毛を毟られた鶏
【チャプター・サマリー】
本アークの最終局面は、皇帝とその妻たちが最終目的地であるザイロス星へと到着するところから幕を開ける。
果たして彼らの計画とは? そして、七人の哲学者たちの目論見とは?
この章で待ち受ける、注目の激突とはいかに——!?
冷徹な響きを帯びたイヴの声が、スピーカーを通じて響き渡った。
ロボット兵とオリオン星の徴集兵たちで埋め尽くされた、戦艦のメインホール。
「全オリオン兵に告ぎます。ザイロスの星は極めて有毒な環境です。直ちに、私たちが特別に設計した専用のヘルメットを着用しなさい」
ガシャァァァン!
頭上から、ペストマスクを思わせる無数の防毒マスクが降り注ぐ。
船は目標——ザイロス星へと接近していた。
予測通り、そこは猛毒に侵された世界だった。
何十万トンもの屑鉄が山のように積み重なり、その頂には七つの窓を持つ巨大な塔がそびえ立っている。
ゴォォォォォ……ッ!
ザイロス星の地平線を覆い尽くすように戦艦が姿を現したその光景は、圧倒的な威圧感を放っていた。
ドスゥゥゥン! ドスゥゥゥン!
オリオン兵とロボット軍団を乗せた無数の降下ポッドが、次々とザイロスの地表へ激突する。
ハッチが開き、軍勢が外へと踏み出す。
彼らの目に飛び込んできたのは、積み上げられた屑鉄の山と、化学物質の悪臭が立ち込める分厚い煙の雲だけだった。
至る所に黒い油がぶちまけられている。
吐き気を催すほどに醜悪で、忌まわしい場所だった。
プシューーー……ッ。
最後に落下した一際巨大なカプセルから、濃厚な蒸気が噴き出した。
ついに、皇帝とその妻たちがザイロスの地へと降り立ったのだ。
この有害な大気の中にあって、皇帝と妻たちはヘルメットを一切身につけていない。
装備しているのはオリアとマディ・ロール将軍だけであった。
「にゃぁぁ……」
皇帝の足元では、ニクシアが眠そうな猫のように目を細め、擦り寄って鳴いている。
皇帝は黄金に輝く双眸で、左右に広がる荒廃した星を見渡した。
「この薄汚れた星は、余の自尊心を微塵も満たさぬな。いっそ塵も残さず破壊してやるべきか。……チッ」
皇帝は冷笑を浮かべ、吐き捨てるように言った。
「あ、あの……皇帝様。私たちはこれからどこへ向かうのですか?」
オリアが人差し指を頬に当てながら、首を傾げて尋ねる。
その直後だった。
ズズズズズズズ……ッ!!
星全体を揺るがすほどの轟音が、七つの窓を持つ高塔から響き渡った。
「キャハハハハハハハハハ!」
それは、塔の最上部から降ってくるような狂気じみた高笑い。
「どうやら、余たちがどこかへ向かう必要はないらしい。奴らの方から出向いてくるようだからな」
塔を見据えながら、皇帝はオリアに答えた。
「我が帝国の歴史において、これまで数多の侵略者が余に牙を剥いてきた。だが……星の有毒ガスに怯えて防毒マスクを被るようなガキどもを見るのは初めてだな! なんだ、少し咳き込むのが怖いのか? キャハハハハハ!」
拡声されたその下品な声と嘲笑のトーン。
オリオン兵たちの記憶データから、皇帝と妻たちは即座にその声の主を特定した。
「アリストテレスともあろう者が、このような五月蠅い狂犬を放し飼いにしているのか? ……期待外れも甚だしいな」
皇帝は蔑むように冷笑した。
「キャハハハ! アリストテレスの野郎には、塔の中で自分の銀色のケツでも磨かせておけばいいんだよ!」
皇帝の絶対的な覇気を意に介する様子もなく、ディオゲネスは下品に言い放った。
「俺様がわざわざ出てきたのはな、この傑作なジョークを直接見てやりたかったからだぜ! ピカピカの船で降り立った偽物の《皇帝》様が、着飾ったプラスチックの等身大おもちゃを引き連れて、一丁前に侵略者ごっこを楽しんでやがる! キャハハハハ!」
ピキッ……!
その瞬間、イザベラの額に怒りの青筋が浮かび上がった。
彼女と他の妻たちへの直接的な侮辱。周囲を飛ぶ撮影用のドローンが、主人の激しい怒りに呼応して震えている。
しかし、ディオゲネスの暴言は止まらない。さらに下劣さを増していく。
「教えてくれよ、着飾ったお洒落な暴君さんよぉ……。お前が連れてるその完璧な嫁さんたちの柔らかい肌が、俺様の油の沼でドロドロに溶けちまったら、一体どんな間抜けなツラになるんだろうなァ? 俺様のハンマーの柄にするために、その上等な肉を再利用してやるよ! それでも美しくいられるかってな! ……ああ、ここまでお前らの腐臭が漂ってくるぜェ!」
——静寂。
ゾクッ……。
戦場の温度が急激に低下した。
純粋支配のアクシオム(じゅんすいしはいのアクシオム)から放たれる皇帝の重圧が、星の引力そのものを押し潰す。
ギギギギギギ……ッ!
