1─I
真言:真実の言葉。
列がそこまで長くなかった事もあり、ガイアとアスナの検閲の順は、並んでから程なくして回ってくる事となった。
検閲の窓口の内の一つに「次の方、どうぞ」と呼ばれ、アスナがその人物の元へと向かう。
まず、アスナが二つ折りの身分証明書らしきカードを検閲担当に提示し、それに改竄の痕跡が無いかどうかが調べられる。
そして、それに異常が無いと認められると、今度はカードに登録された魔力と提示者の魔力に齟齬が無いか、専用の魔法具で取り調べられる。
だが、アスナがそれに引っ掛かる訳はなく、検閲担当者は出立の記録を記した書類をめくってゆく。
やがて、その書類をめくる手が止まり、担当者はアスナに質問を行う。
「……確かに、昨夕出立していますね。
ですが、他の方々はどうなさったのですか?」
担当者のその問いに、アスナは控えていたガイアを連れ出し、説明を行う。
コボルドの群れに奇襲された事。
いくら傷を負わせても瘴気と共に再生してしまう為、自分はその異常を知らせるために逃がされたこと。
ガイアが的確な処理を行ってくれたお陰で、そのコボルド達の脅威は無くなったと言うこと。
だが、自分を逃がすために同行していた仲間達は全滅したと言うこと。
そして、恩人であるガイアは身分を証明できる物を持ち合わせていないと言う事を。
アスナが説明を終えると、担当者はベズアーの毛皮を抱えた青年──ガイアを一瞥し──
「それでは……、そちらの彼の取り調べをさせて頂きます」
窓口に「只今、席を外しております」というプレートを置いて席から立ち上がり、ガイアとアスナにカウンター脇の扉から奥に入るよう促す。
それを承諾したガイアは「お預かりしましょう」と進言して来た衛兵にベズアーの毛皮を渡すと、アスナと共に扉を潜り、担当者に「取調室」のプレートが貼られた扉の前まで案内される。
そして、アスナはその扉の近くにある長椅子に腰掛け、取り調べが終わるまで待機する事となった。
まず、ガイアはそこでスキルや魔法が使えなくなる手錠と、魔法とスキルの効果を無効化する魔法を掛けられる。
そして、案内されて部屋に入ったガイアは、勧められた席に着席。その机を挟んで反対側に、担当者が座る。
ガイアは、机の上に用意されていた「嘘発見の魔法具」に質問中両手で触り続けるように言われ、大人しくそれに従った。
「では……、私の質問に正直に答えて下さい。もしその内容に嘘があれば、そちら魔法具が反応致します」
「はい、分かりました」
ガイアの返事と共に、取り調べが始まる。
そして、担当者は最初に、ガイアの出身地を質問する。
だが、その答えに、担当者は唖然とする事になった。
「俺は、この世界に出身地はありません。異世界から来ました」
アスナとの打ち合わせの通り、ガイアは一切隠すことなく、真実を告げた。
その正直な答えに、当然嘘発見具が反応する訳が無い。
だが、担当者は「……すいません、そちらの魔法具は壊れていたようですね」と苦笑いしながら、替えの新品の嘘発見具を用意する。
担当者が壊れていないことを確認し、再度質問を行う。
しかし、結果は何度やっても同じであった。
やがて、担当者が折れる形でその答えを承諾。その後の質問にもガイアは正直に答え続け、結果的に検閲は「異状なし」と判定された。
そして、取調室から出る直前、ガイアは扉のノブに手を伸ばしていた担当者にこう言った。
「あの……、この事は、どうか内密にお願いします」
その頼みに、担当者も余計な混乱が起きることを避けたかったのだろう。
「勿論です」と言い、検閲記録は適当に誤魔化しておくという話に至った。
だが、担当者はその後に「ですが」と付け加え、こう言った。
「冒険者として活動するのであれば、冒険者ギルドのギルドマスターを務める人物には、真実をお伝えした方がよろしいかと。
私が一筆したためて参りますので、少々お待ちを」
そう言って、担当者は取調室の扉を開けた。
そして、ガイアが部屋から出ると、担当者によってガイアの手錠が外される。
それを終えた担当者は「しばしあちらでお待ちを」とアスナが待機していた席を勧め、階段の方へと向かって行った。
「大丈夫だったみたいね?」
「ああ。それに、ギルドマスターに一筆書いてくれるってさ」
「良かった。それなら安心ね」
小声でそんなやり取りをしながら、待つことおよそ15分。
その手に封筒を携えた担当者が上の階から姿を現し、ガイア達の前にそれを差し出した。
「こちらがギルドマスターに宛てた手紙になります。
くれぐれも紛失することの無いよう、道中お気を付けて」
こうして、ガイアは無事にアインハルトの城下町に足を踏み入れる事と相成ったのであった。