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ソヨゴの街

「はぁ……すごい!」

思わず吐いたため息は、感嘆からだった。

見渡す限りの人、人、人‼


季節が春めいてきて、ようやく寝台から起き上がる事が出来るようになったディアナは、テミスの提案でソヨゴの街を案内されることになった。


テミス達家族が暮らす、ソヨゴの街はディアナが生まれ育ったレオンの隣に位置するフェネット共和国の首都であり、他国との国交が盛んな貿易街として有名らしい。


療養させて貰っている間も、テミスの調剤室から時々街の喧騒が聞こえていたので、ここがとても栄えている街だということは分かっていたが、実際に街中を歩いてみるとあまりに人が多く、また活気のある売り子の掛け声や群衆のざわめきに、ディアナのため息などたちまち飲み込まれてしまった。


「ルナ!ちゃんと着いてきてる⁉」


数歩先にあるテミス顔は、行き交う人々に隠されチラチラと見え隠れしている。

ディアナはそれを見失ってしまったら絶対に迷子になると思い、人にぶつかりながらも必死に人の波を泳いだ。


だが、元々が華奢なディアナは人にぶつかる度よろめき、それでもなんとか全身しようと踏ん張ったが、幾重にも連なる人の壁にとうとう弾かれ転倒してしまった。


「あっ、テミス……」


ディアナが発した小さな声など聞こえてないのか、テミスは勿論誰一人として振り向くことなく先に行ってしまう。


転んだままではますますテミスを見つけることが出来なくなってしまうと、急いで立ち上がったディアナだったが焦っていたせいか、勢い余ってよろけてしまう。


だか、その瞬間後ろからぐっと強い力で腕を引っ張られなんとかまた転ばずに済んだ。


「あっ……あの、ありがとうございます」


ディアナは後ろを振り向くと、羽織っていた外套のフードを瞳の近くで抑えながら俯き加減に礼をした。

フードの隙間から隠れるように視線を上に向けると、筋肉質ながっしりとした背の高い男がディアナの前に立っていた。


「あんただろ?テミスのとこで助けた女の子って。さっき店から二人の姿が見えたから……って、あいつは?」


レオンハルトも背が高かったが、それ以上に大きい彼を見上げるのは首が疲れる。ディアナはそんな事を考えていた。


「おい、あんた大丈夫か?」


ぼっとするディアナを怪訝な表情を浮かべて見た男は、腰を屈めてフードに隠れたディアナの顔を覗いた。


「あ!すみません。……あの、貴方は?」


バチリと合う視線に戸惑いながらも、きっとテミスの知り合いなんだろうなと名前を聞く。


「そうか、名乗ってなかったな。オレは近くでコリントンっていう洋服屋をやってるリオンだ。テミスとは兄妹みたいなものだ」


洋服屋だと言われ、何気なくリオンの首元を見ると数字が書かれた細い紐のようなものを下げている。

これで寸法を測ったりするのだろうか、仕事場から抜け出してきたといった様子の彼に、もしかしたらわざわざ挨拶する為に出てきてくれたのではないかと思う。


「そうだったんですか、すみません。私まだこの街のこと詳しくなくて……」


「気にすんな、どうせあいつが勝手に連れ出したんだろ?迷惑掛けるな。

……それにしてもあんた、凄い美人だな」


リオンは顎に手を当てながら、色んな方向からディアナを凝視すると、何やら思い付いたようにディアナの肩にポンと手を置いた。


「そうだ、あんたさウチの店のモデルやってくれないか?」


にこやかな微笑みを浮かべるその表情とは裏腹に、肩に込められる力強さに有無を言わせない強引さを感じる。

この威圧感は背が高いからだろうか?


それでも、モデルなんてとんでもないとディアナはリオンの腕を押し退けた。


「あ、私そんなの無理です!」


首を横にぶんぶん振りながら、ディアナは人混みの中をリオンから一歩退く。


「いやいや、ウチの服着て何枚か姿絵書かせてくれるだけでいいんだ。あんたみたいな美人が着てる服、みんな欲くなるって!なぁ、頼むよ」


「そんなこといわれても……」


せっかく距離をとっても、段々と迫ってくるリオンに、気後れを感じながら困っていると、突如息を切らしたテミスがふたりの間に割って入った。


「ちょっとぉ、リオ兄さん⁉何ナンパしてくれてんのよ!嫌がってるじゃない。ルナも何してんのよ、いきなり居なくなるから探したんだからね!」


「ごめんなさい……あ、あんまり人が多くて進めなくて」


ぜいぜいと、呼吸を乱しながら声をあげたテミスは、よく見ると額に汗を滲ませていた。

これだけの人の中を私を探す為に走り回ってくれたのだ。

(心配かけてごめんなさい、心配してくれてありがとう)

