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【初稿版】愛しのあの方と死に別れて千年~今日も私は悪役令嬢を演じます~《第3幕》  作者: 夕凪ゆな
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閑話2 アメリアとウィリアム 〜通じ合う心〜(1)


 ――それはルイスがこの国を離れ、(はや)ふた月が経った頃の夜のこと。

 久しぶりに屋敷へ帰ったウィリアムは、数週間ぶりにアメリアの寝室を訪れた。


「すまない、もう休むところだったか。君と少し話が出来ればと思ったのだが……」

「構わないわ。私もあなたに話したいことがあったから」


 彼が部屋を訪ねたとき、アメリアは既に寝支度を整えた後だった。


 ダミアでの一件以来、ウィリアムはその後始末の為に寝食もまともに取れない程に忙しくしていた。

 屋敷に帰るのは週に一度か二度、それも夜の遅い時間に帰ってきては朝早くに出かけるため、どうしてもアメリアとすれ違いの生活になってしまったのだ。


 けれどその後始末も終わりが見え始め――ウィリアムはようやく、アメリアのまだ起きているこの時間に帰宅することが出来たのである。


 つまり二人はダミアでの一件以来、あいさつ程度の会話しか交わしていない。

 逃亡したナサニエルのことも、それを追って国を出て行ったルイスのことも、ウィリアムと同化したエリオットのことも、そしてアメリア自身の今の気持ちも――二人は未だ何一つ話し合っていないのだ。


 だから今日この時が、事件以来初めてのまともな話し合いになるだろう。

 その証拠に、アメリアの元へ歩み寄るウィリアムの表情には、明らかに緊張の色が浮かんでいる。

 

「なかなか帰れずすまなかった。君に会うのは……二週間ぶりになるだろうか」

「そうね。それくらいになるかしら……」


 アメリアはそう言いながら、自分の元へ歩み寄るウィリアムに合わせてソファから立ち上がる。

 そうして、自分のすぐ目の前でぎこちない笑みを浮かべるウィリアムに、柔らかな笑顔を向けた。


「まずはお帰りなさい、ウィリアム。あなたが真っ先に会いに来てくれて、本当に嬉しいわ」

「俺も、君が健やかなようで安心したよ」


 二人はそう言って気遣いあう。


 ――それはお互い、心から出た言葉だった。

 この二ヵ月という時間、二人はお互いのことをずっと考えていたのだから。


 相手が今何を考えているのか、何をして過ごしているのか、そして――自分のことをどう思っているのか。これからどういった関係を築き上げていくべきなのか。


 二ヵ月というのは、それを考えるには十分すぎる時間だった。


「こっちに来て、ウィリアム」


 アメリアは、未だ固い表情を浮かべたままのウィリアムの手を取り、ベッドの縁へと誘導する。そして、ウィリアムの手を握ったままゆっくりと腰かけた。


「あなたも座って」


 アメリアは上目遣いでウィリアムを見上げる。

 ウィリアムはそんなアメリアを見下ろし――彼女の白いネグリジェから覗く胸の膨らみに、小さく喉を鳴らした。


「――いや、俺は着替えもまだで……」

 ウィリアムは狼狽(うろた)える。

 大切な話をしに来たのに、ベッドになど腰かけたら話どころでは無くなってしまう。

 そもそもこの二ヵ月以上の間、全くのご無沙汰だったのだから。


 そういう訳で、今のウィリアムには自分を律するだけの自信がなかった。

 けれど対してアメリアは、そんなウィリアムの反応に「ふふふっ」と可愛らしい声を上げる。

 

「安心したわ、ウィリアム。――あれ以来あなたはずっと忙しそうにしていたし、帰ったと思ったらすぐに出かけてしまうから……私、てっきりあなたに避けられているのかと思っていたの。でも、その心配はどうやら杞憂(きゆう)だったみたい」


