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ネリネ

「っ!」


 瑞穂が息を呑んで、窓の外に視線を向けたまま体を強張らせた。美咲らは何事かと気にしていると、彼女は箸を乱暴に置いて、ガタリッと中途半端に立ち上がり、呼びかける友人らの声も届いていないのか少し間が空けたのちに「ごめん、食べてていいよ」と体を反転させて教室を駆けだしていく。


「三村! 行くな!」

「え、なに、どういうこと?」

「たぶん、アイツだ。俺も行ってくる」

「諏訪?!」


 瑞穂を追って大雅(たいが)も、教室を勢いよく飛び出した。残された美咲たちは、自分らはどうしようかと、一呼吸置いて、状況整理をすることにした。


「アイツって、まさかあの幽霊かな?」

「三村さんが何もない所を見る時は、今までそうだったから、そうだと思うわ」

「あんま、いい顔してなかったな。ここしばらく姿を見てなくて久しぶりに見たんだとしたら、もっと喜ぶはずなのに、怒ってるっていうか」

「うーん。気になる! 行こう!」

「あ、待ってー。せめて、蓋は閉めてこうよ。諏訪くんのも」


 美咲、陽菜乃(ひなの)(なお)も、足早に出ていく。だが、美咲がちょっと待てと止めた。瑞穂たちは何処に行ったのか、と。


「……」

「……」


 大雅(たいが)は直ぐに追いかけたので、おそらく背中を追いかけられたのだろう。肝心の行き先を知らずに立ち往生してしまうも、(なお)が廊下を行く生徒に瑞穂を見かけたかどうか聞き込みしながら、道を辿った。


「瑞穂が有名人で助かった……」


 読み通り、瑞穂が窓の向こうに見たのは幽体であった。教室を二分割するような位置にある柱から、ひょこりと顔を覗かせていたのが偶然視界に入り、思わず言霊(ことだま)で「今までどこにいたの」と問いかけたのだ。「食事中なら、帰りでいいよ」と幽体は言ったが、妙に朧気(おぼろげ)な姿に不安を抱き「屋上で話そう」と指定し、駆け出したというわけだ。

 屋上からの落下を防ぐため、フェンスは高く、上部は内側に少し倒されている形状で、なおかつ有刺鉄線が張り巡らされてるので、自由に使用していいことになっている。ただ、屋根はなく、直射日光が降り注ぐので、中々利用者は少ない。この時も、誰もいなく、幽体だけだった。


「……ゆうれいくん」

  ――ひさしぶり。


 にっこりと微笑む幽体は、やはり瑞穂の記憶より、遥かに薄い状態だった。輪郭がぼやけている箇所さえある。


  ――傷の具合は、どう? 痛む?

「鎮痛剤飲んでるから、大丈夫だよ。……そんなことより、なんなの、その、良くない気配」

  ――参ったな。


 そこまで分かっちまうのか、とため息交じりに溢すと、脱力したように天を仰いだ。その瞬間、黒き靄がちょうど心臓の辺りから生えた。


「なっ!?」

  ――いやはや、渇望ってすごいね。

「あ……悪霊に、寄生されてるの? なんで……? っはん、なんでって、私が聞くのもおかしいわね。あの時が原因?」

  ――勘が良い。こいつらは自我こそないものの、()にとり憑けば生き返られると、勘違いしてる。冥府へ還しても還しても、いつ同類を呼んでるのかわからねえが、新しいのが来て巣食うんだ。そろそろ、こちらでの作業が限界でね。


 そう語る〝彼〟に対して、えも言われぬ違和感を覚えて訊ねようとしたときに、大雅(たいが)が追い付いた。


「三村。……アイツ、そこにいるんだろ。戻って来いよ。ソイツはもう死んでて、どうにもなんねえ」

「近付いちゃだめ! 危ない!」

「え? ――う、ぉあ?!」


 数歩目で彼は、後ろから何者かに押されたように、膝から崩れ落ちる。危害が及んだように思われたが、瑞穂には、彼が急に体勢を崩したために、大雅(たいが)へとり憑こうとしていた悪霊が、からぶって宙を通り過ぎた様子が見えており、安堵の声を漏らした。セーフ、と幽体が言うので、瑞穂は〝彼〟が助けてくれたようだと知る。


  ――瑞穂は、結界を張れる?

