4─XX(☆)
苺さんより、新たに2─IIと2─XIVに挿絵を頂きました。
是非一度ご覧下さい(F`・ω・)ゞ
霊神暦713年14月29日。
ニコラの葬式から、早くも一週間が過ぎた。
そして、その日のアインハルト王国領には、終秋の冷たい雨がしとしとと降り注いでいた。
アインハルト王国城下町の北西部──その一角に存在する墓地の中にある、"名もなき墓"。
それは、身寄りのない人間の遺骨が納められる、所謂"共同墓地"や"集合墓"と呼ばれる類のものであり、一週間前にこの世を去った少女──二コラの遺骨もまた、その墓の中に納められていた。
そして、その墓石の前にガーベラの花束を置き、そのまま暫く傘を差して佇んでいたガイアは、握っていた右拳を解き、静かにポケットから取り出したその"遺品"に視線を落とす。
そこには、灰色の空模様を反射して鈍く輝く、ロケットペンダントがあった。
しかし、その蓋を開けても、中身は何も無い真っ新なまま。
それはある意味、今のガイアの心境を現しているようにも見えた。
(二コラちゃん……。俺は、君を、楽しませられたかな……。
君の為に、必死で取り組めてたかな……)
答えが出るわけでもないその問いを、ガイアは心の中で、もう追憶の中にしか存在しない少女に問いかける。
だが、少女は何も答えない。
返事の無いただの独り言が、ガイアの中で何度も繰り返された。
「……ここに居たのね」
パチャパチャと小さな水たまりを歩く足音と共に、聞きなれた相方──アスナの声が聞こえた。
アスナはガイアの隣に立ち、静かな口調でガイアと話し始める。
「イーシス先輩から、全部聞いたわ」
「そっか……」
「あんたとあの人と、二コラって子の関係……。
そして、あんたがその子と交わした約束を果たせなかった事もね……」
「…………」
その言葉を最後に、暫しの沈黙が二人を包んだ。
そして、先に口を開いたのは、ガイアの方であった。
「……俺、必死に頑張ったよ。ニコラちゃんの為に、全力で……。
でも、無理だった……。そもそも、今回の依頼は、二人きりじゃ難しすぎたんだ……」
「……本当に、全力で取り組んだの?」
「ああ……、そりゃ、勿論出来る限りの事はしたよ!
でも──」
刹那、アスナがガイアの肩を掴み、ガイアの身体がアスナと正面から向き合う体勢に無理矢理引っ張られる。
そして、ガイアがそのまま続けて言おうとしていた言葉は、頬への衝撃と共に響いた一つの音によって遮られた。
ガイアは一瞬、何が起こったのか分からなかった。
だが、脳が一瞬遅れて状況を理解しても尚、アスナがどうして自分の頬に平手打ちを食らわせたのか、その理由が全く分からなかった。
すると、傘を落として困惑するまま地面に尻もちをついたガイアに対し、アスナが今までにない怒気を孕んだ声でこう言った。
「……笑わせないで」
「え……?」
アスナがガイアに告げたその言葉は、はっきりと怒気を含んでいた。
そして、アスナは困惑するガイアに対し、積もっていた鬱憤をぶちまけた。
「全力で取り組んだ、ですって……?
ほざくのも大概にしなさい!!」
そう言い放ったアスナの声は、いつになく真剣な物であり──だからこそ、心外だと言わんばかりにガイアは立ち上がり、反発した。
「何で、そう言えるんだよ……。
何で、そう言えるんだよ!!」
至極当然の疑問を、ガイアはアスナにぶつける。
しかし──
「なら、言ってやるわよ! あんた自身がそれを証明してるんじゃない!!
悔し涙一つ流せない程度の全力で、本当にそう言えるの!?」
アスナの至極全うな反論に何も言い返せず、ガイアは立ち尽くしてしまう。
だが、自分は最善を尽くすように努めたはずだという無駄な意地を無くす為に、そして自分自身が納得するために、ガイアはその理由を問わなければならなかった。
「なら……、教えてくれよ……。
俺は……、どうすれば良かったんだ……?」
それは、あまりにも弱々しい声であった。
それに対し、アスナは諭すように言葉を紡いでいく。
「あんたは、その二コラちゃんって子の為にって必死になって、メンバーを集めようとしたんでしょ?」
「ああ。必死に事情を説明して、同行してもらおうとしたよ。
でも……、イーシス先輩が指名されてるって分かった途端に、皆受けようとしてくれなくなったんだよ!」
「……確かに、その理由も分からなくは無いわ。
それに、そのニコラって子が危ない状態だったから、急がなきゃならなかったのも分かる。
けど、あんたは一つ、致命的なミスを犯してるわ」
「イーシス先輩が、嫌われてたって事か……?」
「違う。失念してたけど、あんたはきっとその時思い出してたはずよ。
あんたは、その後どうしたの?」
「どうって……。
無理だろうなって思ってたけど、やらないよりましかと思って、まだ当たってない人を──」
そこまで言って、ガイアは何かに気付いたように言葉を止めた。
自分が最善を尽くせていないことに、気付いてしまった。
──否、本当は既にどこかで気付いていたのかも知れない。
そうでもして納得しなければ、涙が流れなかった自分に対する怒りを鎮める方法が分からなかったのだろう。
「あんた、傭兵ギルドに行かなかったんじゃないの?」
「っ!!」
それは、アスナが言った言葉の通りの事実であった。
