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【完結保証】借金取りの俺と親に5万円で売られた少女〜DVされ心を完全に閉した少女は5年後うざいくらいに甘えてくる〜  作者: 田中 又雄


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風邪

 家路を急ぐ途中、ふと思い立ってゆあちゃんに連絡を入れた。


『コンビニに寄るけど、なんかほしいものある?』


 スマホの画面を見つめていると、数秒で返信が届く。


『何も要らないです』とそっけない文字が並ぶ。


 いつも思うが、ゆあちゃんは本当に無欲だ。


 この生活が1か月近く経つのに、彼女の遠慮深い態度は変わらない。


 冷蔵庫にジュースやお茶を用意しておいても、手を付けず水道水で済ませる。


 俺が「せっかく買ってきたんだから飲みなよ」と言うと、渋々お茶を口にするが、一人の時は蛇口からコップに水を注いで飲んでいるらしい。


 そのことが、俺の心に小さな波を立てる。

彼女との間にまだ距離がある気がして、仕方ないと分かっていても、少し寂しさが募る。


 彼女が心を開いてくれる日を待ちながら、俺はコンビニの袋を手に提げ、家へと足を進めた。


 玄関の鍵を開けると、靴を脱ぐ前にゆあちゃんが姿を見せる。


 家事の全てを終えた彼女が、静かに俺を出迎えてくれる。


 彼女の黒髪に柔らかな光を投げかける。


 顔に残っていた傷跡や痣はほとんど消え、かつて枝のように細かった腕にも、わずかだが肉がついてきた。


 白いTシャツの袖が少し上がると、ほのかに丸みを帯びたラインが見える。


 彼女の体が少しずつ健康を取り戻している証だ。


「…おかえりなさい」


 小さな声が玄関に響き、俺は自然と笑みを浮かべる。


「うん、ただいま」


 彼女の頭に手を置き、軽く撫でる。


 これが毎日の習慣になっていた。


 髪の感触は柔らかく、指先に微かな温かさが残る。でも、今日は何か違う。


 手に伝わる熱がいつもより強く、俺の胸に小さな不安が芽生えた。


 彼女の顔をよく見ると、頬がうっすら赤く染まっている。

おでこに手を当てると、熱がじわりと伝わってくる。


「…ゆあちゃん、風邪ひいてるの?」

「風邪…わからない…です…。ちょっと…ふらふら…します」


 彼女の声が弱々しく、目が少し潤んでいるように見えた。


「おいおい、とりあえずベッドで寝てなさい。家のことは俺が全部やるから。いいね?」

「…でも…」

「でもも何もない。これは命令だ。いいね?」


 彼女の軽い体を腕に抱え、寝室へと運ぶ。

華奢な肩が俺の腕に預けられ、微かに震えているのが分かる。


 ベッドにそっと下ろし、毛布を肩まで掛ける。

彼女の髪が枕に広がり、目を閉じた顔が静かに沈む。


 引き出しから熱さまシートを取り出しつつ、スマホで子供用の風邪薬を調べる。


 この前の休みに薬を用意しておけば良かったと後悔が頭を掠める。


 最悪、病院に連れて行くしかない。

保険証はないから全額負担になるが、そんなことは今はどうでもいい。


 熱さまシートを剥がし、彼女のおでこに貼る。

冷たい感触に、彼女の眉がわずかに動く。


「それじゃ、俺は薬買ってくるから」

「あの…すみません…まだ洗濯が終わってなくて…」


 彼女の声が掠れ、申し訳なさそうに俺を見上げる。


「それくらいは俺がやるから。それとご飯は食べられそう? おかゆとか…ゼリーとか買ってくるか…」


 立ち上がろうとした瞬間、俺の服の袖を小さな手がぎゅっと掴んだ。


 驚いて振り返ると、彼女が目を伏せ、何かを言い淀んでいる。


「…ん? どうしたの?」

「いえ…何でもない…です…」


 彼女の声が小さく震え、袖を握る手に力がこもる。


「言ってごらん?」

「いえ…本当に…」

「言いなさい」

「…嫌われたくないので…」


 その言葉に、俺の心が一瞬止まる。

彼女の目が潤み、唇が微かに震えている。


「嫌いになんかならないよ。だから言って」


