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03



 翌日の早朝、エドワードとブライアンはアーサーの近衛騎士であるトリスタンを引き連れて、ライオネルとヴァイオレットについて調べてみるとウィリアムの屋敷を後にした。深夜の話し合いで、ヴァイオレットだけでなくライオネルにも不審な点があるのではという結論に至ったからだ。


 そして残されたウィリアムとアーサーは今、プライベート用のダイニングルームで向かい合い朝食を取っていた。開けられた窓からは秋の朝日が柔らかく降り注いでいる。澄んだ空気が部屋を満たし、徹夜明けの二人の頭を丁度いい具合に覚醒させていた。

 そしてそんな二人を見守るように、扉の前には騎士であるマークとエレックが待機している。彼らも同じく徹夜明けだが、流石に慣れているのだろう。彼らはウィリアムやアーサーのように疲れの色一つ見せていない。


「口に合うか?」

 食事を初めてすぐ、ウィリアムが尋ねた。


 そもそもの予定ではアーサーがここで朝食を食べていくことにはなっていなかった。それに屋敷の殆どの使用人が出払ってしまっている今、朝食とていつものシェフが作っているわけではない。しかも時刻はまだ午前7時。本来ならようやく使用人たちが働きだすような時刻である。食材だって揃っていない。――つまり今日の朝食のメニューは、本当にあり合わせなのだ。だから王子であるアーサーの口に合うかどうか、ウィリアムが不安に思うのも無理からぬことだった。

 けれどアーサーは、飲んでいたスープのスプーンを皿に戻すと「何を今さら」と屈託なく笑い返す。


「普通に上手いぞ。それに忘れたか?四年前までは俺たち、毎日同じものを口にしていただろう」


 その言葉に、ウィリアムは寮生活をしていた頃のことを思い出した。確かに学校(スクール)では王族とて例外なく、全生徒が同じ食事を口にしていた。ウィリアムは懐かしさに、思わず頬を緩ませる。そして、「それもそうだな」と笑い返した。


 ウィリアムはテーブルに並んだ皿からクロワッサンを手に取り適度な大きさにちぎって口に運ぶと、再びどこか懐かし気に目を細める。


「本当に懐かしいな。――そう言えば俺たち、卒業して以来夜会で会うことはあっても、こんな風に面と向かって食事を共にすることは無かったんじゃないか?」

「そう言われればそうだな」


 ウィリアムの言葉に、アーサーが頷く。

 アーサーはサラダを口に運んでいた。ウィリアムの視線がその皿に注がれる。皿の隅には、忘れられたようにポツンと佇む一つのミニトマトが……。それを見て、ウィリアムは思わず吹き出した。


「……ふっ。何だ、まだ食べられないのか、トマト」

 それはどこかからかうような口調で。その声音に、アーサーの顔が心なしか赤く染まる。


「ウィリアムお前、わざとだな!」

 アーサーは声を荒げた。アメジスト色の双眼が、キッとウィリアムを睨み付ける。けれどウィリアムはそんなことには気にも止めない様子で、声を上げて笑い出した。


「はははは!悪い悪い。いや、まさかとは思ったが、まだ食べられないとはな!」

「――ウィリアム!」

「くくく。いや、懐かしいな。昔はトマトが出るたびに俺が食べてやっていただろう、覚えてるか?」

「――っ」

 アーサーは今度こそ顔を赤くした。まさかこの歳になってこのようなイタズラを仕掛けられるとは思っていなかったのだろう。アーサーは恥ずかしげにウィリアムから一瞬視線を反らし、けれど再び睨み付けた。


「――ッ、忘れるものか。……だがなウィリアム。この俺の好みを知っておきながら、あえて嫌いなものを出してくるなんてことをしでかすのは、この国でお前くらいなものだ。――見ろ、そこの二人の蒼い顔を」


 アーサーの憎らし気な、けれどどこか親し気な声にウィリアムが扉の方へと視線をやれば、その言葉通りマークとエレックが顔を真っ青にさせていた。それは怒りというより、驚愕の色に。王子であるアーサーに対し、今のウィリアムの様な態度など有り得ないと思っているのだろう。実際、普通なら決して許されるものではない。……のだが。

