オリアの最期の矜持
Chapter Preview: 凍てつく王宮の地下牢深く。皇帝は、陥落した世界の最後の残滓――王女オリアと対峙していた。彼女に残された僅かな反逆の意志さえも徹底的に解体していく一方で、地上ではさらに巨大な屈辱の舞台が整えられつつあった。生き残った特権階級の者どもが、純粋な絶望を祝う宴のためにかき集められる。生存の糸は、あまりにも細く脆い。ここに、鮮血の祝宴の幕が上がる。
薄暗い王宮地下牢の静寂は、地上でオリオン星を食い尽くす業火の喧騒とは異なり、別の種類の死が滴り落ちるような沈黙だった。
皇帝は死神のごとく独房の前に立ち、虚無を宿した瞳で、惨殺された王冠の宝石――『オリア姫』を見下ろしていた。
己の存在意義すらも剥奪するような、その絶対的な見下ろす視線に、オリアは耐えられなかった。
太陽軌道帝国の暴君――自身の故郷をわずか数時間で灰燼に帰し、最愛の父の肉体を無残に引き裂いた男の存在を前にした瞬間……彼女の中に残されていた最後の理性が、音を立てて弾け飛んだのだ。
オリアは狂乱し、致命的な罠に落ちた猛獣のごとく右へ左へと暴れ回った。太いチタンの拘束具が彼女の華奢な手首に食い込み、その野蛮な動きを無理やり押さえつける。
「悪魔……ッ! この、悪魔ァァッ!!」
彼女の口から紡がれるのは、その呪詛の言葉だけだった。すでに正気は失われ、視界は盲目的な怒りに染まり、心臓は煮えたぎるような漆黒の憎悪で満たされている。
絶望のすべてをぶつけるように、果てのない盲目的な怒りに任せて叫び、咆哮するオリア。
だが、皇帝はゆっくりと、その重々しい軍靴を持ち上げた。そして、サディスティックな愉悦を滴らせるような、ひどくゆっくりとした意図的な動作で――その分厚い靴底を、彼女の口元へと直接押し当てたのだ。
悲鳴は踏み躙られ、彼女の絶対的な『王女としての矜持』は、靴底の泥のごとく穢された。
皇帝は遥か高みから彼女を見下ろし、いつものサディスティックな笑みを浮かべたまま、氷のように冷たく静かな声で告げた。
「落ち着け……大人しくするのだ、美しき者よ。その凄絶な怒りは、お前の魅惑的な顔には似合わぬぞ」
靴底の重圧の下で、オリアは猛然とその硬いソールを噛みちぎろうと足掻いた。屈辱の涙が黒い革を濡らすのも構わず、ありったけの力で歯を立てる。傷ついた雌狼のように頭を左右に振り、必死にその牙を肉に食い込ませ、装甲を貫こうとした。
しかし、涙で霞む瞳を上げた彼女が見たものは――痛みも、怒りも、微塵も感じていない男の姿だった。
皇帝はただ傲然と立ち尽くし、冷酷で余裕に満ちた笑みを浮かべて、彼女の絶望的な抵抗を見下ろしている。それはまるで、岩を引っ掻こうとする哀れな蟻の無駄な努力を観察して楽しむかのような、絶対者の眼差しであった。
そのほんの一瞬、オリアの心臓を氷のような恐怖が鷲掴みにした。
彼の瞳の奥に広がる純粋なる暗黒。己を絡め取ろうとする絶対的な邪悪。
彼女は悟ってしまったのだ。自分にとっての『真の悪夢』は、まだ始まってすらいないのだと。
警告はなかった。
突如として、皇帝は喉の奥深くまで軍靴をねじ込み、野蛮な力で一気にその顔面を踏み躙った。彼女の後頭部が、石の壁へと激しく叩きつけられる。
鈍い骨の音が響き渡り、弾け飛んだ青い血が、独房の冷たい床を惨たらしく汚した。
激痛と眩暈に苦悶の呻きを漏らしながら、床に崩れ落ちたオリア。だが皇帝は、その顔面に容赦なく全体重を乗せた。
靴底が彼女の顔を圧迫し、ギリギリと左右に擦り潰すように動かされる。まるで羽虫を踏み潰すかのようなその所業は、彼女の頭蓋骨と、その高潔な誇りとを同時に粉砕しようとするものだった。
皇帝は囁いた。その声が、地下牢の闇に低く響き渡る。
「なんとも愉快な光景だ……。余は、オリオンの羽虫どもが、無様に這いつくばり、惨めに潰されていくのを見るのが大好きでな」
その絶対的な凌辱の最中、分厚い地下牢の扉が開き、第六夫人『カミール』が姿を現した。
いつものように軽やかな、踊るような足取り。彼女は皇帝の御前で他の妻たちがそうするように、完璧な敬意をもって深く一礼した。そして、オリアへと値踏みするような視線を素早く投げかけると、ひどく芝居がかった、懇願するような悲鳴を上げた。
「陛下……私の愛しい旦那様……お願いですわ! 本日の『主役』のお顔を、これ以上台無しにしないでちょうだい。私や他の子たちで、この祝宴のメインイベントのために、彼女の身体やお顔を美しく、無傷のまま保つよう、あれほど苦労いたしましたのに……!」
眩暈の耳鳴りと、頭蓋骨を締め付けるような激痛の狭間で――オリアは、その最後の言葉だけを確かに聞き取った。
底知れぬ驚愕に、彼女の瞳が見開かれる。砕け散った意識の奥底で、彼女はただ呆然と反芻した。
(祝宴……!?)