 彼女は口をもごもごさせ、目を伏せたまま、まるで親に何かをねだる子供のような表情で呟いた。


「…どこにも…いかないで…ほしい…です」


 絞り出した小さな声が、静かな部屋に響く。その一言に、俺の胸が熱くなり、目頭がじわりと滲んだ。


 何も変わっていないなんて嘘だ。

彼女は少しずつ、確実に変わっている。

俺を信じ、こうやって想いを口にしてくれる。


「…よく言えました」


 俺は優しく彼女の頭を撫で、髪をそっとかき上げる。

彼女の目が俺を見つめ、微かに光る。


 スマホを取り出し、配達アプリを開く。

ドラッグストアを選び、おかゆ、ゼリー、子供用の風邪薬を注文する。


 注文を終えた後、俺は彼女の手を握り、ベッドの横に座った。

彼女の小さな手が俺の指に絡み、微かな温かさが伝わる。


 彼女が目を閉じ、静かに息を整える。


 その横顔を見ていると、愛おしさが込み上げてくる。


 愛しているとは、きっとこういう気持ちなんだろう。

彼女を守りたい、そばにいたい、そう思うだけで心が満たされる。


 しばらくして、配達のチャイムが鳴った。

手を離すと、彼女の眉が少し寄り、寂しそうな表情が浮かぶ。


「すぐ戻ってくるからね」


 そう言って玄関へ向かい、商品を受け取る。おかゆを温め直し、ゼリーと一緒にトレイに載せて寝室に戻る。


 だが、彼女は眠りに落ちていた。


 静かな寝息が部屋に響き、熱さまシートが額に貼られたままの顔が穏やかだ。


 起こすのが申し訳なくなりつつも、彼女の頬にそっと指を触れる。


 微かな熱がまだ残り、眠っている彼女の体が小さく震えているのが分かる。


「…ゆあちゃん、ご飯だよ。起きてくれる?」


 軽く頬をつつくと、彼女のまぶたがゆっくり開く。

眠そうな目が俺を捉え、かすれた声が漏れる。


「…ごめん…なさい…寝ちゃってました」

「こっちこそごめんね。でも、ご飯食べないと元気出ないからさ。ちょっと体起こせる?」


 彼女が小さく頷き、ベッドの上で体を起こすのを手伝う。


 枕を背に当て、毛布を肩まで引き上げる。トレイをお腹の上に置き、おかゆの蓋を開ける。


 湯気が立ち上り、部屋にほのかな米の香りが広がる。

スプーンですくい、ふーっと息を吹きかけて冷ます。


「はい、口開けて」


 彼女が小さく口を開け、おかゆをそっと運ぶ。

熱が少し残っていたのか、彼女の肩がびくっと跳ねる。


「ごめん、熱かった?」

「いえ…大丈夫です…」

「もう少し冷ますね」


 何度か息を吹きかけ、ちょうどいい温度になったところで再び口に運ぶ。


 彼女がゆっくり噛み、飲み込む。その動作が幼子のように見えて、俺の心が温かくなる。


 ふと彼女の顔を見ると、目尻に涙が光っているのに気づいた。


「ちょっ! 大丈夫? ごめん…」


 慌てて謝ると、彼女が首を振る。

涙が頬を伝い、毛布の上にぽたりと落ちる。


「ち、違うんです…違うんです…」


 彼女が声を震わせて言うが、涙は止まらず、溢れる一方だ。

俺は何に泣いているのか分からず、ただ困惑する。


「どうしたの? 痛い? 苦しい?」

「違います…ただ…」


 彼女が言葉を詰まらせ、目をぎゅっと閉じる。理由は分からない。


 でも、もしかしたら…こうして風邪を引いた時に心配してくれる人がいること、優しくしてくれる人がそばにいること、そんな当たり前の温かさに、彼女がずっと憧れていたのかもしれない。


「いいんだよ、声を出して泣いても」


 俺は彼女の頭に手を置き、髪を優しく梳く。すると、彼女が俺の胸に顔を埋め、声を押し殺していた感情が一気に溢れ出す。


「うっ…うわぁ…」


 わんわんと泣きじゃくる声が、俺のシャツを濡らす。

彼女の小さな肩が震え、熱っぽい体が俺にしがみつく。


「…大丈夫だよ。俺はずっと一緒にいるから」


 その言葉は、いつかの自分にかけてほしかったものだ。

幼い頃、誰もそばにいてくれなかった夜に、誰かに言ってほしかった言葉。


 俺はその想いを彼女に贈る。

彼女の泣き声が少しずつ小さくなり、俺の胸で静かな寝息に変わるまで、ただそっと抱きしめていた。


 ◇(翌朝)


