ネガティブなリアル
夏のホラー2024で投稿した「顔のない怨念」
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に登場する、義兄弟とその周辺の人々の話です。
小鳥遊陽充(はるちゃん、僕)
生真面目で面倒見が良く、お人好し。また好奇心旺盛で様々なことに首を突っ込んで痛い目にあっては義兄さかえに助けられている。
新卒で入った企業で人付き合いに悩み、うつ病になって退職した経緯を持ち、悩みを抱えやすい。お話における「ワトソン役」
烏丸さかえ(さかえ義兄さん)
極めて自堕落な自称作家。陽充の姉で故人の烏丸れおなの夫で、現在は義弟陽充と共に生活している。義弟陽充の前では彼をはるちゃんと呼び、ヘラヘラしている胡散臭いおっさん。お話における「ホームズ役」
その言葉を聞き、自分の思考の平和さを恨んだ。確かにそうだ。座礁したならいざ知らず、船の残骸が流れ着くとなればそこから投げ出された「人」も当然そこに流れ着く可能性が極めて高い。或いはどこか海沿いの崖から滑落した野生動物、流木に捕まって遭難した獣、人。
昨日の夜に、まさにそうやって漂着した死体の夢を、僕は見ていたはずなのに。
眉を顰めた僕を覗き込み、さかえ義兄さんは僕の視界からジオラマを遠ざけるようにしながら言い聞かせるように囁いてくる。
「あのねはるちゃん、本来なら、これはただのジオラマなんだ。わけわかんない謎現象が起きるわけもないし、バカみたいな異臭騒ぎを起こすこともない。でも事実、はるちゃんは恐怖からこれを壊そうとした。ただのジオラマじゃない何かを、もう感じているね?」
「……」
答えられず俯いた僕の態度を、義兄は「是」と取った。それは事実だ。実際、僕はこのジオラマが怖かった。恐怖を感じ始めていた。ただのジオラマなのに。何の変哲もない、ハンドメイド作品のはずなのに。
いやな夢を見、床が濡れている幻覚を見、もうこれを、僕は「ただのジオラマ」だと見られなくなっている。
「作品っていうのはさ、意図があるんだよ。はるちゃんもライターやってるんだからわかるでしょう。インテリアとしてのジオラマ本来の狙いは、鑑賞による感動だったり、部屋の雰囲気の改善だよね」
「そう……ですね」
「じゃあ、『この』ジオラマの意図は、なんだと思う?」
意図。他でもない、目の前にあるこのジオラマの作られた狙い。
僕は改めてジオラマを見つめた。灰色の砂浜、暗い青の海、荒れ果てた漁師小屋。
見れば見るほど、それがジオラマ本来の狙いとは違う意図で作られているような気がしてくる。それが何なのかまでは、よくわからなかったが。
「質問を変えようか」
さかえ義兄さんは僕の様子を覗き込みながらゆっくりと、塾講師のような丁寧さで言葉を重ねてくる。
「このジオラマには、他のジオラマにない特徴がある。だから俺はこのジオラマに、本来とは異なる目的を持って作られたのでは、という疑念を抱いたわけだけど。さて、それってなんだと思う?」
僕はジオラマをしばらくじっと見つめ、それからふと、思い当たった。よく動画で制作模様が投稿されるジオラマやハンドメイド作品、そのイメージと、この作品との決定的な違い。
「――ネガティブな、リアルさ」
「そう、俺もそう思う」
さかえ義兄さんは目を細め、静かに頷いて見せた。