皇帝はゆっくりと足を退けた。オリアの顔面には、残酷なまでにくっきりと軍靴の跡が刻み込まれていた。
彼は二度と彼女へ視線を送る労を取ることなく背を向け、静寂と死の気配を纏った瞳でカミールを見据え、短く冷徹に言い放った。
「よかろう……カミラ。お前の望み通りにしろ」
王宮の上層階では、皇帝が愛妃カミールに誓った『絶対的な約束』を果たすべく、着々と準備が進められていた。この荘厳な建築物を、オリオンの民に完全なる屈辱を与えるための「劇場」へと作り変えるのだ。
この集いの目的は、軍事的な勝利を祝うことなどではない。星に残された最後の意志を、永遠に叩き折るために仕組まれた極めてサディスティックな儀式であった。
古代の黄金と聳え立つ彫像で溢れていた王宮の大広間は、今や目を背けたくなるような狂宴の舞台へと変貌していた。きらびやかな香水の匂いの裏には、濃厚な死の悪臭が隠れ潜んでいる。
芸術狂いのカミールの指揮のもと、そこに集められたのは千人の女たち。恐るべき精度で選別された、オリオン星が誇る最も美しく、最も完璧な至宝たちである。
だが、彼女たちは高級な妾として扱われるために呼ばれたのではない。その尊厳を徹底的に蹂躙する「役割」を与えられていた。
ある者はボロボロのぼろ布を纏わされ、床にこびりついた青い血を拭き取る清掃係に。ある者は厨房の料理人に。そして大多数の者たちは、己の身分と誇りを徹底的に汚すような卑猥で屈辱的な踊り子の衣装を着せられ、この狂宴の「ダンサー」として舞台に立たされていた。
広大なホールの両端には、降伏した将軍、ロボットの虐殺から生き延びた貴族、そして恐怖に震える大臣たち――オリオンの「特権階級」どもが、強制的に着席させられていた。
彼らの手は小刻みに震え、視線はダンスフロアに釘付けになっている。そこには、帝国が誇る灼熱のレーザーワイヤーが目に見えぬ死の網を張り巡らせていたからだ。
ロボットどもが彼らの耳元で囁いたルールは、極めて単純明快だった。
『笑顔を作れ』。そして、この狂気に満ちた宴の演目に対し、底なしの屈辱を抱きながら『拍手喝采せよ』。
もし拍手の手を止めたり、顔に一瞬でも不満の表情を浮かべた者は……その席に座ったまま、一瞬にして蒸発させられるのだ。
しかし、参列者たちの心臓を鷲掴みにした最大の絶望は、恐怖のダンスでもレーザーの網でもなかった。
ホールの入り口や通路に立たされ、飲み物を注いで回る「下働き」たちの正体である。
そこには、百二十億の民を統べる絶対君主――『オリオン二十四世』と、その隣に寄り添う王妃の姿があった。
彼らは王冠を奪われ、豪奢な絹の衣を剥ぎ取られ、王族の証たるすべてを喪失していた。代わりに着せられたのは、強烈なまでの侮蔑の匂いが染み付いた、惨めな使用人のボロ着である。
かつての王は、男としての尊厳を完全にへし折られた震える手で、銀のトレイを捧げ持っている。王妃は深く首を垂れ、完全に心が折れたような動きでグラスにワインを注いでいた。
己の王がそのような最底辺の境遇に置かれている様を目の当たりにし、オリオンの指導者たちは致命的な沈黙の中で絶望の嗚咽を飲み込むしかなかった。彼らは理解させられたのだ。この星は武力で敗北しただけではない。その魂も、文化も、歴史も……文字通り「屠殺」されたのだと。
突如として、王宮を照らしていた古典的な照明が完全に落ちた。
代わりに鳴り響いたのは、骨の髄まで響き渡る戦太鼓のような、重厚極まる帝国の行進曲。そして、ダンスフロアに張り巡らされた紅蓮のレーザー網が、地獄の業火のごとく不気味に発光する。
何千人もの参列者が息を呑み、メインホールの巨大な鋼鉄の扉へとその視線を縫い付けた。
金属の重々しい軋み声を響かせながら、扉がゆっくりと開かれる。
通路の暗がりから姿を現したのは、悪魔的なまでの傲慢さを纏って歩く愛妃たち、そして――太陽軌道帝国の絶対的暴君。
皇帝が広間へとその第一歩を踏み出した瞬間。それは正式なる……『鮮血の祝宴』の開幕を告げるものであった。
【読者の皆様へ:今話のクエスチョン】
オリオンに対する物理的な戦争はあっという間に終わりましたが、この章で描かれた通り、皇帝の真の戦いは「心理戦」にあります。太陽軌道帝国にとって、惑星を制圧することなど造作もないこと。しかし、その星の「魂」を徹底的にへし折ることにこそ、彼の真の『芸術』が宿っているのです。
質問:もしあなたがオリオン星の住人だったとしたら、どちらの運命をより恐ろしいと感じますか?
冷酷なロボットのアルゴリズムによる「即決の盲目的な処刑」か、それとも、鮮血の祝宴で味わう皇帝からの個人的な「慈悲」か?
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