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06


 ――ソフィアのお腹の子供は、息子ローレンスの子供である。


 それを聞かされたマーガレットは瞬く間に顔を蒼くした。しかし、それは息子とソフィアの間に子供が出来てしまったという、その事実に対してではなかった。彼女は、この期に及んで息子はソフィアを庇うのかと、ローレンスが彼らを庇う為に嘘をついたのだとそう誤解したのだ。自分の子供だと言えば彼らを救うことが出来るかもしれないと、そう考えての言葉に違いないと信じてしまったのだ。


 ――ローレンスは、ユリウスらに(たぶら)かされている。


 そう思い込んだマーガレットは、ユリウスとソフィアへの憎しみを(あら)わにさせた。


「あぁ、何てこと。伯父上の言葉は正しかった。ソフィアは本当に魔女だったのよ。ユリウスだって同じ。彼らはこの国にとって災いにしかならない。まさかこの子まで呪いを受けるなんて……」

「――!?母上、何を仰っているのです!呪いなんかじゃない、お腹の子供は僕の子供だ、間違いない!」

「お黙り!呪いを受けた貴方をこれ以上ここには置いておけないわ!陛下に会うことも許しません!

 ――衛兵!息子が乱心したわ!今すぐここを連れ出して!西の塔に閉じ込めなさい!」

「――な、母上!?」


 マーガレットが叫ぶと同時に、部屋の外から数人の衛兵が現れる。ローレンスはすぐさま拘束されてしまった。


「お待ち下さい母上!僕は乱心なんてしていない!どうか僕の話を最後まで聞いて下さい!兄上は何も知らないんです!僕一人でしたことだ!だから――」


 けれど、ローレンスのその必死の叫びがマーガレットに聞き入れられることはなかった。そして彼はマーガレットの臣下の手によって、他の誰にも知られることなく塔に幽閉されてしまった。


 一方、マーガレットは息子を幽閉するとすぐさまその影武者を立てた。伯父であるリッキゼーンを通し、母国の血族からローレンスと似通った顔立ち、背格好の者を呼び寄せたのだ。そうしてその影武者に、ユリウスらを捕える兵の先陣を切らせたのである。


 そうして一月(ひとつき)が過ぎ――二月(ふたつき)が過ぎたある日、城の様子が一変した。その理由は塔に幽閉されたローレンスの元にも届けられた。ソフィアが捕えられたというのだ。だがそのお腹に既に子はおらず、また、ナサニエルやユリウスは一緒ではないと言う。それを伝え聞き、ローレンスはひとまず安堵した。

 恐らく子供はもう産まれてしまった後なのだろう。このままソフィアがしらを切り通すことが出来れば、罪を追及されずに済むかもしれない――と。だが、そこまで考えてローレンスはようやく思い出す。今のソフィアは自分が対面したときのように、正気ではないのではないか。もしそうであったとしたら、ソフィアは無事でいられるのだろうか――と。


「――くそっ、ナサニエルは一体何をしてるんだ」

 あいつはソフィアを守る騎士では無かったのか。こうしている間にも、ソフィアがどのような目に合わされているのか全く分からないのに――と。


 それに彼は危惧していた。母親であるマーガレットがソフィアをどうするつもりか、想像すればするほど恐ろしい考えしか浮かんで来ないからだ。しかし、塔に幽閉された身ではどうすることもできない。結局そのまま一週間が過ぎ――そして遂に、惨劇は起きた。



「殿下、殿下!起きて下さい!大変なことが起きました!今すぐ城を離れなければ――!」


 それは酷く寒い日だった。前日の夜の雪が降り積もり、街も城も深い雪に覆われている。そのまだ夜が明けきらない早朝に、ローレンスは突然何者かに身体を揺さぶられ起こされた。


「――ん」

 彼が固いベッドの上で瞼を開ければ、そこには自分の護衛騎士のうちの一人、イーサンの顔がある。


「……イーサン?お前、イーサンじゃないか!無事だったのか!?僕はてっきり……」

 ローレンスは数か月ぶりに見るイーサンの姿に驚き飛び起きた。約半年前にナサニエルが自分を尋ねてきたとき、言伝を受けたのはこのイーサンだ。そしてその事実を、尋問に耐えられず話してしまったのも彼である。その日以降ローレンスは一度も彼と会うことが出来なかった。だからローレンスは内心、イーサンはもう殺されてしまったのだろうと諦めていたのだ。だが、彼は生きていた。


「あぁ、イーサン!本当に良かった、よく生きていてくれた……!」

「……殿下」

 ローレンスがイーサンの身体を抱きしめれば、彼は困ったように眉を下げる。自分が口を割ってしまったが故に塔に閉じ込められることとなってしまったと言うのに、この方はどこまでお優しいのか――と。


