3─XIII
魔力体術の感覚を掴むために「静止状態での全身への魔力維持」を行うことになったガイアは、胡坐の状態から左ももの上に右足を乗せるように動いた。
つまり、坐禅の形に座り直したのである。
そして、ガイアは両手をへその下あたりに持って行くと、そのまま右手を下に、左手を上にして重ね、親指を合わせて卵の形を作り出す。
法界定印という、坐禅における手の組み方の一つである。
そして、ガイアは背筋を伸ばして深呼吸を行い、肩から力を抜く。
すると、その一連の動作を見ていたアスナが、困惑したような様子でこう言った。
「えっ……、え、ちょっと、その座り方は何……?」
「ん? いや、動かずに集中するならこれかなって思ったんだけど……、もしかして間違ってた?」
アスナのその声に、ガイアは「自分のやり方が適切ではなかったのだろうか」と言う一抹の不安を覚える。
しかし、アスナの答えは意外なものであった。
「いや、初めて見る座り方なんだけど……。それ、胡坐とは違うの?」
「え、坐禅なんだけど、もしかしてこの世界には無い?」
ガイアのその問いに、アスナは黙ったまま頷いた。
そして、ガイアもまた、その事に気付く。
そもそも坐禅は、仏教における精神統一の方法である。
そして、六霊神しか神が居ないこの異世界において、仏教が存在しているはずもない。
しかし、ガイアはその事がすっかり頭から抜けてしまっていた。
何故なら、「この世界には正座も胡坐も存在していたのだから、胡坐に酷似した座り方である坐禅も当然あるだろう」と無意識に思い込んでいたから、という事に他ならない。
その事に気付いたガイアは、改めてアスナに説明する。
自分が元居た世界には多種多様な神様の教え──"宗教"があり、その中でも自分が暮らしていた日本という国に、一番古くから根付いている宗教での精神統一の方法であるということを。
「……成る程ね。
とりあえず、あんたが加護抜きで集中できるのなら、何でもいいわ」
アスナの理解を取り付け、ガイアはもう一度深呼吸する。
目を閉じ、視界が闇に覆われる。
地面や空気、そして自身に渦巻く魔力。
ガイアは静かに呼吸を繰り返しながら、自身の身体の内側の魔力だけに意識を集中させる。
その魔力を感じる源から、ガイアはスキルを使う時のように魔力を掬い出す。
そして、次はその掬った魔力を身体全体へと行き渡らせなければならない。
それはさながら、片手に持ったトレイの上に乗せた皿に注がれる液体ソースが零れないようにバランスを取るような、そんな感覚。
だが今回、それを受け止める皿は大きく、縁は深い。
基礎の基礎が全身であったのはこの為かと、ガイアは後にそう思ったという。
そして、ガイアは魔力が漏れ出さないように全身へと魔力を行き渡らせたところで、アスナの声が耳に届いた。
「オッケー、いい感じ。
次は、その状態を一分間維持してみて」
アスナの指示に従い、ガイアはその状態を維持するように意識を集中させる。
無論、目は閉じたままである。
皿からソースが漏れないよう、慎重にバランスを取る。
そして、あっという間に一分が経過する。
「はい、解除していいわよ」
「すぅ……、ふうぅぅぅぅ……」
深く吸って、ゆっくりと息を吐きながら、ガイアは全身をリラックスさせる。
それと同時に、全身に行き渡らせていた魔力の感覚も消失した。
目を開けたガイアは、目の前で観察を続けていたアスナに結果を問いかける。
「どうだった?」
「バッチリ、上出来よ。
じゃあ、次は三分維持してみて。ラスト一分を切ったら合図するから、そこからは目を開けた状態でやってみて頂戴」
「分かった、やってみるよ」
アスナの指示に従い、ガイアは再び先程と同じように魔力を行き渡らせ、そして維持に努める。
そして、先程の一分のお陰で幾何か感覚を掴めたからか、目を閉じた状態での維持はそれほど難しくはなくなっていた。
そして、二分が経過する。
「はい、目を開けて」
アスナの声と共に、ガイアはゆっくりと目を開く。
そうしてまず視界に映るのは、法界定印を組んだ自分の両手と、胡坐を組んだ下半身。
そして、その全身を、琥珀色の光が薄らと包み込んでいた。
「心を乱さないで、まだ維持に集中して」
横から飛んできたアスナの忠告に、ガイアは乱れかけた集中を直ちに矯正する。
そして、何かが起こる訳でもなく、無事に三分が経過する。
すると、今度はアスナがこう言った。
「その全身に行き渡らせた魔力を放出せず、筋肉に吸収させる感じで。
その後は、いつものスキル発動と同じような感覚でやってみて」
今度は目を開いたまま、素早く全身に魔力を行き渡らせ、再び全身がぼんやりと魔力に包まれる。
そして──
「……はぁっ!!」
全身の内側から自信を包んでいる魔力を吸収するように意識を集中させ、ガイアはスキルを発動する時と同じ感覚で、渇を入れるように腹の底から声を出す。
すると、ガイアを包んでいた魔力がガイアの全身の皮膚に吸われるように消えていき──
「ッ!?」
次の瞬間、琥珀色に漲る"気"が、ガイアの全身から燃え上がるようにその身体を包み込んだ。
自分でも、分かる。
いつもよりも脳から筋肉への伝達率が上がり、全身に力が通っているような感覚が、ガイアの全身に満ち溢れていた。
「感覚を覚えて、その状態を持続させて!
