4─IX
マグナとの邂逅を果たした、その翌日。
四人の名札の内に「ガイア」の表記があるその部屋では、医師の許可を受けたトーマスが、魔法の詠唱を行っていた。
『雷の精霊よ、我が呼び掛けに応えよ。
痛みを断ち、彼の者に安寧をもたらしたまえ。
"鎮痛"』
本来の詠唱文よりも若干の省略が行われた詠唱文がトーマスによって詠唱され、魔法が発動する。
身体の周囲に現れた魔術式がギプス越しの右腕と右脇腹に吸い込まれるように収束し、ガイアはその文字の発光と共に、感じていた継続的な痛みが緩和される感覚を覚える。
そして、発音が最も難しい雷の魔法言語の詠唱を終えたトーマスは、軽く溜め息をついて一拍置くと、こう言った。
「ったく、救出を自ら提案しといて、実力も分からねぇ新種相手に特攻なんて真似すんじゃねぇよ」
「あの時は……その、申し訳ありませんでした……」
助けたい気持ちが先走って軽率になってしまった自分の行動を振り返り、ガイアは身を起こして二人に謝罪する。
「……ったく。
今後は、無駄に心配掛けさせられる身にもなった上で考えてくれよ?」
そう言って、トーマスは後ろに控えていた人物へ、ちらと視線を移す。
ガイアのベッド脇にはトーマスの他、アスナも同席していた。
「ごめん、心配かけて」
「全くよ。でも、こうなった以上はなるべく早く治すように努めなさい。
あんたと組んでる私が一番困るんだから」
そうして一連の謝罪を終えたところで、ガイアは自分が戦闘不能に陥った後の出来事について尋ねる。
そこからガイアは、トレントの巨躯を利用して逃亡するという作戦を決行して成功した事や、あの二人組の野盗はこちら側に危害を加えるような真似をせず、撤退する時のどさくさに紛れて姿を消していたと言う事等を聞いた。
「確かに、お前の言うとおりだった。
全ての野盗がそうじゃない、ってな。
でも、それはあくまであいつらだけの話かも知れないし、逆に顔が割れている事を利用して、向こう側が悪意を持って接触してこないとも限らない。
……ようは、"内"と"外"の区別ぐらい付けろって事だ。分かったなら返事しろ」
「……はい」
トーマスの問いに、ガイアは若干の間を置いて答えた。
「何、自分を殺せって言ってるんじゃない。選択肢を誤るなってだけだ。
……後な、アスナからお前の装備品について話がある」
捕捉を加えたトーマスは、横に控えていたアスナに視線を移す。
アスナは荷物の中から『ガイア様』と宛名が書かれた一つの封筒を取り出すと、それをガイアの左の掌に渡し、こう言った。
「刃毀れしてたあんたの剣と変形してた右の籠手、修理に出しといたわ。
見積もり金額表と引換券が入ってるから、退院したら受け取りに行きなさいよ?」
それを聞いたガイアは、封筒の裏側を見る。
そこには、『バナード武具工房店主 バナード』という文字が、達筆で記されていた。
◇ ◇ ◇
それから暫く会話を交わした後、トーマス達はガイアの病室を後にした。
そして、一階の玄関へと向かいながら、トーマスは小さな声でアスナに話し掛ける。
「なぁ、どう思う?」
「何がですか?」
その声色からあまり良い話では無いと言うことを悟ったアスナは、あまり周囲に漏れないよう、トーマスと同じように小声で返す。
するとトーマスは、胸の内の懸念をアスナに話し始めた。
「ガイアの事だよ。
あいつ、警戒しろって俺が忠告した時の返事に答える前、妙な間があっただろ。
自分が同じような出自だからかどうかは分からねぇけど、優しすぎると思わねぇか?」
「そうですね……」
アスナはそう言って、ガイアが葛藤しているのであろう心の内を推測する。
魔物化した人間の殺害処分の義務について話した時、彼が発した第一声は「殺すしか無いのか」というものであった。
確かに、ガイアは優しい。
その心を、トーマスもまた理解していた。
だが、それは同時に、一種の不安も生み出していた。
「確かに私も、ちょっと優しすぎると思います」
そう言って、アスナはトーマスに賛同する。
別に、アスナは優しいこと自体が悪いとは思っていない。
しかし、一定の程度を越えた優しさは、冒険者という仕事には向いていない。
優しさは時には人を救うが、時にはその人自身を苦しめることにもなりかねないのだ。
そうして言葉を続けながら、アスナは初めてガイアと出会った時の事を思い出す。
あの時、ガイアは槍を向けられたにも関わらず、アスナに怪我を負わせるような真似はしなかった。
しかしそれは、加護のお陰で意表を突ける状態だったからこそ取れた選択肢であり、今回の件とはそれが決定的に違っている。
だが、そのような状態であるにも関わらず、今回ガイアはトレントに挑みかかった。
しかし、その結果として、今回の事態を引き起こす結果となってしまった。
そしてもう一つアスナの脳裏にあるのは、ガイアとの訓練の光景。
それと今回の一件には、一つの共通点があった。
「それに……、ガイアは少し、詰めが甘いです」
正直に言えば、アスナはそれを言うべきか迷っていた。
しかし、その要素は冒険者という仕事において、最も避けてはならない課題であり、組んだ事で距離が縮まったからこそ分かった事でもあった。
そして当然ながら、その言葉を聞いたトーマスは憮然として溜め息を吐く。
「危ないな……。それも、かなり」
トーマスが零したその言葉に、アスナは俯いたまま何も言わなかった。
(あいつの優しさや熱意が、裏目に出なきゃ良いんだが……)
そして、この時のトーマスの懸念は現実となるのだが、それはまだもう少し先の話である。
憮然とした:失望・落胆してどうすることもできないでいるさま。
意外なことに驚き、呆れているさま。
「腹を立てている様子」という使い方は誤用。
─魔法データ─
◎鎮痛
雷属性の中級治癒魔法。
一定時間対象者の痛覚を麻痺させ、痛みをある程度緩和させる。
大きな衝撃を受けると、強制的に解除されてしまう。




