言う実現不可能な力を得ることを条件に神々の頼みを引き受けてしまった以上、いつ起こるとも分からない未曽有の事態に対し、何時でも臨めるよう万全の状態で居なければならないのだ。

 それは、今までガイアの中になんとなく留めておく程度だった"この世界に呼ばれた意味"に対する認識を改めるきっかけにもなっていた。


「……アスナ」


「何?」


「ありがとう」


「何のお礼か分からないけど、どういたしまして」


 そう言って、二人は歩き続ける。

 何の変哲もない、ある日の城下町のひと時の出来事であった。

馬場:乗馬の練習や競馬などをするための、平らな広場。


下乗:馬から降りること。


死活問題:生死に関わるような、重要な問題。




─用語解説─


◎普通馬術免許

一頭の馬に跨がっての町の外での移動手段として、馬をレンタル、並びに乗馬する事が出来るようになる免許。

冒険者を目指す人間は、学校でこの資格を取得しなければ卒業出来ない。



◎牽引馬術免許

普通馬術免許の一つ上の免許。

普通馬術免許の権利に加え、各種馬車、並びにその馬車を牽引する一~二頭の馬をレンタル・使役する事が出来るようになる。

商人、並びに傭兵を目指す人間は、最低でもこの資格まで取得しなければ卒業出来ない。

一方で、冒険者を目指す場合は「取得推奨技能」となっており、学校を卒業するだけなら取得する必要は無い。

また、四頭の馬が牽引に必要な馬車を使う場合は、この一つ上の「大型馬術免許」が必要。

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