93、小悪魔
結論から言えば、みんなの不安はエリック先輩のお芝居を見てなくなった。セリフ覚えも完璧だし動線も間違ってない。本当になんでここまで出来るのだろうか?
「先輩は芝居の経験がお有りですか?」
「別にないけど?」
「そうなんですか!?それにしては様になってるというか、動きまでトーマス先輩そっくりでしたよ」
「あのさぁ、こっちは君たちの衣装を作ってるんだよ?役者がどんな動きをするのか理解してないと衣装は作れないでしょ?例えばそこの衛兵役の衣装、見た目は硬く動きにくそうに見えるかもだけど戦闘のシーンで大きく腕を使えるよう、伸縮性のある生地を使ってるの。自分でもちゃんと動けるかどうか着てみたりして確認しながら作ってるから、自分が役者の動きが出来るのは当たり前なわけ」
…流石エリック先輩。確かに演劇で使う衣装が普段着ているものと同じだと何かと不便だろう。そこまで考えて作られた衣装なんだということを実感すると、先輩には頭が上がらない。
「ま、とりあえずエリックで大丈夫そうだな!あとはトーマス達が帰って来てから考えようぜ!」
三年の先輩の一言で空気が明るくなる。それと同時に病院へ向かったトーマス先輩たち御一行が一段と沈んだ顔をしながら帰って来た。
「…皆さん、悪いお知らせがありますわ。トーマスの怪我の具合はとても酷く、舞台に立つことはできません。残念ですが、今回の舞台は棄権するしかありませんわ」
「本当に申し訳ない…!!!もっと自分が気をつけていれば、」
「それならもう大丈夫だぜ!トーマスのことは残念だけど、何せこっちには期待の新人、エリックがいるんだからな!」
理解出来ないというような表情を浮かべ目を白黒させている二人に状況を簡単に説明すると、リリアン先輩は疑いの目を向けてきた。まあ、彼らの気持ちは分からなくもない。だってそんな都合の良いことなんて普通ならあり得ないだろうし。
「…にわかには信じられないですけど、一旦それは演技を見てから決めましょう。彼の登場シーンだけ見せてもらっても?」
こうして再び先輩の前で演技をすることになったのだが、先程の私たち同様に、リリアン先輩はエリック先輩のお芝居を見て言葉を失ってしまった。
「…本当にこんなことがあって良いのでしょうか?素晴らしいですわ!エリック!細かい部分はこれから直すとして完璧じゃありませんか!では早速このメンバーで練習を、」
「ちょっと待って!その前にトーマス先輩の衣装を借りて少し手を加えたい。僕と先輩じゃ身長が違うからね。それが終わるまでは他のメンバーで練習してて」
有無を言わさずに彼は舞台からひらりと身軽に飛び降りるとトーマス先輩が着ている衣装を剥ぎ取って裁縫道具を広げ始めた。今一番練習が必要な人物がいなくなってしまったのだが、リリアン先輩は気を取り直したかのように手をパンパンッと叩いた。
「はい!それじゃ他の皆さんは練習を再開しましょう!それでは冒頭のシーンから!」
様々なことが起こった一日が終わり、二日目もあっという間に過ぎた。稽古は順調に進みとうとう本日は本番の日だ。今日の公演は私たち以外にも多くの団体が参加しており、私たちの出番は午後の部の一番最初である。それまでの時間は他の団体の舞台を観客席の後方で観劇することになった。大人から子供まで様々な人々が舞台に立ってお芝居をしていて、飽きることなくつい見入ってしまう。
「それではそろそろ控室の方へ移動しますわよ」
お昼休憩を早めに取った私たちは先輩の指示で一斉に動き出す。そこでは発声練習をしたり、体を動かしたりと各自で時間を過ごした。
…まずいな、やっぱりここに来ると緊張する。心なしか指先が冷たくなっているように感じた。そんな私に気づいたのかエリック先輩がサッとこちらに近づいて来る。
「どうしたの?まさか緊張してる訳?」
「ええ、それなりに。まさか自分がこんな大舞台に立つとは思ってなかったので」
「それを言うなら僕の方もだけどね。ま、お互い気楽にやろう。それに」
先輩は一歩踏み出して少し腰をかがめ、私と目の高さを合わせてから小悪魔っぽい笑みをうかべてこう言った。
「僕が君の相手役なんだからさ、アイリスは僕のことだけ見てればいい」
「…はい」
…何それ何それ何それ!!!!先輩ってそんな顔出来たんだ!?いつも少し不機嫌そうにしてるところばかり見てきた私にその不意打ちはズル過ぎる。先輩にそんなつもりはないって分かってるし私の緊張をほぐすために言ってくれたんだろうけど、ある意味逆効果というか。
「はーいそろそろ時間ですわよ!舞台のセットをしに行きましょう!」
みんなで舞台の準備をしている最中も、ステージ横の暗幕で待機している最中も、脳裏にあの先輩の姿が浮かんでくる。全くとんでもないことをしてくれたな、あの人は。エリック先輩って案外女たらしの才能があるのかもしれない、などとくだらないことを考えていると、スタッフの人に声をかけられた。
「グレードウォール学園の皆さん、そろそろ出番です」
「はーい!」
元気よく返事をしたリリアン先輩がこちらに向き直って、
「それではいつものアレ、やりますわよ!」
と言うと、他のメンバーはなんのことかわかっているみたいで慣れた様子で円を作っていく。おお、まさかこれが円陣ってやつか!人生で一度はやってみたかったんだよね!私が密かに興奮している間にも、他のメンバーは隣同士で肩を組み合いながら片足を中央へと伸ばしている。
「グレードウォール学園〜!!ファイトー!」
「「「「オー!!!」」」」
それが終わったのを見計らったように、直後に会場アナウンスが流れる。
「午後の部プログラム一番、グレードウォール学園による『マリアとミリオット』です、それではどうぞ」