皇帝の怒りの重さに耐えきれず、屑鉄の山々が悲鳴を上げ、ひしゃげていく。
皇帝はゆっくりと塔へ視線を上げ、宇宙の死刑宣告とも言うべき静かな声で告げた。
「……貴様も、他のガラクタ共と同じように消し去るつもりだったが。予定を変更しよう。貴様という機械が、部品一つに至るまでゆっくりと解体されていくその様を……余の権威に逆らった愚か者への《生きた教材》にしてやる」
「だったらやってみろや、皇帝さんよォ!!」
ディオゲネスが天に向かって両腕を振り上げ、星を揺るがすほどの声で叫んだ。
「だがな! お前の愛しい美男美女の嫁さんたちとは、ここでお別れだぜェ!!」
そして、狂気の声を張り上げる。
「やれ……今だ、ピタゴラスゥゥゥゥ!!」
カッ——!!
ピタゴラスの両手が眩い純白の光に包まれ、天高く掲げられた。
直後、大災厄が幕を開けた。
太陽軌道帝国の軍勢の足元で、大地が激しく脈動する。
「な、何が起きてるんだい!? 何だコレは!?」
ロキシーが声を荒らげる。
「分かりません。ですが、最も確率が高いのは……第四の哲学者の能力です」
イヴが冷徹に状況を分析し、その眼鏡が鋭く光を反射した。
ガガガガガガッ!!
鋭角を持つ精密な幾何学図形が、大地の底から無数に隆起し始めた。
それらは瞬く間に連結し、皇帝と妻たちを真っ二つに分断する巨大な障壁を形成した。
「皇帝様、ダメですぅぅっ!」
壁の向こう側へと消えゆく皇帝に向かって、オリアが必死に手を伸ばす。
幾何学の迷宮は、情け容赦なく全員を分断していく。
ニクシアが皇帝の足元から跳躍したが、着地する前に床が幾何学状に割れ、ヴェロニカもろとも奈落へと飲み込まれた。
カチャッ……。
カオリが沈黙のまま刀を抜き放ち、迫り来る幾何学図形を両断しようと身構える。
だが、一瞬早く彼女の周囲に閉鎖空間が形成され、完全に孤立させられた。
一緒に立っていたカミールとイヴの足元からも巨大な柱が突き出し、二人を別々の空間へと弾き飛ばす。
そして、オリアとセリーンを飲み込もうと巨大な三角形の床が迫った瞬間——ロキシーが飛び込み、二人を抱え込んだ。
そのまま三人(あるいはそれ以上)まとめて、幾何学の淵へと転がり落ちていく。
…………。
気がつけば、その場に残されたのはたった三人だけだった。
皇帝、イザベラ、そしてマディ・ロール将軍。
ゴゴゴゴゴゴォォォォッ!!
次の瞬間、皇帝の足元の地面が切り取られ、巨大な円柱となって空高く——あの巨大な塔の最上部へと皇帝を打ち上げてしまった。
「…………ッ!」
マディ・ロールと二人きりになった空間で、イザベラの額に再び太い青筋が浮かんだ。
「皇帝陛下に誓って……! なんでよりによって、アタシのところにアンタしか残ってないのよ!!」
イザベラは怒り狂って叫んだ。
「軍人として、この身を斬り刻まれるほどの痛恨の極み……ッ! 分断される前に、兵士の肉の盾となってでも、我が主君をお守りすべきであった……。せめて、この分断の前に陛下へ辞別の礼を尽くしたかった……!」
マディ・ロール将軍は、絶望的なほどの深い悲壮感を漂わせて崩れ落ちた。
彼が率いてきた本隊も完全に隔離され、指揮系統は崩壊している。
残されたのは、圧倒的な数で迫り来る屑鉄の軍団と、広大な閉鎖空間。
先ほどの分断で多くの兵を失ったため、皮肉にも戦力は拮抗しているように見えた。
鼻をつくような油の悪臭が漂う、屑鉄に囲まれた闘技場。
そこに立つのは、イザベラとマディ・ロール将軍の二人。
「チッ……ドローン(カメラ)も無しで戦えっての? ドグマの備蓄だけでやり繰りするのは、最悪のビジュアル・パフォーマンスになりそうね」
イザベラが忌々しそうに舌打ちした。
グルルルルル……ッ!
ワンッ! ギャンッ!
突然、彼らの周囲を円を描くように走り回る、無数の犬の影が現れた。
狂ったように吠え立てている。
「キモいっ! 何よこの汚らしい空間は!!」
イザベラが金切り声を上げた。
その時だった。
彼らの目の前に、裸同然のひょろ長い屑鉄のサイボーグが姿を現した。
その手には、毛を毟られた哀れな一羽の小さな鶏が握られている。
「キャハハハ! 見ろよ。戦争が終わった後の、お前らの皇帝の姿だぜェ?」
その下劣な笑い声。
二人はその狂人の正体を、はっきりと理解していた。
犬の哲学。
狂犬のエコー(きょうけんのエコー)。
彼こそが、ディオゲネス本人であった!
【チャプター質問】
イザベラとマディ・ロール将軍 VS 犬の哲学の戦い。皆さんは、どのような展開になると思いますか?