ディアナはその気持ちを上手く伝えることは出来ないながらも、心の底から素直にそう思った。


「あぁ、もうそんな顔されたら怒れないじゃない。しょうがないわね、ほらこうすればもう迷わないでしょ?」


そんな顔と言われても、ディアナ自身は自分が今どんな顔をしているのか分からないのでどうしようも出来ないが、ほらと言って繋がれた手の平は温かくてこれならもう迷わないでいられる気がした。


「おい、テミス無視するなよ。オレはこの子に話をしてる途中だったんだよ。全くお前も人が悪い、こんな美人だってなんで黙ってた」


「リオ兄さんみたいな人がいるからよ。いい?例え兄さんでもルナに不埒な真似したら私が許さないんだからね」


「……やっぱり噂通りなんだな、お前良かったな」


急に真顔になったリオンは、テミスの頭を軽く撫でると眉尻を下げた。


ディアナは、てっきりテミスがそれを嫌がるんじゃないのだろうかと心配したが、テミスはリオンの手を払い退けることをせず、黙って頷いた。


ディアナにはリオンが何のことを言っているのか分からなかったが、テミスにはしっかりと伝わっているのだ。


リオンとテミスのかけ合いを横で聞いていると、彼が言ったように本当に近しい間柄なんだと分かる。

信頼していたり、気を許している人にほどわざときつい言い方をする、テミスにはそうゆうところがある。


ふたりの間の独特な空気に、ディアナが入れないでいると、それを察したテミスが話を元に戻した。


「で、兄さんはルナに何を言ったのよ?」


「あの、テミスからもリオンさんに言って!私、モデルだなんて無理だって」


「モデル?リオ兄さんの店の?なんでルナがそんな面倒なことやらなきゃいけないのよ、今日はねテミスに街を案内したり、生活に必要なもの買い出しに来たのよ。私達忙しいの!」


付け入る隙は与えないと言わんばかりに、ピシャッと会話を打ち切るテミスだったが、そんな彼女に負けることなくリオンも言い返す。


「じゃあウチで選んだ服着ていけばいいじゃないか!それでさ、それどこの服かって聞かれたらコリントンのリオンが作った服だって言ってくれるだけでいい。選んだ服はプレゼントするから、な?」


「……ふーん、ずいぶんと気前がいいじゃない」


テミスはしばらく黙ると、何か面白いことでも思い付いたかの如く、にやりと悪い笑いを浮かべるとディアナの手を強く握った。


「ルナ!モデルやりなよ」


「えっ、でも」


無理だと言う前に、テミスはリオンに聞こえないようディアナにこそっと耳打ちをする。


「代わりに何着か洋服貰っちゃえばいいのよ、何かとお金はかかるんだから節約・節約!大丈夫、リオ兄さんってあんなだけど洋服職人としては一流なんだから、コリントンもまだ開店して間もないけど、すっごい可愛いお店なのよ、似合わないでしょ?」


確かに、いつまでもテミス達家族に甘えてあそこに居るわけにはいかないし、宿を取るにも、旅を続けるのにも先立つものは必要だ。

テミスの言うように、抑えれるお金は切り詰めていくべきだと思う。

でも、モデルなんてしたこともないし、自分に務まるとも思えないのだ。


そんなことをぐるぐると考えていると、ドンと背中を強く押された。


嫌な予感がして、後ろを振り向くとそこには既視感を覚える笑顔があった。


「話は決まったようだな!安心しろよ、しっかりと変身させてやるから」


あぁ、本当に兄妹みたいだ。

ふたりの顔を見比べると、同じような悪い笑みを浮かべている。

全く顔立ちの似ていないふたりが似て見えるから不思議だ。


「ちゃんと報酬はがっぽり貰うからね!」


意気込むテミスの目には、もうしっかりと元を取ることしか映っていないようで、ディアナは深いため息を吐いた。


ディアナの意見など始めから関係ないとばかりに、背を押すリオンと手をひくテミスの強引さにディアナが敵う筈もなく、人の波に流されるように一同は洋服屋コリントンに向かうことになったのだった。


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