4─II
朝のトレーニングが終了し、シャワーも浴び終えた二人は、本日の朝食担当であるアスナが用意した食事を平らげて行く。
空きっ腹に白飯、納豆、焼き鮭、そして味噌汁をかっ込んで行く。
それはそれは文句のつけようが無いほどに理想的な、"和"の朝食であった。
今でこそ何も言わずにありついているガイアではあるが、当然それを初めて出された時は、思わず感嘆の声を上げた事もある。
そして、制作者のアスナ曰く──
「ああ、ブージン料理? この世界の極西の国、島国ブージン発祥の料理よ。
師匠のチームメイトのレンカさんって人が居るんだけど、その人の一家がブージン王国出身なのよ」
との事であった。
尚、そのレンカという人物、現在はもう一人のチームメイトと共に遠征任務へ出ているため、戻ってくるのは冬になるということもアスナは付け加えていた。
……しかし、その時のガイアが和食に心躍っていたせいで半分聞いていなかった事は、最早言うまでも無い。
話を戻そう。
そんな朝食を完食した後は、本日の食洗担当であるトーマスが洗い場に立ち、ガイア達はそれぞれ歯磨きや新聞等、各々好きな行動に移る。
そして、その朝の行動も一段落した頃、玄関から甲高い呼び鈴の音が鳴り響いた。
食器を洗っていたトーマスは歯磨きの最中であった為、最も玄関に近い場所に立っていたアスナが玄関へと向かう。
そして、アスナは玄関の覗き穴から来客の正体を確認すると、解錠と共に玄関の扉を開ける。
そこには、少しぽっちゃりした体型の五十代ぐらいの女性──即ち、ガイア達が暮らしているこの家の大家が立っていたのである。
アスナの一報を受けたガイア、トーマス、ミラの三人は、素早く自室に戻って家賃を入れた封筒を取り出し、再び玄関へと舞い戻る。
そして、アスナは自分の封筒だけではなく、現在依頼に出ているシュウとフェズから預かった二つの封筒も忘れずに手渡す。
その中身を確認した大家は、暫しリビングで紅茶を片手に四人と談笑した後、満足した表情でシェアハウスから立ち去って行った。
「……ところで、家賃って何に使われてんの?」
喧騒が去った後、ガイアはこっそりとアスナにそう尋ねた。
何故なら、この世界にはまず大前提として家電という物が無い為、そもそも光熱費という概念が無い。
また、魔力で生成した水を元の魔力に戻す機構や排水管、下水道等はあるが、水を各家庭に配る"配水管"が無い為、その分の水道料金はかからない。
では、何に使われているのかと言うと──
「まず、ある程度の備え付けの飲料と食料に、この家の維持費でしょ? それから、家具やそれに使われてる魔法石の劣化した分の交換費と、下水処理費。そしてトレーニングルームや用具の利用・維持費と、部屋代。
ま、そんなところかしらね」
以上であった。
◇ ◇ ◇
それから数時間経過し、時刻はお昼前。
外は冷たい雨が降り始め、一同は思い思いの時間を過ごしている。
トーマスは自室で読書。ミラは雨の日限定のメニューを食べるため、傘を用意して牛丼屋へと向かった。
そして、ガイアとアスナは──
「「はっ!!」」
修道院の地下に設けられた運動室で二人の声が重なり、ひのきの槍棒と緩衝材を付けた足がぶつかり合う。
アスナは槍棒を用いて。ガイアは武器を使わず体術のみでそれぞれ渡り合っていた。
何故ガイアが得物を持っていないのかと問われれば、今回は「武器を相手に落とされた」ということを想定した上での戦闘訓練であるからに他ならない。
アスナは槍棒を回し、柄を素早くガイアの踵側へと回り込ませると、ガイアのバランスを崩させる為に床の方へと力を入れる。
しかし、ガイアもそれを予測していない訳ではない。
自らその足を床の方へと移動させつつ引き払って素早く屈むと、一気に床を蹴ってアスナ目掛けて突進する。
そして、槍の弱点である「内側の間合い」へと入りこんだガイアは、槍棒の取っ手を掴んで手前へと引きつつ、アスナの顔面に緩衝材越しの頭突きをお見舞いしようと試みる。
「くっ!?」
しかし、アスナもそれを黙って受ける訳ではない。
得物を掴む手を緩めて攻撃を食らう直前にバックステップを取り、受ける衝撃を可能な限り軽くする。
そして、手を緩めても添えたまま決して手放さなかった柄──その末端を再び両手で強く掴んだアスナは、その柄を手前下側の方向へと思いっきり引き込む。
ガイアは戦闘思考術で何が起きたのか分かっていたが、身体の反応がその思考に追いつかない。
ガイアは地面へと盛大に転んでしまい、咄嗟に起き上がる。
しかし、ガイアが顔を上げるのと同時に、その眼前に赤い塗料──槍の先端に当たる部分が突き付けられる。
「……大分良くなってきたけど、詰めが甘かったわね。魔闘衣を使われてたら危なかったと思うわ」
そう言って、アスナは自身の魔闘衣を解除し、武器を引いた。
緊張の糸が切れたからか、二人の身体から一気に汗が噴き出す。
水筒に用意された、水に砂糖、塩、レモン果汁やハチミツを加えたもの──俗に言うスポーツドリンクを飲み干して、インナーの首元をパタパタさせながらアスナは言う。
「沢山汗かいちゃったし、一旦帰ってシャワー浴びない?」
「賛成。んで、昼は何食べる?」
「そうねぇ……」
緩衝材を外しながら、ガイアも一緒になって思案する。
ガイアとアスナがコンビを組んで、早一ヶ月。アイドルにも匹敵しかねない容姿を持つアスナが男とコンビを組んだという噂は、瞬く間にギルドの冒険者達の間に広まった。
そして勿論、その中にはよからぬ間柄なのではないかと詮索する輩──即ち、アスナに好意を寄せつつも、高根の花故に告白する勇気を持てなかった奴等も居た訳である。
しかし、そう考えて探りを入れた者は、ただひたすらに汗が飛び交う「修行仲間」としての関係以上でなかった現実を思い知らされるだけであった。
そして、その二人のストイックさは冒険者ギルドで少しずつ評判になりつつあったのだが、そんなことを本人たちが知る由もない。
そんな探りを入れられた為、二人はたった今聞こえてきた運動室の扉をノックする音に対し、こう言った。
「あら? また見学希望者かしら?」
「久しぶりだな。誰だろ?」
そう言ってガイアが覗き穴を見ると、そこに立っていたのは非常に見慣れた金髪の虎耳ビーストであった。
扉を開け、ガイアはシュウにこう言った。
「先輩、帰ってたんですか」
「ああ、ついさっきな。そんで、丁度お前を探してたんだ」
そう言いつつ、シュウはガイアに一枚の用紙を手渡す。
雨で少し濡れてしまった跡があったが、それは確かに冒険者ギルドの依頼書であった。
そして、ガイアはその依頼の討伐対象の欄を見て、思わず笑顔になる。
「依頼が出てたのを偶然見かけてな。そいつの討伐依頼、探してたんだろ?」
「はい! ありがとうございます!!」
そう言ってガイアが頭を下げると、シュウは運動室前から去って行った。
アスナは疑問に思ったのか。何を渡されたのかと質問する。
ガイアが手渡された依頼書。その討伐対象の項目に書かれていたのは──。