 朝の光がカーテンの隙間から漏れ、部屋に柔らかな明るさを投げかける。


 ゆあちゃんはまだベッドに横たわり、毛布を胸まで引き上げて眠っている。


 熱さまシートは剥がれ、枕の横に落ちていた。俺は彼女の額に手を当て、熱が少し下がったのを確認する。


 昨夜、彼女がおかゆを食べた後、ゼリーを少し口にして薬を飲ませた。


 泣き疲れたのか、そのまま眠りに落ちた彼女を起こさず、俺は床に毛布を敷いて横になっていた。

背中に感じる硬い床の感触に苦笑しつつ、立ち上がる。


 キッチンへ向かい、冷蔵庫を開ける。


 昨日注文したゼリーがまだ残っている。

おかゆも少し作り置きしておこうと思い、鍋に水を張る。


 米を洗い、火にかける音が静かな朝に響く。窓の外では、春の終わりを迎えた木々が新緑を広げ、風にそよぐ。


 鍋から湯気が立ち始めた頃、寝室から小さな足音が聞こえた。


 振り返ると、ゆあちゃんが毛布を肩に掛けて立っている。

髪が乱れ、目がまだ眠そうに細まっている。


「おはよう。まだ寝てていいよ?」

「…おはよう…です。…起きたら…お兄さんがいなくて…」


 彼女の声が掠れ、毛布をぎゅっと握る手が震えている。


「ごめん、すぐそばにいるよ。朝ごはん作ってただけだから」


 俺が近づくと、彼女が一歩踏み出し、俺の服の裾を掴む。


「…どこか行くのかと…思いました」

「行かないよ。今日は仕事休むから、ずっと一緒にいる」


 彼女の目が俺を見上げ、微かに光る。

昨夜の涙がまだ残っているのか、頬が少し赤い。


「…ありがとう…です」

「うん。熱はどう? まだふらふらする?」

「…少し…楽になりました」


 彼女が小さく頷き、俺はほっと息をつく。

キッチンに戻り、おかゆを椀に盛る。


 ゼリーと一緒にトレイに載せ、リビングのテーブルに置く。

彼女がソファに座り、毛布を膝に掛ける。


「ゆっくり食べてな。薬もあとで飲もう」

「…はい」


 彼女がスプーンを手に持ち、おかゆを口に運ぶ。


 その姿を見ながら、俺はコーヒーを淹れる。湯気が立ち上り、部屋に苦い香りが漂う。


 彼女が小さく咳き込む音が聞こえ、慌てて水をコップに注ぐ。


「大丈夫か?」

「…はい。喉が…ちょっと…」

「水飲んで。無理しないでな」


 彼女がコップを受け取り、ゆっくり水を飲む。

喉を潤した後、彼女が俺を見上げる。


「…お兄さん…昨日…ずっと…いてくれて…ありがとうございます」

「当たり前だよ。ゆあちゃんが大事だから」


その言葉に、彼女の唇が微かに緩む。初めて見るような、小さな笑顔だった。


 ◇


 昼近くになると、彼女の熱がさらに下がってきた。


 ソファに座り、テレビの音を小さく流している。


 俺は洗濯機を回し、ゆあちゃんが気になっていた洗濯物の残りを干す。

窓を開けると、心地の良い風が部屋に入り込み、カーテンを軽く揺らす。


 洗濯物を干し終え、リビングに戻ると、彼女がソファで膝を抱えている。


 テレビでは子供向けのアニメが流れ、明るい声が部屋に響く。


「ゆあちゃん、気分はどう?」

「…だいぶ…いいです。…ありがとうございます」

「良かった。もう少し安静にしてな」


 俺が隣に座ると、彼女が少し体を寄せてくる。

毛布の端が俺の膝に触れ、彼女の肩が俺の腕に当たる。


「…お兄さん…ずっと…そばにいてくれる?」

「うん。約束するよ」


 彼女が小さく頷き、テレビに目を戻す。


 その横顔に、安心したような表情が浮かんでいる。

俺は彼女の髪を軽く撫で、静かな時間を味わう。


 彼女が少しずつ心を開いてくれる。

その小さな変化が、俺の心を温かくする。


 彼女を守り、そばにいる。


 それが俺の生きる意味になりつつあるんだと感じた。

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