2─VIII
今回のお話は、前半部分にて「G」の要素を含んでおります。
苦手な方はご注意下さい。
しんと静まり返った、静寂の空間。
その一室で、ガイアは丸めた新聞紙を得物として携え、周囲の気配に耳を澄ませる。
小物やぬいぐるみなどから女の子らしさが溢れるこの部屋の主──ミラは廊下に立ち、僅かに開けた扉の間から部屋の様子を覗っている。
戦いは、何時始まってもおかしくはなかった。
(さぁ……、黒光りの助出ておいで……っと)
そして、遂にその時が訪れる。
──カサカサ……、カサカサカサカサ……。
カーテンと壁の間から姿を現したソレは、最早言葉に表すのもおぞましい。
だが、前世でも同じように退治し続けたガイアには、ソレに対する恐怖心など微塵もない。
更に言えば、「闘志」の加護がガイアの恐怖心を抑制しているのだから、最早それは当然と言うべきだろう。
得物を構えたガイアは、殺気と気配を殺した上で、壁を這うGへと近付いて行く。
そして──、攻撃圏内にGを捉えた所で、一閃。
「パァン!」という快音が部屋に響き、新聞紙と壁の間からは「グチャッ」という潰音。
ガイアはそのまま丸めた新聞紙を壁一面に広げ、Gを潰したその一箇所へと纏めて行く。
そうして壁からGのモノを全て拭い取ったガイアは、Gを潰して拭った箇所が球体の中心に来るようにそれを丸め、扉の方に向かってこう言った。
「先輩、終わりましたよ」
その言葉から数秒遅れて、扉がゆっくりと開かれる。
先程まで恐怖で怯えていたその顔は、心なしか少し和らいでいる。
「えと……、ほ、本当に……?」
しかし、ガイアの身体が影になって肝心のGが見えなかったせいか、本当にやっつけたのかと疑問に思ったのだろう。
ミラは、半信半疑といった様子でそう尋ねた。
「……これ、開けた方が良いですか?」
その言葉を受けたガイアは、討伐した事を証明するため、ゆっくりと丸めた新聞紙を広げようとする。
「……!? いえいいです! 開けなくていいです! と言うか絶対に開けないで下さい!!」
しかし、その言葉と行動の意味を理解したミラの返答は素早かった。
潰れてぐちゃぐちゃになったGの死体など、おぞましくてたまったものではない。そして、それはガイアも同じである。
「ありがとうございます。でもこれ、処理はどうしましょうか?」
「まっ、窓を開けますから、放り投げて下さい!
私の杖で撃ち抜きますので!!」
ミラはそう言うと部屋の窓を開け放ち、部屋の隅に立て掛けてあった杖の細い先端部分を、窓枠から外へと出す。
そして、殴打部分と支えに手を添え、鉄砲を持つような構えを取った。
その行動から、ガイアはミラがやらんとしていることを理解する。
ガイアは秒読みを行い、0のカウントと共に空中へと丸めた新聞紙を放り投げる。
綺麗な放物線を描くソレは、すぐにミラの杖の射線上に捉えられる。
すると、ミラが杖の殴打部分から魔力を一気に注ぎ、細い先端の部分に「火球」が生成され──その直後、丸めた新聞紙は全て灰燼と化していたのだった。
◇ ◇ ◇
それから時間が経ち、時刻は12時を回った頃。
「こ……、ここ……、です……」
ミラはそう言って、目の前に佇む店舗を指差し、ガイアの方へと目を向ける。
「……………………」
しかし、ガイアはそのあまりにも予想外だった店の佇まいに対し、完全に言葉を失っていた。
何故なら、出入口の上に掲げられた看板には、「牛」「丼」の二文字。
そして、出入口の脇には、如何にも旨そうなメニューが羅列された看板。
中にいる客が貪り食っているのは、牛肉とタマネギのコントラストが映える丼料理。