 再びアーサーの方へと視線を戻したウィリアムがにこりと微笑めば、アーサーは呆れたように溜息をつくのみ。けれどその頬は、どこか嬉しそうに緩められているのだ。


「――全く。お前という奴は……」

 そうだ。ルイスさえいなければ、本来ウィリアムはこのような性格であった筈なのだ。そして少なくとも学生のときのウィリアムは、今のようなウィリアムであった。それが卒業してからと言うもの少しずつ感情の起伏が乏しくなり、気が付けば二人は疎遠になっていたのだ。


 だから今、ようやく二人は学生の時の様に笑いあえている。それを二人は、とても嬉しく思っていた。



 二人は食事を終えると、ウィリアムの部屋へと移動した。アーサーがローレンスと話をつけると言った為である。城の自分の部屋よりも、ウィリアムの屋敷の方が都合がいいだろうということになったのだ。マークとエレックは部屋の外に待機させ、アーサーとウィリアムは部屋のソファに腰を下ろした。


 ウィリアムが尋ねる。


「それで――俺は一体何をすればいいんだ」

 ――昨日の話では、傍にいてくれ、と言うことだったが……と、彼は続けた。正直なところ、ウィリアムにはわかっていなかった。アーサーがローレンスと話をつける、その方法が。

 アーサーは応える。


「お前はただそこに座っていてくれさえすればいい。ローレンスに会うのは夢の中だ。だから……お前はただそこにいてくれ。そして、もしも俺の様子がおかしくなることがあれば……外のマークとエレックを呼ぶんだ。二人には、俺が乱心したら容赦なく、俺の身体の動きを封じろと命じてある」

「……夢?ここで、眠るのか?」

「そうだ。――だが安心しろ。お前とアメリアのベッドを借りようとは思っていない。このソファで十分だ」

「……いや、それは――いいんだが」

 アーサーの言葉にふと、ウィリアムが何か気にするようなそぶりを見せる。そして対面に座るアーサーの顔をじっと見つめると、彼は呟いた。


「君のその夢に、俺も入ることは出来ないのだろうか」

 その言葉に、アーサーの瞳が驚いたように見開かれた。ウィリアムは続ける。


「実はな……昨日は言い逃してしまったのだが、俺もその夢に心当たりがあるんだ。――俺の夢に出て来るあれは……多分、俺自身。――もしかしたら、俺も君と同じなのかもしれない。だから、或いは――と」

「――っ」

「今まで特に気にしたことは無かったんだ。自分の夢に自分が出て来るのは当たり前のことだからな。――だが、君に言われて気が付いた。あれは……確かに俺の姿をしているが、俺ではない……気がして」

「――そう……か」


 ウィリアムの真剣な表情に、アーサーの瞳がどこか躊躇うように揺らめいた。もしも本当に自分の夢にウィリアムが入り込むことが可能だとして――果たしてそうするべきなのか、と。……だが、もしもウィリアムが夢の中でも傍にいてくれると言うのなら、それほど心強いことはない。


 アーサーは、決意する。


「――よし。ものは試しだ。やってみればわかるだろう。だが、もしも本当にお前が俺の夢に入ってこれたとしたら……そのとき、お前の身体は無防備になるだろう。外に待機させている二人を中に入れた方がいいだろうな」

