輪転サンライズ
輪転サンライズ
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ここ芹沢研究所はエネルギー工学を中心に、ここ数年で何故か急激に増えた自然エネルギーを
枯渇しないように世界中に分配をする研究を進めている。様々な地域でエネルギーの
奪い合いで紛争が起きていたが、昨今ではそれも沈静化してきている、
少なからず私はその手伝いを今までこの研究所で行ってきた
いつもの様にソファに座りいくつかのメールをチェックした後私はブラックコーヒーを飲んでいると
普段は鳴る事の無いチャイムが研究室に鳴り響く、誰だろうと思いながらも私がインターホンのボタンを押すと
誰だろう、記憶の中には全くない人物がモニターに写し出された
歳は20半ば、褐色の肌からこの国の人間ではない事だけは見て取れる
「どちらさまですか?」と私が尋ねると、モニター越しの客人が
「俺が誰だかなんてのは、どうでもいい。俺は遺言をあんたに届けなきゃならないんだ芹沢教授」
と、思ってもみない返答をする
「遺言?誰の遺言なんです?」
「ともかくこいつを読んでくれ」と客人が言うとドアポストに遺言を投げ込んで来たらしく
こちら側のインターホンのポケットに一通の手紙と花の種のような物が転送されてきた。
私は何かを忘れている様な気がする
だがそれが何かは思い出せない。
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ごうんと内部の私にもはっきりと聞こえる大きな衝撃を感じた、無事に着陸した様だ
幸い衛星のハッチは壊れていない様子。思えば長い間この衛星「ついおく」に乗り込んだ物だ
さて感慨に耽っている時間はさほどない、出来れば条件に合う人物がいればいいのだが。
ハッチを開けると久々の降り注ぐ陽光を感じた、本当に長い長い間宇宙にいたのだという事を実感する。
しかしその後私の視界に入って来たのはただただ一面に広がる黄色い世界だった
「なるほど、砂漠に不時着とは想定していなかった」と私が誰に言うでもなくつぶやくと
「誰だあんた?」という声が聞こえる
振り返るとそこにいたのは、歳は20半ば、褐色の肌からこの国の人間であろう事が推察出来る
「君はこの国の人間だね?」と問いかけると
「あんた…なんだ?鶏?なんで人間の言葉を喋るんだ?」と問いかけてくる。
「もしかして、君は私を知らないのかい?」
「どういう意味だ?」
「これでも有名だったんだがね、ニュースに出ていたと思うんだが」
「ここ数十年内戦が酷くてね、この辺は。よその国の事は良く知らねーよ」
私は科学者なのであまりこういう言葉は使うべきではないのかも知れないが、
これがジェッソとの運命の出会いだった。
もしここで彼と出合ってなければ、芹沢君に渡す事が出来なかったのかも知れない。
僕の最後の言葉を。
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ここは研究室だ、鉄の壁に囲まれてなんだかよくわかんねー資料だの装置だのが並んでいる
俺には、これがなんだかもどんな価値を持つかもよくわかんねーけど
なにしろ研究室っつっても研究員だった父ちゃんと母ちゃんは俺が小さい時にこの国で起きた内戦で死んじまってるんだ
なんとなくこのだだっぴろい砂漠に花を咲かせようと努力してたっつー事は理解できるんだけど
いかんせん俺にはさっぱりだが、どうやら先生にはわかるらしい。
2週間位前に空からでっかい船に乗って落ちてきた先生は、この部屋に来てからという物の俺の両親が残した研究とにらめっこしている
「なあジェッソ君、君の両親は天才だなぁ」と白い筒の様な姿の先生は言う
「そうなのかい?先生、俺にはさっぱりわけがわからないんだが、先生にはそれが何かわかるんだな」
「あぁ、これだけ正確な資料が残されてればなんとかなりそうだ」
「なんとかなる?どういうことだい?」先生は品種改良された鶏という鳥らしい、確かに奇妙な見た目ではあるが
くちばしらしいそこから発せられる言葉は流暢なこの国の言葉だった
「君のご両親が何をしようとしていたかはわかるかい?」
「なんか砂漠に花を咲かせようとしていたらしいっつーのは残された種からなんとなくはわかるけどな」
