ミニ同窓会
6月初旬、北海道の初夏らしい風が窓の隙間からそっと入り込んでくる。
新緑が窓の外で鮮やかに揺れ、木漏れ日が床に細かな光の粒を散らす。
山坂くんの家に足を踏み入れた瞬間、私はその広さと整った佇まいに目を奪われた。
壁に飾られたシンプルな絵画、磨き上げられた木の床、ソファのクッションがふかふかと柔らかそうに並んでいる。
さすが闇金で稼いでいるだけあるな、と内心でつぶやく。
だって、私にあっさり150万円も貸してくれたくらいだもの。
でも、そんなことより気になるのは…。
山坂くんの隣に座っている、あの女の子。
あの子はいったい誰なんだろう。
しかも、さっきから私のことをじっと見つめてくる。
その視線、明らかに普通じゃない。
睨んでる…よね?
背中に冷たいものが走るような気がして、思わず肩をすくめた。
◇
「え?店を予約し忘れてた?」
『違う!お店側の手違いで予約できてなかったんだよ!おれのミスじゃない!ここ重要!』 と、総一が叫ぶ
「はいはい。って、そうなると…別の店を探すしかないか」
『いや、面倒だしお前ん家でよくね?』
「俺の家にはゆあちゃんがいるんだよ。忘れたのか?」
『あっ、忘れてた。そっかー…』
その時、リビングのドアが小さく軋む音を立てて開いた。
振り返ると、ゆあちゃんが眠そうな目をこすりながら顔を出してきた。
さっきまでソファでうたた寝していたはずなのに、俺の声で目を覚ましてしまったらしい。
申し訳ない気持ちで、両手を合わせて「ごめんね」とジェスチャーすると、彼女は小さく首を振ってトイレの方へ歩き出した。
『秋野さんの家とかは!?』
総一の提案に流石に反論した。
「いきなり家とか…同級生とはいえ、男二人を家に上げるのは秋野さんだって嫌がるだろ」
その言葉を聞いて、ゆあちゃんがピタッと足を止めた。
トイレに向かう途中の廊下で、彼女の小さな背中が一瞬固まったように見えた。
総一の声が電話越しに響き続ける。
『えー、じゃあどうするよー。他の店って言ったって…金曜の夜はそんなに空いてる店ねーぞ』
すると、ゆあちゃんが踵を返し、こちらへトコトコと近づいてきた。
パジャマの裾が床を擦る音が静かな部屋に響く。
「…何の…話をしてるんですか?」
彼女の声は少し掠れていて、眠気と好奇心が混じったような響きだった。
俺は少し驚きながら答えた。
「え?あぁ…近いうちにミニ同窓会を開こうって話になってて…」
「…秋野さんっていうのは女の人ですか?」
「そうだけど…」
「…そうですか…」
ゆあちゃんの表情が一瞬曇った。
唇が小さく引き結ばれ、目が何か言いたげに揺れる。
もしかして、彼女と付き合ってるんじゃないかとか、そういう存在になり得るんじゃないかとか…そんな不安が彼女の小さな胸を締め付けているのかもしれない。
でも、たとえ総一が冗談半分で言った『秋野さんが告白してきたらどうする?』が本当になったとしても、俺はその気持ちに応えるつもりはない。
秋野さんはただの同級生だ。
それ以上でも以下でもない。
「ただの同級生だよ」
そう付け加えると、ゆあちゃんは言葉を聞いていないかのように、黙ってトイレへ向かってしまった。
その背中を見ながら、考える。
このままこそこそ飲みに行くより、いっそ家に招いてしまえば、ゆあちゃんの誤解も解けるかもしれない。
「悪い。飲みの場所はやっぱうちでいいわ」
『おいおい、いーのか?ゆあちゃんは』
「俺以外の人と接する機会も大事だと思うしな。総一も秋野さんも信用してるから」
『そういうことなら俺はいいけどよ。そんじゃ、飯とかお菓子とか酒はおれが持って行くわ』
こうして、山坂家でのミニ同窓会が決まったのだった。
◇
「…えっと…親戚の子の…伊藤ゆあちゃんです」
ぎこちなく紹介すると、ゆあちゃんは無言で頭を下げた。
彼女の長い髪がさらりと揺れ、初夏の暖かい風が窓から吹き込んでくる。
「おー、可愛い子だな!俺にそっくりで!」
総一がビール片手に大げさに叫ぶと、俺は呆れたように突っ込んだ。
「お前のどこがゆあちゃんと似てるんだよ」
「え?…雰囲気?」
「似てねーよ、全然」
