ハメられたあかり
卯の花も咲き終わり、大奥では夏の衣替えにさしかかる季節となった。
衣装は女の見得の張り合いを含んでいたので、呉服屋が出たり入ったり大騒ぎの時期でもある。高級女中たちは数度しか袖を通さない呉服を、何十枚も購入する。
大変な金額だ。商人にはおいしい商売であり、この利権にあずかろうと賄賂が横行していた。もちろん、呉服以外でも、同じである。
大奥の異常ともいえる贅沢に、あかりは今もって慣れることが出来なかった。小夜のこと、龍才たちのこと、水戸からの指示、で頭がいっぱいなのに、おまつたち部屋子は、衣装ごときにあれこれとうるさいのでだ。
そんな中、突然、村山がたすきがけ、鉢まきをした女たちを伴って、あかりの部屋に現れた。
「お靜の方、上意である。そなたをこれからひったてる」
「ええ?」
おまつたち部屋子は声をあげた。
「そなた、不審なやからと結託して家倖さま暗殺を企てる大逆賊なり。これより審議に入るゆえ、神妙に縛につけい」
―ーしまった! どこでバレたのであろう。証拠の文はすべて焼いておるが―ー
「ど、どういうことでございますか。なにゆえ、お方さまを、そのように」
縄で縛ろうとする女たちに、おまつは割ってはいった。
「お靜の方が懇意にしておった〝つくば屋〟はクセモノの巣窟であったのことが判明したのだ」
「なにか証拠があったのでしょうか」
おまつがなおも食い下がる。
「もちろんじゃ。お靜の方とつくば屋が交わした、暗殺をもくろむ文が発見されたのじゃ」
「そのようなもの、でっちあげにござりまする!」
あかりは声を荒げた。暗殺のことなど書いたことがなかったし、何よりしのびの掟として、文を置いておくことなど決してなかったのである。
「言い訳するとは見苦しいぞ。そら、ひったてよ」
あかりの力を持ってすれば、数人の女たちから逃げることは可能であったが、様子を知りたかった。そのまま縄でしばられると大奥の隅にあった牢に入れられたのだった。
ハメられたことは確実である。
何度か取り調べを受けるうちに色々と分かってきた。つくば屋、つまり雲庵に取り調べの手が入ったこと、龍才たちは役人に抵抗して逃げたこと、そして自分の類者として、黒川藩、万里小路まで密かに取り調べを受けていること、などである。
困った。龍才たちは無事に逃げおおせたのであろうか。せめてもの救いは月島である小夜に類が及ばなかったことである。
静かだった牢の入り口で、なにやら人の言い争う声が聞こえた。家賢だ。村岡らに着いてくるな、と怒っている。ほどなく一人、牢の前に現れた。
「顔をあげよ」
あかりは、ゆっくりと面を上げた。きりり、とした表情は悲壮感もなく、とまどうほどに美しかった。家賢は信じられなかった。あかりが、暗殺集団の仲間などと。
「どうしてじゃ、どうして余を騙しておった」
「騙してなどおりません」
「では、あの文は何なのだ。そなたの筆跡であったそうではないか」
「わたくしではありません。誰かが真似て書いたのです」
その言葉のあと家賢は、考えこむようにじっと黙った。そして目をとじて拳をぎゅっと握った。
「余はそなたのその言葉を信じたい。だが、状況がそうはいかん。つくば屋のあるじは平川門の前でしのびに殺されたそうではないか。そういったやからと懇意にしておった事実は事実ではないのか」
「いっかいの小間物屋の類が、なぜわたくしにまで及ぶのでしょうか。わたくしはただ品物を買っただけ…………ぃぇ」
何か必死で言い訳しているように感じてあかりは黙って下を向いた。
本当はその通りなのだ。家賢を騙すつもりはなかった。だが、忍びであり密命をおびてきたのは間違いないのだから。
「そうであろう。そなたはただ、小間物屋で物を買っただけなのじゃ。余もそう申したのだ。だが、周りがどんどんどんどん証拠を出してきて、噂が止められぬ。大奥では、いつそなたが処刑されるか、というところまで話がなっておるのじゃ」
「わたくしが処刑?」
「ああ、靜、わしはどうしたらよいのだ」
家賢は顔をしかめると、牢屋の格子をつかんだ。将軍家への反逆は大罪である。このままではあかりが殺されてしまう。よほど取り乱していたのか、一人称が余からわしとなった。




