表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/79

万里小路の思い

「と、とにかく時間をかせごう。そなたの身の潔白を証明するまで……それまで少し辛抱するのじゃ」


 「上様……」

あかりは何も言えなくなった。自分の身は潔白などではない。それを信じている家賢いえよしの誠実さに悲しくなった。


「わたくしは大丈夫でございます。上様、そのようにお嘆きになってはいけません」

「そなたは殺されようとしておるのだぞ」


「仕方ございませぬ。それもさだめなら」

「そのようなさだめは許さぬ。このまま死ねばそのほうは大逆賊として語り継がれる。それが余には我慢ならん」


 その表情には、生まれついての誇りの高さがあった。自分に連なる者たちへの誇りでもあるのだろう。

「横井の父にも類が及ぶのでありましょうか」

「今は藩の意向で自宅蟄居じたくちっきょになっておるそうだ……」


 家賢はうなだれるように下を向いた。懲罰は確実であろう。自分への実刑が確定しないことにはどうなるか分からないが、下手をすれば一族として処刑、よくて切腹か。家は断絶であろう。


 養父・横井 定利さだとし。ほんの数年であったが養父となった男はどうなるのだろう。そして、黒川藩と水戸藩はどうするのか。自分の失態が今になって大きな影響を与えている、という事実にそら恐ろしさを感じてきた。


「あと万里小路までのこうじは京にかえすことにした」

「万里小路さままで?」

 失脚なのか。


「なぜでございますか? 万里小路さまはわたくしをただ、大奥に入れてくださっただけです」

「それだけならよかったのじゃが……少し乱心しおったのだ」

「乱心?」

御台所みだいどころの墓を荒らしたのだ」


 あかりには全く意味が分からなかった。あの冷静で口のたつ万里小路が御台所の墓を荒らす? 想像が出来なかった。

 家賢は、はぁ、と大きくため息をつくと、よほど疲れていたのか、牢の前に腰を下ろしあぐらをかいた。


「万里小路が死んだ御台所、教子たかこに京都から着いてきたのは知っておるな。あれは教子たかこの乳姉妹で姉のようなものだ。ふたりは心底に信頼しあっておってな、教子が死ぬとき『京に帰りたい、父母に会いたい』と言うの聞いて、骨を京都に埋めてやろうとしたのだ」


 徳川に嫁ぎ、御台所となれば一族の墓に入ることしか許されない。しかし、その話がなぜ自分の事件と関係があるのか、それが分からなかった。


「そなたと類ある万里小路は自分に嫌疑が及ぶのでは、と取り乱したらしい。自分がそなたのように捕まる前に、骨をもって京へ帰ろうとしたのだ」


  そう聞いても、あかりはやはり納得いかなかった。そもそも、なぜ黒川藩からの頼みを聞いて、自分を大奥に入れたのか、が分からない。


 いや、ちがう。反対なのだ。京都に骨を持って帰りたい、という願いが先だ。もし、自分が御台所の骨を持って帰りたい、としたら、どうするだろう。徳川の墓からは決して出られない。と、すると……大胆な発想しか出てこなかった。


――徳川幕府がなくなればよい――


 そうだ。幕府がつぶれれば帰れる。なんという不可能な願いであるか。しかし、それしか出てこなかった。


 もちろん、本気で幕府転覆を、しかもひとりで出来るなど思ってもいなかっただろう。 が、水面下では幕府の抵抗勢力があり、それを密かに応援することは可能だ。あかりは万里小路の熱い思いを知った。


「あまり気にするでないぞ。万里小路は本当に少しおかしかったのだ」

 だんまりと考えこんでいたので誤解を与えたらしい。万里小路のことに責任を感じていると思われていたのだ。


「万里小路さまにまで多大なご迷惑をかけました」

「あやつも生まれ故郷の京に帰れるのだ。御台の髪と共にの。そんなに気に病むな。人のことより自分のことを考えよ。そなた……」


 家賢は急に悲しそうな顔をした。そして牢屋の部屋入り口を気にしながら、格子の間からあかりに手を差しのべた。


「手を握ってくれ。そなたを本当に愛しく思っておったのだ。本当に、そなたまでいなくなってしまうのか」

「上様」

 あかりは泣きながら手を握った。何度も上様、と繰り返しながら、その暖かさを感じていた。


 家賢のことは好きだった。政治的なことがなければ本当に愛せたのかもしれない。


――水戸のお殿さま、親方、あかりは本当につろうございます。お役目は果たせませんでした。死んでお詫びをしたいけれど、それも出来ません――


 自害をして、さらに家賢や月島を悲しませること、は出来なかった。


――月島さまは、わたくしの文を待っておられるのに……どうしよう――


 この先どうなるか、全く分からなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