「そう、まさにそれだ。砂と陽光を糧に水を必要とせずに咲く植物を生み出そうとしていた、この国に起きた紛争の理由は知っているかい?」
「なんか食糧が無くなってオアシスが多い東とそうでない西に分かれて、食物の供給を巡った戦争だって聞いたけどな」
「そうだな、それで合ってる。じゃあもし水が無くても育つ野菜とか牧草とか出来たらどうだったと思う」
「ん?あぁそうか」
「そうなんだ、君のご両親はここで戦争を止めようとしてたんだ。ジェッソ君、素晴らしい事だよこれは」
「そうなのかい?でも結局その内戦で死んじまったからなぁ」
「なぁジェッソ君、僕はずっと宇宙にいたんで良く分からないんだけどさ、内戦はまだ続いてるのかい?」
「いいや、もう殆どの西側の人間は残ってねぇんじゃねぇかな、政府も内戦の締結を宣言してたし。
ただいくぶんか生き残ったレジスタンスがテロを起こしてるっていうのは問題になってるらしいけどな」
「そうか、まぁ戦争が残した傷跡ってのは簡単には癒えないのかもしれないけど、まぁちょっと出来るだけの事はしてみようじゃないか」
「何をするつもりなんだ?」
「決まってるじゃないか、君のご両親のしたかった事を成すんだ、きっと僕がここに来た意味はここにあるんだ」と先生は顕微鏡を覗きながら
なんだか決意を持った顔をしていたように見えた。
今思えば、鶏の先生、あんたには全部わかっていたんだな、遺された時間。そしてその時間で何をすべきか。
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この砂漠だらけの国の内戦が終わってから少し時間が経って
貧しいながらも少しだけ緑が溢れてきたこの土地に評判の花屋がある。砂漠の真ん中にありながら
造花ではない見事な花々を安価で提供していてこの国の唯一の花屋として国内でも話題になっていた。
そして話題となっていた事柄がもう一つ、その花屋の店員が人語を喋る鶏だった事であった。
「おばあさん、いらっしゃい」鶏はたどたどしい言葉で今日も接客している
「こんにちは鶏さん、何かおすすめはあるかしら?」と砂漠間専用の乗り物で来た老婆が問うと
「さっきさいたんだけどね、これ。にわとりのお気に入りなの」とその花を差し出す。
その様子を店主の歳は20半ば、褐色の肌の男、ジェッソが複雑そうな表情で見ていた。
「まぁ綺麗なお花、これはなんていうお花なの?」というと
たどたどしい言葉で鶏はその花の名を告げる。
「このはなはね、にわとりがいちばんすきなの!なまえはね……」
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突然私の研究所に訪問してきたこのジェッソという男を招き入れ
私たちは応接室でコーヒーを飲みながら話を始めた。
「それでジェッソ君、まずなぜ私の事を知ったんだい?」と私が切り出すと
「話してもきっとあんたはわからないし、信じてくれないだろうって、先生が言ってたよ」
「先生?君の先生に言われて僕に会いに来たということかい?そしてその先生が遺言を僕に渡すように言ったと?」
突然現れたこのジェッソという男、信用していいものかどうか分かりかねる部分はあったが、なんだかこの男の空気に懐かしい物を感じた私は
わざわざ遠方から来た彼の話を聞いてみる気になった。
「なぁ、芹沢先生。おかしいと思ったことは無いかい?たとえばなんか忘れてる気がするとかさ」
「妙な事を言うね……ただ確かにぼんやりと何か大切な事を忘れてる気がするってこのコーヒーを飲むと思う時がある」
「そもそも芹沢先生、この研究室は何の研究をしているんだい?」
「この研究室は、近年で急激に増えたエネルギーを管理、分散する事業を行っている研究所だ、
原因不明で各地に増えた電気エネルギーを蓄積する目的で作られたわけだ」
「不思議に思わないのか?」
「不思議?何がだい?」
「何故エネルギーは増えたんだ?突然に。不思議じゃないかい?」
「それは……そうだな……それを特定出来ればと思うことはあったが……」
「特定出来なかったんだな、それじゃこいつを見てくれ」ジェッソと名乗る男はテーブルにまとめられたレポートを出す。
その表紙には「追憶エネルギー変換理論」と記載されている
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砂漠の真ん中にある地下研究施設で私はいつものように顕微鏡を覗きながら