傭兵という仕事に就いている人間は、基本的に護衛をしながら、町を転々と移っていく。
そのため、町の傭兵ギルドに出入りする人間は、絶えず変化している。
つまり言い換えると、それは"イーシスの事を知らない人間"の方が圧倒的に多い、ということであった。
更に言えば、傭兵達は仕事に就く際、護衛のノウハウについて徹底的な研修を受けている。
それこそ、重篤患者の護衛についても例外では無い。
つまり、事情を説明しさえすれば、これ以上ない戦力になってくれただろうということは、想像に難くなかった。
しかし、あの時のガイアの頭に、そんなことに気付ける余裕は微塵も残っていなかったのだ。
「…………」
ガイアの頬を、つう、と一筋の水滴が落ちる。
それは涙なのか、雨なのか。どちらにしろ、雨に濡れた今の状態では判別出来ない。
しかしこの時、ガイアは確かに泣いていた。
彼女のために最善を尽くしたはずだと、心のどこかで生じた疑問を納得させてしまっていた自分が、悔しくて、悔しくて──。
(俺は……、何て……、初歩的なミスを……)
たった一つの些細な見落としが、一人の望みを叶えられないという結果になってしまった。
己の身体に叩きつける一つ一つの雨粒の衝撃が、まるで己を責める非難の声のようにさえ感じられる。
しかしその直後、ガイアの上に影が落ち、ガイアの身体には雨粒が掛からなくなる。
俯いていた顔を上げると、相合い傘の形でガイアを傘に入れているアスナの顔があった。
すると、アスナはポケットからハンカチを取り出し、ガイアの顔や頭を優しい手つきで拭きながら、ゆっくりと諭すようにこう言った。
「……私達人間は、万能じゃ無いわ。叶わない夢もあれば、助けられない命もある。
確かに、あんたは優しい。でも、その優しさ故に必死になってしまったせいで、重大なミスを犯してしまった。
例の野盗の時は、偶然運が良かったから生き延びられた。
……けど、全ての野盗がそうある訳じゃ無いわ。
使い方を履き違えた優しさは、時に視界を狭くしたり、かえって自分を苦しめる事になる。
でも……、最良の答えを見つけられるように反省して、同じ過ちを繰り返さないように努力することは出来る。
仲間と情報を共有して、意思を疎通するために、言葉がある」
そう言い終わると、いつの間にか溢れるのが止まっていたガイアの涙を拭き取り、真っ直ぐその目を見て問いかける。
「あんたは……、どうしたいの?」
かつて、ガイアがギルドマスターのアドルと初めて出会ったとき、彼はこの世界のことを散々こう言っていた。「クソッタレ」だと。
壁の外で働く冒険者という仕事に身を置いて失敗をした今、ガイアはその言葉の意味を痛感した。
僅かな油断や準備不足、そして自身の身体の状態の把握不足。それらは後になってからどう言おうと、ただの"言い訳"にしかならない。
しかし、世界というものは、そう言ったものを考えて手を緩めてくれる訳ではない。
己の弱さを自覚しようとしないままのしかかる責任から逃げ続けていても、それは後に理不尽な選択となって己に襲い掛かり、更にそれが現実として連綿と続いていくだけの結果に終わってしまうだろう。
それは、以前トーマスがアスナに零した"ガイアの優しさこそが危うい"という懸念そのものでもあった。
ならば、そんなクソッタレな世界で生きて行くにはどうすれば良いのか──答えは、自ずと導き出される。
(……強く、なりたい。
もう、こんな後悔をしなくてもいいように……、そうならないようにするために、強く……!)
こうして、二コラの死と正面から向き合うことで己の未熟さを痛感したガイアは、この日を境により一層の努力を重ねていく事となる。
ガーベラ:花の一種。開花時期は春先から秋の終わりまで。花言葉は「希望」と「前進」。
─キャラデータ─
◎二コラ
享年:13
種族:ホムス
ガイアが一度目の入院をした際に出会った、綺麗な銀髪を持つ病弱な少女。
母親のせいで心臓に先天性の不治の病を患っており、長くても15年しか生きられないと言われていた。
母親が育児放棄を認めたのを機に親が離婚し、その後数年間は父親のファルスによって育てられながら、世界各地を漫遊していた。
しかし、病弱な身体が災いして理想と現実の乖離をまざまざと見せ付けられているかのように感じるようになってしまい、その結果、次第に母親以上に父親の事を恨むようになっていった。
だが、それでも完全に恨みきれてはいなかったようで、事実"父が話していた秘密の花畑を見てみたい"という夢を持っていた。
その後、最も大きな発作が起きたのを機に、その夢を知っていた修道院の子供達がガイアとイーシスにニコラをその場所へ連れて行くよう依頼を出す。
しかし、それを叶えようとした二人の奮闘も虚しく、その場所を見ることもないまま息を引き取った。
だが、彼女の死は少なからずガイアの心境に影響を与え、彼がこの世界に呼ばれた意味を改めて認識させる出来事となった。
尚、入院生活が長かった事もあり、『魔法剣士ガイア』に登場する人物の中では一番、一日辺りの読書量が多かった人物である。
余談ではあるが、この出来事によって発見された件の花畑はこの後調査が行われ、安全が確認された結果、小さな休息小屋が設けられることとなる。
Next Chapter:「冬の夜明け」
To Be continued......




