1─V
多くの人に見送られつつ、ジーノと二人の若き冒険者の葬儀は終わりを迎えた。
若い二人の冒険者の墓石は、墓地に。修道院長であった英雄の墓石は、修道院の一角に設けられる事となった。
アスナはと言うと、式場の一角で泣きじゃくる修道院の子供達の様子を見かね、相手をしてくると言ってガイアの隣を去って行った。
もう大丈夫だろうと確信したガイアは、静かに式場を後にしようとしたところで──呼び止められた。
「そこの黒髪ツンツン頭、待ちな」
ガイアはそれが自分の事かと判断し、足を止めてその声が聞こえた方向へと顔を向ける。
そして、誰もがその美貌に思わず二度見してしまう事だろう。
腰まで届くポニーテールは、雪のような美しい色合いの白髪であり、思わず目を奪われる。
身長は、172センチあるガイアと同等か少し低いぐらいで、すらりとした身体でありながらその二つの桃はたわわに実り、腰は装着されたコルセットも手伝ってか、キュッと引き締まって程よくくびれている。
そして、そんな「ボンッ、キュッ、ボーン!」でありながら健康的に引き締まっている抜群のプロポーションが二十代半ばぐらいの端正に整った顔の下にくっついているのだから、「絶世の美女」という言葉がこれほど似合う女性はそうそう居ないだろう。
そんなこんなで、ガイアの思考が「おっ・ぱい! おっ・ぱい!」な変態共で編隊を組みそうになった、その時。
「……アンタ、何じろじろ人の胸見てんだい?
いい歳してるんだから、いい加減卒業しな。みすぼらしく見えるよ」
──目の前の女性は、呆れた様子でそう言った。
そして当然ながら、予想もしていなかった言葉を貰ったガイアは困惑してしまう。
「え……?
あっ……え、あ……し、失礼しました……?」
「いやらしい」や「変態」ならまら分かる。だが、「みすぼらしい」とは一体どういうことなのだろうかという疑問がガイアの中に生まれる。
そもそも、何故胸に魅かれるのかということについては、転生前の現代世界では既に証明がなされている。
本来人間は、しっかりとお乳を吸って育っていれば、本能的に胸に魅力を感じなくなる生き物なのである。
しかしながら、ガイアこと差光大地は、世界平均のおよそ三分の一──平均離乳年齢僅か"1.5歳"の"日本"と言う国で生まれ育ったため、自然と目はその桃のような乳へと吸い寄せられてしまっていたのだ。
故に、この異世界に生きる人間にとって女性の胸を凝視することは「成人するまでの間に矯正しておくべきみすぼらしい行為」と認識されていたのだが、この時のガイアがそんな事を知る由など無かったのは言うまでもない。
女性はゴホンと咳払いを行って微妙な空気を仕切り直し、こう言った。
「うちの人……ジーノの最期を看取ったってのは、アンタかい?」
その言葉に、ガイアが思わず「ぱーどぅん?」となったのも、致し方ない事だろう。
だが、その言い方や喋り方にこそ妙な引っ掛かりを覚えこそしたものの、「ジーノ=父親」であろうと結び付けたガイアは、落ち着いて挨拶を交わす。
「はい……、そうです。あ、俺、ガイアと言います」
「ああ、やっぱりアンタだったのかい。
私はアストリッド。アドルから、アンタについては聞いてるよ」
「そうでしたか……。その……、お父様の最期については……」
ガイアはただ、普通にお悔やみの言葉を言おうとした。
だが──
「"お父様"……?」
アストリッドと名乗ったその女性がそう言って首を傾げた光景に、ガイアは思わず絶句する。
そうして暫く固まっていると、アストリッドは得心がいったように、こう言った。
「……ああ、成る程、済まないね。アンタみたいな誤解をしてくれる輩が久しぶりで、すっかり忘れてたよ。
ジーノは、私の夫なんだ」
そのあっけらかんとした答えをガイアの脳が理解するのに、およそ0.5秒。
そして──
(あ……い、えええぇぇぇぇぇ!? 歳の差婚!?)