「勿体ないお言葉でございます、殿下。……ですが、今はそれどころではありません。国王陛下が……」

「父上が、……どうした」


 イーサンの悔し気な表情に、ローレンスの視線が揺らぐ。短髪だったイーサンの赤毛はいつのまにか肩にかかるほど伸び、筋肉質だった身体はすっかり痩せこけてしまっていた。その姿は、厳しい監禁生活を強いられていたことを容易に予想させる。そんな彼が見張りをやり過ごし、こんな場所に姿を現した。ローレンスはその状況から、今が余程の異常事態なのだろうと予感した。


「陛下が……ご逝去(せいきょ)なさいました。それに、大変申し上げにくいのですが……その」

「――何……?」


 イーサンの答えに、ローレンスの瞼が震える。国王が死んだ、その事実だけでも衝撃であるのに、更に続きがあるというのか。

 ローレンスは頭の中でその先の言葉をいくつか想像し、全身が凍るのを感じた。

 

 イーサンは呆然とするローレンスの両肩を掴み、叫び出しそうな顔で矢継ぎ早に告げる。


「よくお聞きください、殿下。これは謀反(むほん)です。ユリウス王子が国王陛下に反旗を翻したのです。城への侵入者はナサニエルただ一人。ですが、騎士一人でこのようなことをするとは考えられません。奴はソフィア妃の奪還が目的だと申したらしく……しかしそれを阻止しようとした国王陛下はナサニエルの手によって命を落とされました。また、それを止めに入った貴方のお母上も犠牲になられたのです。そればかりでなく、奴は夜の間に城中に催涙薬を充満させたようで、侍女や召使いは無事なものの、騎士や衛兵達は殆どの者が抵抗することも出来ず命を絶たれております。今のところは残った者でなんとかナサニエルに対抗しておりますが、いつまで持つかどうか……。ここにはもう貴方のお命を守る力を持つ者は残っておりません。ですから殿下、どうか今すぐここからお逃げ下さいませ!及ばずながら私がお供致します故――!」

「……何だと」


 それはあまりにも衝撃すぎる内容だった。突然のイーサンの言葉に、ローレンスの思考は停止する。


「そんな……馬鹿な……。兄上が反逆だと……?母上が殺された……?」

 そう呟いて、押し黙る。彼の脳裏に過ぎるのは、凡そ半年前のナサニエルの非情な言葉。そう、それは、“全ての元凶の者の首”を差し出せとの、あの言葉。


 そして彼は、全てを理解した。


「くそっ!ナサニエルめ――!」

 ――兄上が反逆などする筈がない。これは全てナサニエルの仕業。あぁ、そうに違いない。あの男ならやりかねない。


 そう悟ったローレンスは、止めるイーサンを無視して一人駆け出した。両親の仇を取るために――。



 ローレンスは人気(ひとけ)を辿って走った。城の長く続く廊下を、あたりに転がる衛兵たちの無残な死体には目もくれず、ひたすらに駆けた。すれ違う衛兵たちは皆あわただしく、彼がローレンスであるとは気が付かないようだった。だが無理もない。本来なら煌びやかな衣装を身にまとっている筈の王子が、まさか寝着のままで護衛もつけずに単独行動をしているとは誰も思うまい。それに今この城にはローレンスの影武者がいるのだ。つまり皆は、その影武者をローレンスだと思っている筈。最も、こんな状況ではその生死すら定かではないが――。


「おい、そこの衛兵!王子殿下はどちらにいらっしゃる!?状況はどうなっているんだ!反逆者は――!?」

 ローレンスは走り過ぎる衛兵数名に向かってそう声を張り上げた。すると彼らは余程焦っているのだろうか、ローレンスの顔をよく確認することもせずに答える。


「反逆者はソフィア妃陛下を人質に玉座の間に立てこもっている!殿下を連れて来いと――。だがその肝心の殿下の居場所がわからず皆で探しているのだ!人手が足りず隊列も乱れている!駐屯地へ応援要請の早馬を出したがすぐには来られないだろう!貴公(きこう)もそのような恰好をしていないで早く身支度を整えられよ!」

 ローレンスのことを貴族の子息か何かだと思ったのであろう彼らは、口々にそのようなことを言い残し速足で駆けて行った。その背中を見過ごし、ローレンスは一人呟く。


「――“玉座の間”」


 そうして彼は再び走りだした。息絶えた名も知らぬ衛兵の腰から抜き取った一振りの剣を、右手に強く握りしめながら――。


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