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【初稿版】愛しのあの方と死に別れて千年~今日も私は悪役令嬢を演じます~《第3幕》  作者: 夕凪ゆな
第6章 始まりの森

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07


*


 しかしどういう訳だろうか。玉座の間へと続く回廊には誰一人いなかった。目的の場所に近づけば近づくほど辺りは静まり返り、気付けば自分の靴音しか聞こえない。それだけではない。先程まで壁際に放置されていた衛兵たちの死体すら、ここにはないのだ。


 それはまるでこの場所だけが、突然世界から切り離されてしまっているかのように――。


「……どういうことだ」


 これはもしや罠なのだろうか。引き返すべきなのか――?ローレンスは疑心暗鬼に陥った。けれどそれでも、回廊を駆け抜ける足を止めることは無かった。


「――母上」

 先程のイーサンの言葉が頭の中でこだまする。ナサニエルが父と母を殺したのだと、そう言ったあの悔しげな声が……。


 そして遂にローレンスは、玉座の間への巨大な扉の前に立った。


「本当に誰も……いないのか?」

 呟いて、左右を見回す。けれどやはり物音一つ、息遣い一つ聞こえてこない。背後を振り返っても、追ってくる影もない。


 ――罠……だとしたら。

 考えて、頭(かぶり)を振る。

 いや、それこそ寧ろ好都合というものだ。そうだ。他の誰もいないと言うのなら、それはこれ以上他の誰も巻き込むことがないということなのだから。


 ローレンスはそんなことを思いながら、左手で片方の扉を押した。この先に居るはずの、ナサニエルに会う為に――。


 そして扉は……何の抵抗もなく開いた。


*


「――うっ」


 扉が開くなり、ローレンスは左腕で鼻を庇(おお)った。その先から這い出るように広がってくる真新しい血の匂いに、顔をしかめずにはいられなかった。そしてその先に広がるであろう光景を想像し、怖気づいた。


 扉の奥は暗い。

 普段なら開け放たれた窓の垂れ幕の向こうから煌々(こうこう)とした日の光が注いでいる筈の玉座の間だが、夜明け前の今はあまりに暗く、そしてどういうわけか灯り一つ燈(とも)されていなかった。


 ローレンスは躊躇(ためら)う。部屋に一歩踏み入れれば、自分はたちまち殺されてしまうのではないか。冷静に考えれば、自分の剣がナサニエルに太刀打ち出来る筈がないのだから――と。


 けれど、そんなローレンスの耳に届く声。


「そんなところへ立っておいでにならず。どうぞこちらへ、ローレンス殿下」

「――ッ」


 その声に、ローレンスはびくりと肩を震わせる。――それはそう、紛れもなく、ナサニエルのいつもの如く冷静すぎる声色で。その、この状況に余りにも似つかわしくない静かな声に、ローレンスは顔をしかめたままようやく一歩を踏み出した。