「……ああ、そうだな。だが、二人は事の詳細を知らないだろう?どうするんだ」

「仮眠をとるから見張っておけとでも言っておけばいいだろう」

 アーサーの言葉に、ウィリアムはひねくれたような笑みを浮かべる。


「ふっ、男二人の寝顔を眺めていろと言うのか?君もなかなか酷な事を言うな、アーサー」

「ふん、何を今さら。彼らにとってはそれが仕事だ。――それよりも、他に問題がある」

「……問題?」

「俺と手を……取り合えるかと言うことだ」

「手――?俺と……君がか?」

「そうだ。そしてそれをあの二人に見られても構わないかと言うことだ」

「……」


 アーサーの表情は真剣そのものだった。瞬間ウィリアムの脳裏に過るのは、ルイスと契約を交わした際の、彼と手を取り合ったそのときのこと。

 ウィリアムは思わず眉をひそめる。アーサーの手を握る、それ自体は構わない。だが、それを他人に見られるというのは流石に……。


「ゲイに……間違われるのはごめんなんだが、大丈夫だと思うか?」

 ウィリアムが困ったように呟けば、アーサーも頷く。


「そうなんだ。俺もそれを危惧している」


 そして――一瞬の沈黙。けれどその時。


「でしたら僭越ながら、私がお二人を見守らせて頂くというのは如何でしょうか!?」

 ――と、聞き覚えのある声がした。一体どこから――?そう思った二人がはっと振り向けば、そこには……。


「ハンナ!?お前、そんなところで一体何をしてるんだ!」


 二人の視線の先には――浴室の扉から顔だけ覗かせて、二人に向かって笑顔を浮かべているハンナの姿。よく見れば、その髪は濡れている。


「……もしや、風呂に入っていたのか」

 俺の部屋で――?と、ウィリアムが茫然と呟けば、ハンナはかぁっと顔を赤らめた。


「も……申し訳ございません。私どうやら寝ぼけていたらしく部屋を間違えてしまったようで……。お恥ずかしながら、お二人の声が聞こえてくるまでうたた寝をしていました……」

「…………」

「ほ、本当に申し訳ございません!!で……殿下もいらっしゃるのにこの様な醜態をさらし……。で――ですが、先ほどのお話、聞かせて頂きましたわ!どうやらとてもお困りのご様子!ですから私、お力になれるかもと思って……こうやって」

「そうやって……浴室から頭だけ覗かせていると、そういうことか?」

「……はい。……端的に申しまして、そういうことに」

「…………」


 ウィリアムはハンナのその申し訳なさそうな、けれど恐れを知らない物言いに深いため息をついた。流石長年アメリアの侍女をやっているだけのことはある。そう言えば先日の街での尾行の件も、言い出したのはルイスではなくハンナだったと聞いていた。まさに、あのアメリアにこの侍女あり――ということか。


 彼がアーサーの顔色を窺えば、まさかの事態に言葉も出ない様子だった。無理もない。使用人が主人の部屋の浴室を使用し、あまつさえ話を盗み聞きするなどということは、決して許されることではないのだから。


「ええと、……アーサー?彼女のことは昨夜紹介したから知っているだろう。アメリアの侍女のハンナだ。つまり、彼女はアメリアの侍女であって、実のところまだこの屋敷の使用人ではないんだ。――確かに俺の監督不行き届きだが、どうかこの俺に免じて……彼女をとがめないでやってくれないか」

「……」

 だが、アーサーは何も答えなかった。そのかわり、ソファから立ち上がるとどういうわけかベッドの方へ歩いていく。


「アーサー?」

 ウィリアムが呟けば、アーサーはハンナの方をじろりと見やった。


「シーツは変えてあるんだろうな?」

 その問いに、ハンナは何故かぱぁっと顔を明るくする。


「勿論ですわ!!」

 その答えにアーサーは眼を細め、そのままベッドへと上がっていった。ウィリアムは目を見張る。


「あ、アーサー!?」

 どうしてベッドなんだ!?――と、ウィリアムの表情が物語っていた。けれどそんなウィリアムのことなど気にもとめず、アーサーはベッドの上に仰向けに寝転ぶ。そしてウィリアムに向かって、さも当然であるかのように右手を掲げた。


「ウィリアム、お前もさっさとこっちへ来い」

「はっ!?だが、先ほどはソファで――と」

「何を言ってる。手を握るのにソファじゃ無理だろ。お前も眠るんだぞ」

「いっ……いや、だが――同じベッドで……とは」

「同じ以外にどうするんだ。早くしろ。寝不足で頭痛がしてきた」

「…………」


 くっ――と、ウィリアムの顔が歪んだ。もしやこれは先ほどのミニトマトの仕返しなのでは……?いやいや、流石にそんなわけ……。

 そんなことを考えつつも、ウィリアムは仕方なしにベッドに上がり、アーサーの右横に並ぶ。そして、躊躇いつつもアーサーの右手を取った。


「いいか、ハンナ。絶対に誰も入れるなよ。絶対にだ!」

 ウィリアムの命令に、これでもかと言うほどにこりと微笑み返すハンナ。


「勿論でございますわ!この国全ての夢見る乙女の為に、このことは私の胸の内にとどめておくことをお約束致しますわ!」

「……」


 ウィリアムはそのハンナの答えに一抹の不安を覚えながらも、アーサーの言葉に従って瞼を閉じる。そしていつの間にか――深い深い夢の中へと、落ちて行った。


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