19 イエローケーキ
「あなたが落したのは、この金の水筒ですか、銀の水筒ですか、それとも、ただのプラスチックの水筒ですか?」
と、茶色くよどんだ <死の川> の中から現われた <それ> はいった。
「……ったく、もう、あんたが水筒を落すから、また変なのが出てきたじゃないの!」
マシュマロがヌガーを責めると、
「んなこといったって、石にけつまづいたんだから、しょうがないだろう」
と、ヌガーが自分を弁護した。
「まあまあまあ、この際、その件は置いとくとしてじゃな……」
面倒が起こる前に、弘左衛門が二お菓子をなだめると、
「わたしは <変なの> ではない!」
と、黄色いネバネバみたいなそれが答えた。
男の子たち一行は、いま <死の川> の川べりにいた。幅十メートルほどの細い川で、流れはゆるく、その色は茶色、もしくは暗く濃い黄色だった。ちなみに<死の川> は <風の谷> のはずれを流れる川で、異臭がひどく、当然のように、橋はかかっていなかった。
「じゃ、なんていうのさ?」
と、ベルベルが肩をすくめてそれに問いかけると、
「わたしはイエローケーキというものである」
と、その黄色いネバネバは答えた。
「イエローケーキだってぇ?」
と、シュレーディンガー。
「ぶっそうなやつだな!」
「ねえ、イエローケーキってなんなの?」
と、マシュマロが小さな男の子に問えば、
「ひとことでいえば、原爆の材料だよ! バナジウムを含む低品位ウラン鋼を精錬してできる最終化成品のことで……」
と、男の子が答え、
「そんなことは、どうでもよい。はやく、わたしの質問に答えるのだ!」
イエローケーキがイライラして男の子の話をさえぎった。
「せっかくだから、金の水筒をもらったら?」
と、ベルベルがヌガーにいうと、
「放射能汚染されたやつをか? おれは、どれもいらないね!」
「ものを粗末にするのは悪い考えだ! それに汚染のことなら心配ない。しかるべき処理をほどこしてある。……さて、あなたが落したのは、この金の水筒ですか、銀の水筒ですか、それとも、ただのプラスチックの水筒ですか? さて、どの水筒ですか?」
シュレーディンガーは、シチュエーションそのものを嫌っていた。
「こいつは、オレたちの状況を理解しとらんな」
「ねえ、イエローケーキ。正直に答えれば、キミはこの川に橋をかけてくれるの?」
男の子が自在猫の考えを確認しようと、そう尋ねると、
「いや、それとこれとは話が違う」
当然のようにイエローケーキが、その希望的観測を否定した。
「ホレッ、やっぱり状況を考えていない」
と、なげくシュレーディンガー。
「じゃ、普通の水筒をもらったら?」
と、ベルベル。
「こんなところで足止めくわされるのは、まっぴらだわ」
「打開策はないものかな?」
と、ヌガー。
「ないこともないけど……」
と、男の子。
「でも、反則かな?」
いって、首をかしげると、イエローケーキに問いかけた。
「ねえ、キミは魔法かなんかで、この川に橋をかける能力は持ってるの?」
すると――
「あたり前のことを聞いてはいけない。知性が疑われるぞ!」
当然という顔をして、威張りくさってイエローケーキが答えた。
「よかった!」
と、男の子が胸をなでおろし、さっそく行動を開始した。
まず綿百パーセントのシャツの袖をナイフでちょこっとだけ切り、ついで、リュックサックから夕食用のお弁当箱を取り出すと、
「シュレーディンガー、弘左衛門、ヌガー。悪いけど、キミたちのお弁当箱も貸してくれない?」
そういって、彼らから三箱のお弁当箱を受けとり、ついで縒って練り固めた糸すじで、バラバラにならないようにそれらを結びつけた。次に、お箸を二膳(本)取りだし、
「もったいないなぁ……」
と、呟きながら、さらにお弁当のおかずとして入っていた鯛の刺身を取りだした。
「なにが、はじまるのかしら?」
と、不思議そうにマシュマロが呟くと、
「想像もつかないわね」
と、ベルベルが肩をすくめた。
すると――
ポイッ ポイッ ポイッ ポイッ ポイッ ポイッ!
男の子が、取りだした一連の品物を順番に川のなかに投げ入れた。
「コレッ、そんなに一度に川にものを投げてはいかん!」
と、イエローケーキが憤慨し、
「ちょっと待っておるのだ!」
いって、男の子が川に落したものを順番通りに拾った。
「さて、あなたが落したのは、この金の……」
と、イエローケーキがいいかけると、
「面倒くさいから、いっぺんにいおうよ」
と、男の子が口をはさんだ。
「その方が手間がはぶけるでしょ?」
「それもそうだな……」
と、イエローケーキも同意する。
「では、あなたが落したのは、この金の、綿、箱四つと、縒って練り固めた糸すじ……」
「それは <こ(糸偏に句という字)> っていうんだよ」
「そうかね。では、あなたが落したのは、この金の、綿、箱四つ、こ、箸二本、鯛のお刺身、ですか…… 」
「語調が悪いな。ねえ、イエローケーキ、箱四つを逆からいうと?」
「四箱だな!」
「箸二本は?」
「二箸だろう!」
「お刺身のことは別の言葉でいえば?」
「お造り、かな?」
「じゃ、鯛を最後にして、もう一回いってみて?」
「よーし。……ええと、『あなたが落したのは、この金の、綿、四箱、こ、二箸、お造り鯛……』」
ボン!
イエローケーキがそう呟いたとたん <死の川> に橋がかかった。
「さ、はやく、彼が気がつく前に!」
ドヤ ドヤ ドヤ ドヤドヤドヤドヤ……
男の子たちは急いでその <金の橋> をわたった。
あとには、
「……ですか、それとも銀の、まったく、もう、面倒臭いな、ええと、『綿、四箱、こ、二箸、お造り鯛』……」
ボン!
「……ですか、それとも、ただの『綿、四箱、こ、二箸、お造り鯛』ですか?」
ボン!
はからずも、金、銀、普通の橋、三橋をかけてしまった黄色いネバネバ、イエローケーキと、ヌガーが受けとりそこねた、金、銀、普通の水筒だけが、<死の川> の中に残された。
* * *
「見ておったろう、敵は手強いぞ!」
と、昼なおくらい古城の地下室で、ティンバー・ブートレグ伯爵はその男にいった。
「おまえには彼らに勝てる自信はあるのだろうな?」
「……………」
だが、白に黒い蝶の模様の入った着流しを少し崩れた格好で着こなすその男は、伯爵の質問には答えず、
かわりに、むっつり黙って頷いたのであった!