 暗闇の中へ数歩足を踏み入れると、どういう訳だろうか。扉は自動的に閉まってしまった。そしてそれと同時に闇に響く、ナサニエルの低い声。


「お久しぶりでございますね」

「……ナサニエル」


 カツ、カツ、カツ――と、靴音が近づいてくる。ローレンスはその主に向かって右手の剣を真っ直ぐに突きつけた。するとそれに応えるように、足音が止まる。


「何故、こんなことを」

 ローレンスは暗闇を睨みつけた。剣の向けた先にいる筈のナサニエルに向かって、低い声で呻る。


「殺したのか――、父上や母上を……お前が」

「……ええ」

「――ッ」


 その回答に、ローレンスは剣を振り上げた。そのまま踏み込み、振り下ろす。けれどその切っ先がナサニエルを捉えることは無かった。


「おやおや、久しぶりに会ったばかりだというのに物騒ですね」

「一体どの口が――!」


 ローレンスはナサニエルの気配を追いかけ何度か剣を振り込んだ。けれどどうしても当たらない。この暗闇だというのに、ナサニエルには全てが見えているのだろうか。


「――まだまだですね」


 つまらなそうな声で囁(ささや)いたナサニエルの足音が遠ざかる。そして次の瞬間、垂れ幕を引く音と共に部屋に眩(まばゆ)い光が射し込んだ。


「――なっ」

 あまりの眩(まぶ)しさに、ローレンスは目を覆う。


 それは朝日だった。ナサニエルが窓にかかる幕を開け放ったのだ。そして同時に、今まで闇に閉ざされていた視界が開ける。

 ローレンスはその光景を目の当たりにし、その場に膝から崩れ落ちた。


「……あ、あぁ」


 そこに広がるのは、屍(しかばね)の山。血溜まりの上に積み上げられた、無数の死体だった。


 勿論ローレンスとてこの光景を全く想像していなかったわけではない。扉が開いたときから感じていた酷い血の臭いから、ある程度は予想していた。けれど実際は、その想像の何倍も酷い有様だったのだ。


 呆然としたままのローレンスの視線が床を這う。血の気の引いた真っ青な顔で、彼は何かを必死に探していた。そう、それは――。


「……母……上」


 ――そこにあるのはマーガレットの亡き骸だった。部屋の最奥中央、玉座への階段のすぐ下で、マーガレットがカイルと折り重なるようにしてうつ伏せで息絶えていた。彼女の背中には、カイル共々剣でひとつきされたのであろう傷と、傷跡から溢れた血がべったりとこびりついている。


「……一体、母上がお前に何をしたというのだ」

 ローレンスは母親の遺体に目を釘付けにしたまま、打ち震えた。


「母上は何も関係無かった筈だ。父上だって、お前が憎むべき相手では無かっただろう?なのにどうして……」

 どうしてだ――、とローレンスは繰り返す。ナサニエルのしたことは決して赦されざることだ。だがそれでも彼は、どうしても理由を尋ねなければいられなかった。


「おや、貴方は既におわかりになっていらっしゃるのかと思っておりましたが。半年前に取引致しましたでしょう。リッキーゼンの首を持参せよ……と。それを破ったのは貴方の方です。私はきちんと秘密を守りきったというのに。これはそれを破った貴方への……断罪です」


 しかし、ローレンスはナサニエルの言葉にカッと目を見開く。そして剣を握る右手に力を込めた。


「戯言(ざれごと)を申すな!僕を謀(たばか)るつもりか!?秘密は守られてなどいなかった!ソフィア妃の懐妊は既知の事実だったのだ!先に誓いを破ったのは僕ではない、お前の方だぞナサニエル!それに、だからといってこのようなことは決して赦(ゆる)されることではない!人を殺めてよい理由にだってなりはしない!ソフィア妃の為にも兄上の為にだって……!お前にそれがわからない筈がない!」

「……」


 ローレンスの糾弾(きゅうだん)に、ナサニエルの口角がニヤリと歪む。窓際にあった筈のその姿は、いつのまにか部屋の中央に移動していた。


「ナサニエル、答えろ。お前の本当の目的は何だ。兄上に玉座を捧げると言ったお前のあの言葉は偽りだろう、それくらい僕にだってわかる。なら、お前の真の目的は――、この国か?それともお前を今の立場に追いやった王家への復讐か?僕をここで……殺すのか」


 そう、低い声で問う。するとナサニエルはどういうわけか、ローレンスから玉座の方へ、視線をゆっくりと動かした。ローレンスもその視線を追う。そして、絶句した。


「……妃陛下?」


 そこにはソフィアがいた。虚ろな瞳で玉座に座る、ソフィアの姿が確かにそこにあった。だがローレンスは今の今まで彼女の存在に全く気が付いていなかった。その事実に、彼は言葉を詰まらせる。


