↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/79

御年寄り

 月の高い晩だった。


庭には そろそろ大輪の菊が咲きはじめ その香がほんの少し所々に落ちていた。


「顔をあげなされ」


万里小路に言われて 見上げた顔(かんばせ)に皆は息を飲んだ。


妖気の漂う目許(めもと)。 


人形のような綺麗なアーモンド型の目の中に、どこを見ているか分からない泥眼(でいがん)が、輝いていた。


泥眼は、能の面で高貴な美女の眼の中を金泥で塗りつぶした状態のものである。

きちんと眼球があるのに、泥眼に見える妖気が女にはあった。


高い位置の眉は、そのままでスッと可愛らしく弧をえがき、薄い唇と細い首が人形のようで、ますます人離れしてみえた。



「靜山(しずやま)と申します。右も左も分からぬふつつか者でございます。どうぞよろしくお願いいたします」


「ほ……これは」


顔に似合わぬ 低く強い声に 年寄(としより)四人は我に返った。

なかなかと根性のある娘のようである。



 ここ大奥では 御年寄(おとしより)というのは、役職であり 筆頭御年寄を頂点に、上臈(じょうろう)年寄、御年寄、中年寄……となっている。


名前は老人風であるが、比較的若い人もなることが多かった。

しかし、大奥御年寄は 表向きの老中にも匹敵する権力をもっていたのである。



「ま、万里小路さま、靜山は月島さまの下(もと)ともう決まってしまったのですか」

月島以外の年寄たちは万里小路に詰め寄った。


 名実とも大奥筆頭年寄である万里小路。

年は四十歳を少し過ぎた頃か。


上臈年寄の万里小路は、京都から御台所(みだいどころ)つまり将軍の正室に付き従ってきた公家の娘である。その御台所は数年前に他界していた。


「わたくしの所はこの間、中臈(ちゅうろう)が病いで宿下がりしましたゆえ、是非、わたくしのもとへ靜山をお入れ願います」


しかし万里小路はきっぱりと言った。


「月島さんトコと もう決まってます。表にも部屋づきの報告はもうしました」


女たちは露骨にがっかりした。


将軍の目に止まる可能性が高い靜山を自分の部屋に入れたい思いは大きかった。

誰にでも将軍のお世継ぎの生母になれる可能性がまだ残っていたからだ。


正室は既に他界し、十数人の側室がいたが いずれも子供は早死にしてしまっていた。


唯一の男子・家倖(いえさち)は十七歳であったが、知的に障害があり、父親の家賢(いえよし)自身も次期後継者としての決定を決めかねていた。


「ああ、万里小路さまと月島さまにヤられた」


靜山が月島に連れられて出ていくと、村岡が声をあげた。


「月島さまは、そんなことやる性格ではないと思いますが」

おっとり系の美津波瀬(みつはせ)が、苦笑いをした。



「分かりませぬぞ。第一 見ましたか? あの美貌」

「ええ。あれは尋常ではござりませぬ?一体 誰の……」


さしがねなのか、と言葉を飲み込んだのは、三人目の年寄・夏川。


「いずれにしても、何か起こりそうな予感がいたします」

「気を引き締めていかねば」


その後で、美津波瀬がくくっと笑った。


「しかし、一見の価値はありましたわね」

「え?」


「月島さまと 靜山の連れ姿。まさ牡丹と芍薬のようで。悔しいですが、お似合いでしたわ」

「確かに」

村岡と夏川は 二人の姿を反芻(はんすう)した。



 月島はかつて「大奥随一の華」と呼ばれていたのである。


なのに、将軍・家賢(いえよし)の寵愛をさほど受けることが無かったのは 〝変人〟 だったからと もっぱらの噂であった。


随一の美貌とは裏腹に、月島は女として磨きをかけるより 何か妖しげな書物を読んだり、仏閣に日参したりと、おかしなモノに執着を持っていた。


華美な衣装や道具をしつらえる決まりを守らず(一応将軍のお手つきだったので皆もキツく言えず)、

出入りの業者と懇意になることもなく(けど趣味にはうるさい)、

噂や権力にも興味を示さなかった。


それでも、ずば抜けた知性は大奥では貴重がられキャリアを重ねていったのである。


「我々三人としては、月島さまお預かりということでは 今回は痛みわけ、ということでございますな」


美津波瀬は、静かに笑った










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。