ガイアがたちまち歳の差リアリティショックに見舞われ、内心絶叫したのも無理はない。
だが、歳の差リアリティショック状態に陥りそうになりこそしたものの、それをウカツにシャウトしなかった事は、実際奥ゆかしいと言える。
更に、それを相手に気取られぬよう、彼自身が纏う雰囲気には一切その気配を感じさせていない。
これは、彼自身が前世で研鑽を重ねた対人会話・ジツの賜物であった。
そして、ガイアはふと、彼女の耳が尖っていることに気が付く。
そこから彼女の種族がエルフであることを察したガイアは、つい口が滑ってしまった。
「ああ、成る程……。アストリッドさん、エルフだったんですね。そうとは知らず──」
「ん? ちょっとアンタ、何訳の分からない事言ってんだい?」
言葉が終わるのを待たずして放たれた彼女の言葉に、ガイアは唖然となった。
だが同時に、この時ガイアは自分の発言の迂闊さに気が付く。
そのショックたるや、この世界にもコンロや冷蔵庫があると知った時と同じ……否、それ以上のものであったことは間違いないだろう。
もし、長寿な種族が居るのなら、アスナが種族を説明してくれた際にその情報もあったはずだ。
だが、寿命について言及された種族は、この世界には一つもない。
迂闊な先入観と偏見から導き出された先程の発言は、この世界の人間からすれば、頓珍漢な内容に他ならないのだ。
そんな迂闊な発言と二度目の歳の差リアリティショックの衝撃もあって、ガイアは言葉に詰まってしまっていた。
だが──
「……成る程。アドルが言ってた内容、どうやら間違いじゃないみたいだね」
むしろ「納得した」と言うような表情でそう言ったアストリッドのその言葉は、ガイアに新たな協力者が出来たという事に他ならなかった。
そして、ガイアは「ここじゃ何だから、私の研究室にでも行こうか」という彼女の提案を受け入れ、アスナに一言断ってから式場を後にする。
その後、ガイアはアストリッドに連れられ、城下町の北の方へと移動していった。
「"研究室"と言う位だから、施設エリアではないのか?」という疑問を抱きつつも、ガイアはその背中の後に連れ立って歩く。
すれ違う人々は軽い挨拶と共にお悔やみの言葉を述べるが、アストリッドは長く話し込むような事はせず、軽く言葉を交わすだけでそれらを捌いて行く。
そして──
「アストリッド様、お帰りなさいませ!」
城の西門の前で番をしている衛兵に敬礼されたアストリッドは、慣れた様子で「ご苦労さん」と返し、ガイアの入城手続きを行うよう進言する。
そうして差し出された記名欄に名前と入城時刻を記入したガイアは、西門からアインハルト城に足を踏み入れる事になったのであった。
一方ガイアはと言うと、いともたやすく行われたとんでもない行為に、終始驚きっぱなしで言葉が出ていなかった。
そして──
「……アストリッドさん、あなた一体何者なんですか……?」
それが、ガイアが城に入ってからようやく絞り出した最初の言葉であった。
その質問に対し、アストリッドはまたもあっけらかんとした様子で答える。
「私かい? そうだねぇ、"現在休業中のランクSSS級冒険者の経歴を持つ研究者"って所かねぇ」
その言葉を聞いて、ガイアの頭は再び混乱する。
"ランクSSS"とは、冒険者ランクの中でも一番上に位置するものであり、それ相応の経験と活動期間が必要になる。
だが、アストリッドはどう見ても二十代そこそこと言ったところ。
つまり、種族間で寿命に差が無いのであれば、アストリッドぐらいの年齢ではどう考えても不可能なランクなのだ。
だが、今はアストリッドと落ち着いて話すために研究室に向かっている事を忘れてはいなかったガイアは、その答えの見えない疑問について考えることを保留した。
やがて、アストリッドは二階の南西部の一角にある杖の彫刻が施された扉の前で足を止める。
そして、「ここだよ」と言ってその扉を開けるが──
「きゃあぁぁぁぁっ!?」
ガイアはその瞬間に聞こえた声と共に、部屋の奥の開け放たれた扉の向こうで、書類の雪崩に巻き込まれる女性の姿を目撃することとなった。
「……あー、その、なんだ。そこに座って待っててくれるかい?」
アストリッドはばつが悪そうにそう言うと左側の扉を閉め、紙雪崩に巻き込まれた女性を救出するべく右側の扉の部屋へと入り、そちらも扉を閉めた。
そしてガイアはと言うと、目に焼き付いてしまったその部屋の散乱ぶりを思い出し、思わず両手で顔を覆ってしまっていた。
目の前にある二つのソファーとその間に机があるこの部屋は奇麗に片付けられており、失礼が無いよう手入れが行き届いている事が伺える。
だが、問題はこの部屋から繋がる二つの扉──左側の「研究室」と、右側の「書斎」の内部である。
行き来していたのか、人の訪問をいち早く察知するためなのか、はたまたその両方なのだろうか。
先程まで開け放たれていた二つの扉の向こうには、文字通り、足の踏み場もない程の袋やら書類やらが散乱していた。
人間、誰しも欠点の一つや二つ位は抱えているものである──。
ガイアはこの日、その言葉の意味をいたく痛感する事となったのであった。
あっけらかん:何もなかったように平気でいるさま。何事もあまり気にせず、けろっとしているさま。
アイエエエ/○○リアリティショック/ウカツ/シャウト/実際/奥ゆかしい/アトモスフィア/ジツ:忍殺語。