 それはアメリアの素直な言葉に思えた。

 今まで一度だって見せてくれたことのない、彼女の素顔に感じられた。


「そんなこと、ある筈がない」

 だからウィリアムは、アメリアの手を優しく握り返す。そうして、意を決した様子でアメリアのすぐ隣に腰を下ろした。


「俺が君を避けるなんてこと、絶対にあるわけがない」


 ウィリアムは繰り返す。アメリアの方に身体を向けて、空いた方の手で彼女の頬を優しく撫でた。


「――だが、もし君にそう思わせてしまったのだとしたら……それはきっとその通りなのだろうと思う。

 白状すると……実は俺はつい先ほどまで、とても恐ろしかったんだ。もしかしたら君に拒絶されるのではないかと考えたら……怖くて扉を叩く手が震えたよ」

「私があなたを拒絶する? どうしてそんなこと……」

「わかってる。君は俺を拒絶したりはしない。……わかっているんだ、そんなことは。

 しかし、こういうことは……多分、理屈じゃないんだろうな」


 ウィリアムはずっと不安を抱えていた。

 ――アメリアは本当に自分を愛してくれているのか。自分をエリオットに重ねているだけではないのか。彼女が本当に愛しているのは自分ではなく……消えてしまったエリオットの人格なのではないのか。


 それがずっと気がかりだった。そして恐れていた。

 アメリア本人から、そう聞かされてしまうことを。アメリアはそんなことを言ったりしないと、わかっていながらも――。


「君からすれば、随分身勝手な言い分に聞こえるだろう。君はずっと俺に好意を向けてくれていたのに……。君に振り向きもしない俺に、愛を与えてくれたのに。不安に思うのは、俺ではなく君の方である筈なのに……」


 アメリアの青い瞳に映る自分の姿。その表情はどうも頼りなくて、不安に揺らめいていて。

 そんな不甲斐ない自分自身に、そして今感じているこの感情に、彼はこの二ヵ月の間ずっと悩まされていたのだ。――今まで感じたことのない不思議な感覚に歯がゆさを感じていた。


 それは少し前の自分ならば決して感じなかった筈の気持ち。相手を想うが故の不安や痛みや孤独感。

 けれどそれと同時に、そんな気持ちを感じることこそが本来のあるべき心の形であったのだと、どこか嬉しくも思っていた。


 ルイスが居た頃の自分なら、こんな感情的な気持ちになることはなかっただろう。こんな言葉を口にすることは、決してなかっただろう。


 けれど今、どうしてもアメリアに伝えたい。例え不格好だとしても、伝えられずにはいられない。

 そんな強い気持ちが、今のウィリアムを突き動かしていた。


「だが勘違いしないで欲しい。俺は決して君を信用してないわけじゃない。君への気持ちも変わらない。寧ろ、日に日に大きくなるばかりで……君を愛するこの心はエリオットのものではなく、確かに俺自身のものだと、そう感じている。それだけは断言できる」

「そうね、よくわかる。あなたの気持ちはちゃんと本物だって、わたしにはよくわかるわ」

「……アメリア」

「だからもっと聞かせて。あなたが今考えていることを……あなた自身の言葉で」


 アメリアの美しい微笑み。それはずっと前からそうだったけれど、今の彼にとってはそれ以上に、とても(いと)しく感じられた。


 千年の記憶を持つアメリアの笑顔――けれどそれはこれまでの数々の苦悩を感じさせない柔らかな微笑みで、ウィリアムはこれこそが本来の彼女の笑顔なのだと確信した。


 ――ああ、アメリア……。君の笑顔は、こんなにも眩しいものだったのか。


 ウィリアムの中に、熱いものが込み上げる。


「君がこの千年の間追い続けてきたのはエリオットだ。それは俺じゃない。俺の魂が元々エリオットのものだったとしても、彼と俺は別人だ。――それでも君は構わないか?

 俺に千年前の記憶はない。彼の記憶も人格も消えてしまった。だから俺は本来の君のことを何一つ知らないし、昔を懐かしく語りあうことも出来ない」


 ウィリアムは続ける。


「だがそれでも、誠心誠意努力するつもりでいる。君のことを一番に考え、寄り添い、生涯愛しぬくと誓う。――だから、君を愛する権利を俺に与えてくれないか。この先の未来を、君と共に歩いていきたい」


 ウィリアムは真剣な顔でそう告げて、アメリアを真っ直ぐに見つめる。


 そこにはもう迷いはなかった。彼の瞳は真剣そのものだった。


 アメリアはそんなウィリアムの言葉に驚きを隠せない表情を浮かべたが、それでもウィリアムは躊躇うことなく、再び唇を開く。



「だからアメリア、――どうか俺と結婚してほしい」



 そうして彼が口にしたその言葉――それは、三度目のプロポーズの言葉だった。


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