3─XII
正式に手を組む事にしたガイアとアスナは、ギルドで昼食を摂って一旦帰宅した後、再び修道院を訪れていた。
しかし、そこには子供達も修道士も修道女も居らず、居るのは正真正銘、ガイアとアスナの二人のみである。
では、二人が居るその場所はどこなのか──あえて付け加えておくとすれば、そこが男女がより親密になるための、所謂"夜の行為"に及ぶための場所ではないということだけは確かである。
第一、戦闘服であるインナーを服の下に着込んでくる時点で、その可能性は無いに等しい。
ニスが塗られた板張りの空間に、アスナがその魔力を以て灯りを灯す。
たっぷりと一時間分の魔力が溜まるまで魔力を注いだアスナは、扉の外で控えていたガイアに、その板張りの空間に入るように促す。
そこは、修道院の子供たちが雨天時に遊ぶ為。また、冒険者や傭兵としての自主練を行う為に作られた空間──即ち、運動室であった。
何故、二人がここを訪れたのか。
その答えは、至って単純である。
「じゃあ、構えて。
ルールは、格闘術、及び魔力体術のみの時間無制限。先に三本取った方が勝ち。目潰しや急所等の危険な攻撃は反則行為と見なし、相手の一本となる。
それでいいわね?」
「ああ、頼む」
ガイアの了承を合図に、二人は対人格闘の構えを取る。
そして──
「……"魔闘衣"」
アスナが静かに呟くのと同時に、さながら穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた伝説の戦士のように、その全身から琥珀色の光が漲り始める。
そして、二人の戦いの火蓋は、一瞬にして切られた──。
◇ ◇ ◇
「……勝負ありね」
「ま……、参りました……」
取っ組み合いの結果は、一対三でガイアの敗北に終わった。
アスナは息を吐き、纏っていた琥珀色の気を霧散させながらガイアを開放すると、こう言った。
「これが、"魔力体術"。上位職の身体能力にも負けてないでしょ?」
「うん……。身をもって思い知らされたよ」
二人はそんなことを言い合いながら、壁面にある黒板の前へと移動した。
そして、ガイアは床に胡坐をかき、アスナはチョークを持って黒板の前に立つ。
「じゃあ、"魔力体術"について、基本から説明するわね」
「アスナ先生、よろしくお願いします」
「ん、素直でよろしい。それでは授業を始めます」
そんな軽いやり取りが交わされ、アスナは黒板にチョークを使って図を用意しながら、解説を開始した。
ちなみに今回の事の発端は、昼食の最中に交わされた会話の中で、ガイアが"魔力体術"なるものを一切知らないという事が判明した事に他ならない。
魔力体術──それは、この異世界で戦う事を生業とする人間にとって、"職業"と同等のレベルで生き抜くために必要になる要素である。
しかし、それは普通のスキルと似ているようで、実は結構異なっている。
スキルの発動であれば、人間はそれを発動する時、"僅かな時間だけ"魔力を所定の部位や得物に注いでおけば良い。
一方魔力体術は、その魔力を全身や各部位に長時間、それも継続的に宿した状態を維持させる。
そうすることによって基礎身体能力を底上げしたり、どの職業でも関係なく使える"汎用スキル"を扱えるようになったりするのだ。
しかし、逆に魔力体術の熟練を重ねなければ最高ランクの"SSS"を目指すなど、夢のまた夢に他ならないのだ。
それがたとえ、上位職での身体能力補正を考慮したとしても、である。
そう言った説明をひとしきり終えた辺りで、アスナはバスケットの中からリンゴを取り出し、それを右手で掴んだままこう言った。
「私の今の握力は、大体六十前半って所ね。これを握り潰すには、あと一歩足りないわ」
こんな可愛い異性が握力六十キロを超えていることに内心軽く驚くガイアだが、逆に納得もしていた。
なにせ、ガイアはこの異世界に転生して既に一ヶ月以上を過ごしている。
その間、依頼に同行した回数が最も多いのは、協力者であるアスナである。
それは即ち、戦闘中の身のこなしを目にする機会も多くなる訳であり、その事実がガイアを納得させるに至っていたのだ。
そして、アスナは「でも」と言葉を続け──
「魔力体術を使えば……」
そう言った直後、琥珀色の光──白の魔力が、アスナの右腕を包み込む。
そして──
「グシャッ」
魔力を定着させるまでの僅かな間を置いて、アスナが握っていたリンゴはその音と共に、文字通り"握り潰された"。
そして、アスナの右腕を包んでいた魔力が霧散し、右腕は通常の状態に戻る。
「筋肉に魔力を宿した状態を維持し、身体能力を向上させる……。
それが、魔力体術の基本よ。特定の部位だけを強化する場合、慣れない内は神経をすり減らすことになると思うけど、その基礎までこなせない内は、魔力体術の殆どのスキルは使えないと思っておきなさい」
その説明と目の前で起きた光景に、ガイアはごくりと唾を飲む。
一時的とは言え、アスナの握力は少なくとも七十キロを超えていた計算になるのだから、そうなるのも無理はない。
ガイアは、改めてアスナの身体を見る。
リンゴを握り潰したその腕には、当然無駄な肉など付いていない。
それどころか、その全身は無駄なく不格好にならないように引き締まっており、モデルと言われても差し支えないレベルの物であった。
しかし、そんな程度は冒険者や傭兵であれば当然の嗜みであり、術式使い系の職業でも例外は無い。
しかし、目の前の意中の異性が実際にそれを行ったという事実は、やはりガイアにとっては大きなものがあったのだろう。
そして、床に用意された容器に落ちたリンゴをつまみながら、アスナは言った。
「じゃあ、早速基礎の基礎からやりましょう。
最初は、"目を閉じた静止状態での全身の魔力維持"からね」
「ああ、分かった」
こうして、この日からアスナ指導による、秘密の魔力体術訓練が始まる事になったのであった。
戦いの火蓋:しょっちゅう「切って落とされ」ているが、正しくは「切られる」だけの物である。