職業で覚えるスキルなら装備品がその状態を補助してくれるけど、魔力体術のスキルにそんな甘えは効かないから!」
アスナの早口な指示を受けつつ、ガイアは自身を纏う気を維持するように意識を働かせる。
しかし、その状態を持続させることは、ガイアの予想していた以上に難しい事であった。
その難しさを例えるとすれば、まるで容器の内側から溢れ出て来る大量の水をせき止める為に、無理やり蓋をするような感覚。
静止状態ですら、そんな難しさなのである。
そして、絶え間なく体外へ出ていこうとする抵抗力に耐えかねたのか、ガイアの脳裏に一瞬「諦める」という考えが浮かぶ。
だが、こんな所で諦めていては、強くなるなど夢のまた夢である。
即座にその選択肢を放棄したガイアは、精神をすり減らしながら現状維持に努めた。
そして──
「はい、解除して良いわよ」
「──はっ!
はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ!」
アスナの声と共に、ガイアの身体から発せられていた琥珀色の気が霧散する。
ガイアの額には汗がびっしりと浮かび、その顔には明らかに疲労の色が見え始めていた。
「凄かったわよ。初めてやるとは思えないくらい」
アスナのその声と共に、目の前にタオルが差し出される。
ガイアはそれを手にとって汗を拭うと、「ありがとう」と言って言葉を続ける。
「そんなに、凄かったのか……?」
「ええ。普通なら、二番目の三分持続の段階辺りが限界よ」
「そっか……。坐禅様様だな……」
そう言うと、ガイアはそのまま上半身を後方へと預け、床に両腕を広げて仰向けに身体を放り出す。
そして、ガイアが充分な休憩を取った辺りで、アスナが解説を行う。
「さっきの状態が、魔力体術の最も基礎となるスキル"魔闘衣"よ。
全ての身体能力が、少しずつ強化されるの。
一応、私があんたと初めて出会った時にも使ってるわ。
……ま、あの時はボロボロだったし、結果はあんたが知ってる通りだけどね」
そんなアスナの言葉と共に、ガイアはアスナと戦った時の光景を思い出す。
その時、アスナは確かに先程の自分と同様、全身に薄らと琥珀色の光を纏っていた。
しかし、もし仮にあの時のアスナが疲労状態で無かったとしたら、致死防壁の加護も一回では済まなかっただろう。
先程一対三で負けた光景が頭に浮かび、ガイアは思わず冷や汗が流れた。
それくらい、魔力体術は馬鹿にできないのだ。
「まぁ、魔力体術は長い時間を掛けて磨いていく物だから、そんなに焦らなくていいわよ。
当分の目標は、静止状態で自然に魔闘衣を維持できるようにする事ね」
そう言うと、アスナはガイアの手を引いて身体を起こす。
「さぁ、繰り返して慣れるようにしましょ?」
そう言われたガイアは再びその身に魔闘衣を纏わせ、状態を維持するように精神をすり減らして行くのだった。
─スキルデータ─
◎魔闘衣
魔力体術による汎用スキルで、全ての魔力体術における基本中の基本。
普段三割程度しか機能していない人間の筋肉の稼働率を引き上げ、反射神経等を含めた全ての身体能力を強化する。
また、強化による能力の上昇幅は、本人が発動時に消費した魔力の量に依存する形で比例する。
ただし、高い倍率で使おうとするほどコントロールが難しくなるため、年月を掛けて修練を積む必要がある。
尚、あくまでも使用者の筋肉稼働率を引き上げる技であるため、3倍の強化が最大限界となる。