「ローレンス様。貴方の仰(おっしゃ)るとおりですよ。私の目的……それはこの国の滅亡と、王族への復讐です。彼女をここまで追い詰めた、貴方がたのね」

「――っ、まさか……全て妃陛下の為だとでも……?」

「ええ。私は妃陛下を心からお慕いしております故。騎士などとは無縁の使い捨て同然だった一兵士の私を、妃陛下は敵にも関わらず拾って下さった。住む場所も、食べ物すらろくに与えられなかった私の部下達にも暖かい手を差し伸べて下さった。……そのときから私は妃陛下のものとなりました。彼女の騎士になるずっと以前から、私は彼女の為だけにこの命を尽くそうと心に誓ったのです。それなのに国王は彼女を蔑(ないがし)ろにした。マーガレットも同じです。勿論、その息子である貴方の存在とて例外ではありません。

 ――彼女を追い詰めるこの国の王族も、この国も、全て滅びてしまえばいいのです。さすればきっと、妃陛下のみ心もようやく休まることでしょう」

「お前、自分が何を言っているのかわかってるのか!?自身が騎士の身分と知っての発言だろうな!?」


 ローレンスは憤(いきどお)る。だが、ナサニエルのソフィアに向ける笑みが崩れることはなかった。


「勿論、全て承知した上での発言ですよ。ですからこうやって、全ての邪魔者を排除させてもらった訳ですから。貴方を最後に残したのはせめてもの感謝の証(あかし)。――貴方のお陰で永らく迷っていたこの気持ちに決心がついたのですから」

「……僕に、感謝?決心……だと?」

「ええ。貴方を離宮でお一人にしたのは意図的なものでした。妃陛下にお会いした貴方が一体どんな対応を取るのか……試させて頂いたのです。それがまさか恐れ多くも妃陛下の身体に触れ、子供まで作ってしまわれるとは流石の私も予想外でした。ですが、それが私に決意させたのです。妃陛下を傷付けるこの国は存在するに値しない。私が全て壊して差し上げよう――とね」

「……だから、殺したのか。罪もない臣下達を、そして兵士たちまで……お前の、私情で!」


 ローレンスは怒りに震え、ようやくその場から立ち上がる。余りにも身勝手なナサニエルの言い分に、腸(はらわた)が煮えくりかえってしょうがなかった。


 確かにソフィアには永きに渡り辛い思いをさせたかもしれない。心を壊してしまうほど辛い環境に身を置かなければならなかったのは事実だろう。それにナサニエルの言う通り、ソフィアにしてしまった自分の行いは万死に値するものに違いない。だが、だから国など滅びてしまえばいい――とは、身勝手過ぎるにも程がある。


 ローレンスは再び剣を掲げた。その切っ先をナサニエルへと向ける。するとそれに応えるように、ナサニエルも腰の剣を引き抜いた。その刃は既に、いく人もの血と脂(あぶら)で汚れている。


「ローレンス様、最後の情けです。貴方に死に方を選ばせて差し上げましょう。その剣を捨て命乞いをなさい。そうすれば一撃で、楽に逝かせて差し上げます」

 それは挑発するような声だった。妖しく光るナサニエルの両眼が、ローレンスの足を竦(すく)ませる。だがローレンスとて、ここまで言われて黙っていられるほど、もう子供では無かった。


「……はっ、その言葉に頷くと本気で思ってるのか?」

「いいえ。――では交渉は決裂ということで。貴方には最も辛い苦しみを味合わせてあげましょう。まずは耳を切り落とし、それから左腕、右腕、そして両脚。最後にその両目を頂きましょう。途中で命乞いをしても無駄ですよ。貴方の断末魔をこの耳に焼き付ける最初で最後の機会ですからね」


 ナサニエルの狂気に満ちた微笑み。ローレンスはその嫌な殺気に吐き気を覚えつつも、剣を構え直し一歩を踏み出す。


「やれるものならやってみろ!」


 彼は全身から湧き上がる怒りを解き放つようにそう叫ぶと、ナサニエルに向かって一直線に斬り込んだ。


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