つまり──ミラがオススメした「美味しいお昼ご飯を食べられるお店」とは、どこからどう見てもあからさまに牛丼屋だったのである。
「こんな先輩で……、ごめんなさい……」
すると、素直に牛丼屋を勧めてしまった事に対する申し訳なさと、お洒落なお店を知らなかったことに対する自己嫌悪からか、一気に表情を暗くさせるミラ。
しかし、ガイアはむしろホッとしたような様子でこう言った。
「いえ、むしろ敷居が高そうなお店とかじゃなくて安心しました。
それに、先輩が一番好きなお店なんですから、もっと自信を持って下さい」
「ガイアさん……」
焦げ茶色の長髪で、前髪で両目が隠れたリスのビーストであるその女性は、その言葉を受けて瞳に輝きを取り戻す。
そしてその二人の距離は、Gを退治した事によって出来た信頼からか、友人同士だろうと仮定して見ても差し支えないものになっていた。
「……ありがとうございます。
じゃあ……、入りましょう」
その言葉と共に、カランカランと来客を知らせる音が鳴る扉を開けるミラ。
そして、店員の威勢の良い声で店に迎え入れられたガイアは、前もって打ち合わせしていた通りミラの指示に従い、その目的の席へと向かう。
そこは、外から人目に付きにくい所にあるカウンター席。ミラが一番端に座り、ガイアがその隣に座ることで、ミラの姿は店の外からは目視できなくなる。
(そういや、最後に吉松屋で食ったのって何時だったっけ……)
そんな事を考えながら、着席するなりぱらぱらとメニューをめくるガイア。
だが、既に食べる物については決まっていた。
「……ガイアさん、決まりましたか?」
「ええ、今日は牛丼並ですね。とりあえず何かかっ込みたいです。
……あ、Cセット良いかも」
「ガイアさん、決まったならすぐ注文出来ますよね?」
ミラのその言葉に対し、異論などあるはずがなかった。
すると、お手拭きと水の入ったコップを持った店員が店の奥から現れ、二人の席にカウンターの内側から話し掛ける。
「あ、注文いいですか?」
ガイアがそう言うと、店員はすぐに注文票と鉛筆を取り出してみせた。
「牛丼並、Cセットで」
「はい! 並C頂きましたー!」
「並Cかしこまりましたー!」
店員が店の奥に向けてコールを発すると、すかさず厨房から威勢の良い復唱が返される。
そして、注文を終えたガイアがお手拭きで手を拭こうとした、その時。
「牛丼大、炙り大肉三枚ねぎだく汁ちょいでお願いします」
「はい! 炙り大肉三枚ねぎだく汁ちょい大一丁頂きましたー!」
「炙り大肉三枚ねぎだく汁ちょい大一丁かしこまりましたー!」
(…………ん? ……んんっ!?)
自身の隣から聞こえた、コールがやたらと長く、尚且つコアな注文内容に、ガイアは思わず耳を疑ってしまう。
ギギギギギ、という擬音が似合いそうな動きで首を右に向けるも、そこはカウンターの一番端の席。
先程の注文がミラの物であると言うことを理解するまでの間、ガイアが呆然としっぱなしだったのは、最早言うまでもない。
G:地球内最恐生命体の略称。どうやらこの異世界でも嫌われ者のようだ。
灰燼:灰や燃え殻。燃えて跡形もない事。
コール:トッピングを選ぶ時に店員に告げる略語。忙しい店主に手早く正確に伝えるために日々進化しているが、素人には何かの呪文にしか聞こえない。
─用語データ─
◎杖
武器の一種。敵を殴打して戦う打撃武器。
武器種専用のスキルを覚えられる職業は無いが、内部には魔法石と魔術式が組み込まれており、魔力を注ぐだけで魔法が発動する機構が組み込まれている。
ただし、組み込める魔法は中級が限界である為、過信は禁物。