僕は彼、ジェッソ君にあらかたのいきさつとこれから起こるであろう事を話した。
「あらかたの事はそろそろ終わりそうだから、君には研究成果の使い方を教えておくよ」
「つっても、俺。アレだぜ?ここの施設の使い方とかさっぱりだぜ、学校も行ってねーし」
「大丈夫、すごく簡単にしておいたから、要はこのスイッチを押して出来た種を砂漠に植えるだけだ」
「なんだ、そんなに簡単なのか?すげーな先生」
「いいや、ほとんどは出来上がっていた、すごいのは君のご両親だよジェッソ君」
「でも、なんでだ?先生がやればいいじゃないか?」
「そこなんだけどねジェッソ君。私には残された時間があまりないんだよ」
「ん?どういう事だ?」
僕は忘れない、この後僕が話した事にジェッソ君、君が涙を流してくれた事。
本当に最後に会えたのが君で良かったと。
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今日も砂漠は良い天気だ、たまには雨も降ってほしいもんだが。
この花畑では今日も先生が右往左往して花屋に並べる花を摘み取っている。
「なぁ先生、あんまり無理すんなよ、ただでさえ身体よくねーんだから」
「なぁジェッソ、はな、はないっぱい」
「そりゃそうだよ、先生。俺らが咲かせたんだぜ」
「みんな、よろこぶかな」
「当たり前だろ?喜ぶに決まってるぜ」
「なぁジェッソ、このはなな、にわとりいちばんすきだな」と
いつもの花を手に取る
毎日、同じやりとりをここでしている
毎日、毎日、毎日。
なぁ先生。ほんとにあんたの言うとおりになっちまったな、なぁ先生、でも俺は後悔してねーよ。
「その花も先生が作ったんだぜ、すげーだろ」
「このはな、なんてなまえ?」
なぁ先生、その花はあんたが名前を付けたんだぜ。
「その花は、その花の名前は……」
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「なんだ、なんなんだこれは……」と芹沢教授は狼狽えた様子で俺の出した資料を見ている
俺にはなんだかさっぱりわかんねーけど先生の話によるとかつてこの世界は絶望的なエネルギー不足になったらしくて
先生が提唱した技術、追憶エネルギー変換理論によると。記憶を作るのに必要な莫大なエネルギーを電力に変える技術らしい
「衛星を飛ばして搭乗者の記憶をエネルギーに変える?……こんなバカな技術が……」
「あったんだよ芹沢教授。そして気が付いたか?」
「つまり、ここ数年の莫大なエネルギー供給というのはその……」
「あぁ、人工衛星ついおくに搭乗した先生の記憶と引き換えに得たものだ。犠牲になった者がいたんだ、そしてあんたはそれを忘れている」
「私が……忘れている……?」
「芹沢教授、あんただけじゃない、世界が、すべての人が忘れている、そうして今。思い出す時が来たんだ。そしてこれがその遺言だ」と言い
俺は芹沢教授に先生が遺した最後の言葉が納められた映像記録を渡した。
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ジェッソ君から渡された映像記録をひとしきり見終わり
全てを思い出して私は目の前にいるジェッソ君の目も憚らずにただただ泣いた
ひとしきり泣いた後、私は彼に
「それで……博士はどうなりました……?」と聞くと伏し目がちにジェッソ君は
「死んだよ、最後まで明るいもんだったよ。最後になんて言ったと思う?」とゆっくりと
博士の最後を語り始める。
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砂漠の真ん中にある花屋の奥のベッドの上で先生は嘘みたいな穏やかな顔で
でも明らかに衰弱をしていた。
「なぁ、先生、なんか欲しい物はないか?」と声をかけるがほとんど反応はない
うわごとの様にあの花の名前を繰り返すが段々とその声も弱くなって行く
「なぁ先生、俺頭悪いからさ、まだ教えてほしい事たくさんあるんだよ、なぁ……先生」
我ながら情けねぇが、もう何にもできない事は良く分かっていた。全部先生の言う通りになっちまったから
これがきっとその最後なんだよな。
「なぁジェッソ君」と、突然先生が元に戻る
「先生?戻ったのか?」
「神様っていると思うかい?」
「神?え?なんだ急に……俺はあんまり信じてねーけど……」
