序─VI(☆)
挿絵を入れている回にはタイトルナンバーの後ろに(☆)を付けております。
御了承下さい。
挿絵イラスト提供:苺さん
目の前の少女に槍を突き立てられ、男──ガイアは覚悟を決めざるを得なくなった。
少女はすぐさま頬を掠めた槍を引くと、一切の容赦なく次の一撃を繰り出す。
しかし、少女は逃走によって蓄積した疲労とコボルドから受けた傷が未だ癒えておらず、その槍捌きは先程の物よりも勢いが衰えていた。
ガイアは左腕の小盾を利用して槍の軌道を逸らしつつ、引かれる前にその柄を右手で捉えて握り締め、言い放つ。
「俺は怪しい者じゃありません! 話を聞いてもらえませんか!?」
「不審者は大体皆そう言うのよ!」
しかし、その少女の口から放たれた言葉に、ガイアはぐうの音も出なくなってしまう。
確かにその通りだと、思わざるを得なくなったからだ。
そして、今この場において不審者でしかないガイアに、少女が手を緩めることは無い。
少女は槍をぐるぐると回してガイアの手を振り解くと、バックステップで距離を取る。
同時に、これ以上の説得が不可能である事を悟ったガイアは、背中の剣の柄に右手を添える──が、抜き放つ事はしない。
少女は果敢に攻め続け、ガイアはなるべくその直撃を受けないように躱し、いなし、避け続ける。
しかし、躱し続けるだけでは少女は槍を引かないだろう。
そう判断したガイアは、一瞬の攻撃の合間を縫ってバックステップを行う。
だが、運の悪い事に、着地地点にはそれなりの大きさの石があった。
ガイアは足をその石に引っかけてしまい、バランスを崩して尻餅をついてしまう。
そして、そんな好機をみすみす逃す少女ではない。
全力で穿たれた槍が肉薄し、ガイアは本気で死を覚悟する。
だが、その槍がガイアに届くことは無かった。
何故なら、その覚悟に呼応するかのようにガイアの周囲に一瞬で"壁"が出現し、少女の穿った槍は鈍い音を立ててその壁に弾かれてしまったのだから。
そして、ガイアはその壁が加護「致死防壁」による物だと言うことを一瞬で理解すると同時に、あることに気が付く。
それは、ベズアーや先程の戦闘では夢中で気付かなかったが、"戦闘思考術"で思考が補助されている故に、冷静に考えられるだけの余裕があるという事実であった。
そこで、ガイアはこれまでの数度に渡る戦闘で自身が取った行動を思い出す。
そこから導き出されたのは、"戦闘中も魔法に意識を集中させ、発動することが出来ていた"と言うことであった。
その事を自覚したガイアは、即座に勝利の方程式を構築する。
そして、とある魔法を想像し、突然槍が弾かれて戸惑っている目の前の少女を対象にして発動する。
すると、無言のままのガイアの周囲に、この世界に来てから数度目の謎の文字列が出現。
その文字列は次々に地面へ埋まって行くと、その場所から何本もの蔓が飛び出し、それは瞬く間に少女の両手足と槍を束縛する。
ガイアはすかさず剣を鞘から抜き、それを少女の首元に添え、こう言った。
「……武器を引いて、話を聞いて頂けませんか?」
少女の目を真っ直ぐに見て、一言、それだけの望みを言う。
そして──
「……分かったわよ」
抵抗を諦めたのか、少女はその提案を承諾した。
その言葉を聞いたガイアは戦闘態勢を解き、剣を鞘に納刀してから魔法「蔓縛」を解除。蔓は光の粒子となって空気中に霧散し、少女は地面にへたり込んだ。
「お怪我はありませんか?」
ガイアはそう言って、縛から解き放たれて地面にへたり込んだ少女に手を差し伸べる。
「無いわよ。あんたのお陰でね」
だが、少女はそう言って独力で立ち上がり、槍を背中に背負い直す。
だがそこで、突如として少女の顔が苦痛に歪む。
先程のコボルドから受けた傷が痛んでいるのだろうと判断したガイアは、すかさず腰の道具袋を漁り、薬草を差し出す。
「今朝、森の中で採取した物です。使ってください」
ガイアは笑顔で優しくそう提案した。
しかし、少女はそれをすんなりとは受け取らなかった。
「後で請求しないでしょうね?」と未だ警戒していることを露わにし、手を出そうともしなかった。
だが──
「言いませんよ……。俺、この世界に来たばかりで、何分勝手が分からなくて……」
「"この世界"……?」
少女は、そのワードが気になったのだろう。
復唱し、疑問の視線をガイアに向けていた。
そこで、ガイアは少しずるいかなと思いつつも、その場で思い付いたある"取引"を持ちかけた。
「はい……。俺は、あなたの言う"野盗"や"不審者"の類の人間では無い……と言いたいのですが、それを証明できる物を持ち合わせていないのも事実です……。
なので……そうですね。この薬草を必要な分だけお渡ししますので、その代わりに話を聞いて頂けませんか?」
その旨すぎる交換条件に、少女は警戒していただろう。
しかし──
「……分かったわ、聞いてあげる」
コボルドから受けた傷が未だに痛んでいたのか、疲労が溜まっていたのか。
はたまた、そうしなければならないほどに回復アイテムを使い切っていたのかは定かではない。
だが、少女は全身に纏っていた琥珀色の光を霧散させ、渋々とは言えその提案を受け入れる態度を見せた事だけは確かである。
こうして、ガイアはどうにか話を聞いてくれる最初の人物と巡り会うことが出来たのであった。
「致死防壁」残り発動回数:5→4
─魔法データ─
◎蔓縛
地属性の初級支援魔法。
地面から飛び出した蔓で、対象の両手足と得物を束縛する。