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菊会

 靜山は落ち着かなかった。


月島という人物に戸惑っていたからだ。


人なつこさを感じさせる雰囲気の中に、藍色の澄んだ眼差しは、秘め事さえも すっかり見通してしまうような力を持っていた。


『今まで出会ったどんな人物とも違う』


けれど、そう

バレるわけにはいかない……

細い首を、ぐっと枕に押し付け、泥眼を閉じた。



「今年の菊はどうじゃ?」


 月島は、部屋子筆頭の墨越すみこしに尋ねた。

御年寄りともなると、自分の部屋と部屋子を持つことが許されていた。


「はい、今年は尾張さまの 厚走あつばしりが大変に見事で。黒川藩の広物ひろものもなかなかでございます」


「そうか。靜山はどう思った?」


「はい。尾張さま、黒川藩の菊も素晴らしいものでございましたが… 

管物くだものの紀州さま、熊本藩の肥後菊もなかなかのもの、とお見受けいたしました」


「なるほどの。では後で見にまいろう」


 九月の行事、観菊は月島が主催することになっていた。

観菊は将軍が配する大奥の庭に、菊の花壇をつくり、その後ろに諸家からの献上盆栽を飾るのだ。


「あ、いらした!」

「どれどれ?」

「月島さまのすぐ後ろ」

「え、月島さまもいらっしゃるの?」

「あーん、よく見えない」


花壇の掃除をする 御末おすえの少女たちは色めきたっていた。


今話題の靜山を見られると聞き、御末のほか、用事もない御小姓の娘たちまでが十人近くいたのである。



「なるほど…」

庭を眺めていた月島は、嬉しそうにつぶやいた。


「そなた、小菊が好きか」

靜山にたずねた。


少し笑みを浮かべた靜山は

「……いいえ」

と答えた。


「肥後菊がなかなか、だと申したではないか」


「はい。もちろん肥後菊は素晴らしゅうございますが……それはあの位置より、もう少し手前、そう、あの辺りに置いたら、もっと可憐で好ましゅうございます」


その言葉を聞いて 月島は靜山の目をじっと見つめた。



月島は愛らしくニッコリと笑うと、


「およう、その鉢をその辺りに置いてくれぬか」

「はい!」

およう、と呼ばれた、色の黒い頑丈そうな娘は 嬉々として月島の下へと飛んでいった。





「よかったですね。月島さまに気に入られたようですよ」

墨越は控え部屋で、菓子を口に入れながら笑った。


「そうでしょうか」

その言葉に、靜山の涼やかにみえた美貌も、少しほころんだ。


「月島さまは、とても頭のよい方なのですが……ひねり好きというか」

まじめそうな墨越は、ちょっと悲しそうな顔をした。


「まともに小菊の鉢をもっと前にしたほうがいいですよ、なんて言うより、今日の靜山さまのように言うほうが嬉しがられます。……わたくしには、それが出来ないのです」


墨越は下をむいた。

新入りの靜山は、何かを言う立場ではなかったので、黙って聞くしかなかった。


「わたくし出すぎましたでしょうか」

「いいえ」

墨越はきっぱりと声をあげた。


「靜山さまは、聡明なお方。そして、その美貌。きっと、上様のお声がかかるのも時間の問題でしょう。いずれはお方さま、と呼ぶことにもなりましょう。それより何より……」

墨越は小さく息を吐いた。


「あなたさまは違うのです」

靜山を見る墨越の目は遠くを見ているようだった。


「あなたさまや月島さまは……何か違うのです」


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