そんなやり取りが続く中、ゆあちゃんの視線は鋭く秋野さんに向けられていた。
彼女の小さな手が膝の上でぎゅっと握られ、眉間に微かな皺が寄る。
秋野さんはその視線に気づいて、気まずそうに口角を上げて笑った。
「…えっと…ゆあちゃん、どうしたの?」
尋ねても、ゆあちゃんは答えず、ただ秋野さんを睨み続ける。
やっぱり、家でやるのは間違いだったかな…。
「…は、初めまして…秋野莉乃葉です…よろしくね」
秋野さんが少し緊張した声で挨拶すると、ゆあちゃんは睨んだまま小さく頭を下げた。
「…よろしくお願いします」
初対面のはずなのに、なぜか張り詰めた空気が漂う。
総一が空気を読まずにビールをグイッと飲み干し、「と、とりあえずかんぱーい!」と叫んだ。
「かんぱーい!!」
「乾杯…」
「…」
俺、総一、秋野さん、そして無言のゆあちゃんという謎のメンツで、飲み会が始まった。
話題は自然とこの5年間のことに移った。
総一は高校卒業後、日本でアルバイトを掛け持ちして金を貯め、バックパッカーとして世界を旅していたらしい。
そして、5年で貯金が底をつき、今はまた日本でバイト三昧の日々だとか。
次に秋野さん。大学に進学し、就職したものの職場が合わず退職。
今はコンビニでアルバイトをしながら、次のステップを考えているらしい。
高校の同窓会には最初は顔を出していたけど、最近は友達とも疎遠気味だと言っていた。
最後に俺。
闇金に勤めたのは単なる興味からだった。
この強面の顔が活かせると思ったし、意外と自分に合っていて、5年も続けられている。
今後も続けるつもりだと話すと、総一が「相変わらずぶっ飛んでんな!」と笑った。
昔話に花が咲き、ビールとつまみが減っていく中、総一は案の定酔いつぶれてソファに沈んだ。
昔から酒に弱い奴だった。
総一をソファに寝かせると、部屋には俺と秋野さん、そしてゆあちゃんの3人だけが残った。
時計は11時を回り、ゆあちゃんの目が睡魔に負けそうにトロンとしている。
「…ゆあちゃんももう寝たら?」
「いえ…まだ大丈夫です…」
「…心配しなくても大丈夫だよ」
「…でも…」
彼女が言いかけた言葉を遮るように、俺は優しく微笑んだ。
ゆあちゃんは少し納得したように頷き、自分の部屋へ向かった。
「…可愛い子だね」
秋野さんがぽつりと言った。
「まぁね。ちゃんと守ってあげたいんだ」
「…そっか。それなら仕方ないね」
「仕方ない?」
「あ、いや、何でもない。今日は楽しかった。久々にたくさん笑ったし、昔に戻れた気がした」
「…そっか。また今度遊ぼうね」
「…うん。遊ぼう」
「どうする?秋野さんも泊まっていく?一応布団もあるけど」
「…ううん。大丈夫。タクシー呼んで帰るから」
タクシーが到着すると、秋野さんは夜の闇に消えていった。
◇
朝になっても総一は起きず、ソファでぐーぐー寝息を立てている。
無理やり起こして、「さっさと帰れ」と追い出した。
いつも通りの静かな我が家に戻り、ソファに座って初夏の風を感じていると、ゆあちゃんがいつもより遅く起きてきて、俺の横にちょこんと座った。
「おはよ、ゆあちゃん」
「…おはよう…ございます。お二人とも帰ったんですね…」
「うん。ごめんね、嫌だったよね」
「…いいえ。…あの女の人のことどう思ってますか?」
「秋野さんはただの友達だよ」
「…そうですか。…ごめんなさい。一つ謝らないといけないことがあります…」
「ん? 謝る?」
「…この前…掃除をしている時、お兄さんの部屋を漁っていたんですが…高校の卒アルに入っていたラブレターを燃やしてしまいました」
「…え?」
「…その手紙の差出人は…秋野さんでした」
その言葉に二重の驚きを感じた。
卒アルに手紙が入っていたこと、そしてゆあちゃんがそんなことをしていたこと。
でも、彼女を責める気にはなれない。
きっと怖かったんだ。
自分の居場所が奪われるんじゃないかって。
「…そっか。正直に話してくれてありがとう」
「…はい」
彼女の小さな声が、初夏の柔らかい光の中で響いた。
正直に打ち明けてくれたことが、ただただ嬉しかった。
この穏やかな時間が、いつまでも続けばいい。そう願わずにはいられなかった。