「僕はねいると思うんだ、だってまた君とこうして話すことが出来た、多分これで最後なんだろうなでもねジェッソ君。後悔はしてないよ
だって、そうだろう?」
「あぁ、そうだな、先生に会えて良かったよ……だからさ……最後なんて言うなよ……」
それからはいくら話しかけても先生の返事は全くなかった
それから半日位して、先生は信じられない位安らかな顔で逝った。
「そうだろう?」という言葉を俺に遺して。
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あれから季節は大分流れて
ジェッソ君は元々は砂漠であった肥沃な緑あふれる土地を作った事で
国家の勲章を得たというニュースを何年か前に聞いた。
続いていた内戦もピタリと止んだらしく、これもきっと博士の思惑だったんだろうなと思いながら
私はこの研究所で研究を続けている。
そうして大きな仕事が終わる度に、博士が遺した映像記録を彼が好きだった入れ方のブラックコーヒーを飲みながら見るのだ
「芹沢君、君がこの映像を見ているという事はジェッソ君が君の元へこの映像を届けてくれたんだと思う。
この様な再会で非常に申し訳ないと思いはするものの、君ならもう大丈夫だという確信もあるのでここでは君の記憶の再生の手助けになる映像を残そうと思う
知ってのとおり、私の記憶をエネルギーに変化させ衛星で増幅させ地球に送り返すという作業をずっと続けていたわけだが、どうやらそれも私の記憶の限界を迎えた様で
それを回避するために私が用意した簡易型のタイムマシンで過去の私を現代に送り記憶の並列をさせるという動作を繰り替えす事で、当面の人類に必要な電力相当のエネルギーを
供給させることに成功した。ただし、これには穴がある。時間軸と事実を歪曲させるために生まれたエネルギーは非常に不安定で、元あった事実へ戻って行こうという性質を持つ為である
結局私は最低限の歪曲に事実を留め、エネルギーを滞留させるという措置を止める為に簡易ではあるが私の記憶を消し去る装置を作り、エネルギー推進装置ついおくに備える事で
安定させたエネルギー供給を送った。しかしそのままでは結局事実が元に戻ろうとしてしまうという事態はどうしても回避できないため、私は私自身が元に戻るという措置を計る事で
エネルギーが存在するという事象を無理矢理固定するという手段を講じた。私自身が元に戻る、つまり私が記憶を失う事で莫大なエネルギーを生んだという事実をでっちあげる事で
タイムマシンを使ってエネルギーを生んだという事自体を歪曲させたというわけだ。これから私は徐々に記憶を失いそして最後は死んでいくと思う。どうか君が僕を思い出せなかった事を責めないでほしい。
そうして、これから残す宿題を是非君に解いて欲しいんだ。長年宇宙から地球を眺めていて僕は太陽の光が徐々に強くなっている事に気が付いた、このままだと遠い未来、強すぎる陽光に地球の大気層は耐えられないと思う。
そこで芹沢君にはそれに対応できるロボットの作成をお願いしたい。基本的な設計図はジェッソ君に渡しておいた、基本的なプランは預けるけれど、君なら僕の思いもよらない方法で設計してくれるかもしれない
なんたって君は僕の自慢の助手なんだから、そうだろう?」
ここで一旦映像は途切れる
そうして外に目をやると彼が遺した設計図を元に作った彼そっくりのロボットとその隣にいるひよこ型のロボットが
彼が遺したもう一つの遺産を巡って戯れている
「はな、はな」「そうだろう、そうだろう」
まだ設計は甘いが彼ら自身に改修を加えられる仕様なので私自信はもしかしたら完成を見る事はないのかもしれないが
きちんと意思は受け継いだとそう思う。
そうしていると博士の遺言の続きが始まる
「さて、もう一つプレゼントがある、砂漠の研究室で残されていた花の種だ。もしよければ育てて欲しい
古代に咲いていたという物を復元した一つで、私が一番好きな花の種だ。陽光に反応し向きを変えるこの花の名は」
外に目をやると黄色い花に戯れる大きな鶏とひよこが戯れている。
「まるで明日がやってくる事を待っている様で、とても好きなんだ。気に入ってくれると嬉しい。
陽はまた巡る、言葉は尽きないが、いつかまたどこかで君と会える事を願って」
その花はやさしく強く咲き誇る。
「そうだろう?」
そう言い残した彼のように
ひまわりの花は咲き誇る。