「え、うん」

「なに?」

「諏訪くん、じっとしてて。本当に危ないから」


 制服のスカートのポケットから数珠を取り出すと、数珠に霊力を注ぎながら大雅(たいが)の体を一周する。結界の中に入った彼は、秋の肌寒さがなくなり、過ごしやすい春の午後か秋の午前を感じた。それを不思議に思いながら、立ち上がった彼女を目で追った先に、SF映画に出てくるホログラムのように透ける人影を見つける。


「……。お前が」

  ――ん? ああ、霊力が高まったから、少しシンクロしたのかな。初めまして。おっと、声は聞こえないか。


 右手を振りながら穏やかに言う傍ら、幽体から抜け出して大雅(たいが)へ向かおうとする靄を掴んでいる。


「それで? どうすれば、それ、外せるの」

  ――あいにく、手伝ってもらえることはないんだ。()いて言うなら、僕のことを思っていて。

「は?」

  ――モチベーション、上げるためにもさ。

「……ねえ、前と雰囲気が全然違うんだけど、それも、その悪霊のせい?」

  ――んー、(あた)らずと(いえど)も遠からず。


 ニヒルな笑みを浮かべる彼の右眼窩(がんか)から、にゅるりと黒き靄が突き出て、大雅(たいが)は小さく悲鳴を上げた。グロテスクな表現は苦手なのだ。しかし、好いている女性の瑞穂と、一方的なライバル視をしている幽体から、目を離そうとはしない。


  ――また新しいのが来た。もう。

「私のおばあちゃんなら、除霊できる。それじゃ、だめなの?」

  ――数の暴力だから、危険さ。それに、君の血は肉体を得るための力があると、こいつらに伝わってる。おばあ様の元まで案内してる間、何もないとは言えない。

「憑かれるか、事故に遭うか、か」

  ――可能性は高い。そんなリスクを冒すよりかは、待ってるって言ってくれるほうが、俺の力も出やすいなぁ。

「勝算あるのね?」

  ――()から出ていこうとするのを食い止める力を、全部、浄化に使えば。


 黒き靄が触手を伸ばす先には、生者である大雅(たいが)。瑞穂自身も、結界が弾けないように、会話を交わしているこの間も、気が抜けない状態だ。集中して執行したいのは、よく分かる。更には、追いかけてきた美咲らも来たお陰で結界の拡大を要され、霊力を強く出していくことに。そうなれば、あとから来た三人組にも、幽体と寄生する悪霊が可視化された。目が合った生者へとり憑こうと、暴れる程度が増し、幽体が苦し気に呻いた。


  ――冥府へ……行ってくるよ。だから、また会おう、って言いたくて。出来る事なら、聖域を……うぐっ……借りてた時に済ませて、サプライズで会いに、行こ……としたん、だけどね……ッ。


 幽体に寄生する悪霊が暴走しだした影響からか、貯水タンク側や、どこかの空から黒き靄が集まってきてしまった。これでは、美咲、陽菜乃(ひなの)大雅(たいが)(なお)だけでなく、別の階にいる生徒まで危険が及んでしまうだろうと予測した瑞穂は、冷や汗を掻く。それは幽体も同じだった。


  ――もう少し、話してから行きたかったけど、こうなったらもう行かなくちゃ。

「待ってる。約束するよ」

  ――嬉しい。……僕と君は、きっと、いいバディになれると思うんだ。

「なにそれ、プロポーズ?」


 幽体は彼女らに背を向けて、大振りな腕の動きで宙に十字を切る。中心から外へピリリと風景がめくれ(・・・・・・)、その先は暗い風景が広がっていた。暗いと言っても、漆黒の闇ではなく、月明かりに照らされた薄暗い夜のような暗さである。幽体は、いま一度瑞穂らと対面し、極上の微笑みを浮かべて見せた。


  ――それもいいね!


 投げキッスを彼女へ送ると、一歩下がってあちらの空間へ入り何かの仕草をすれば、辺りを飛び交っていた黒き靄が〝門〟へ吸い込まれていく。めくれていた風景が、糊で貼り合わせるかのようにくっつき、CGのような現象は消えた。辺りにとり憑けるほどの力を持った悪霊がまだ残っていないか索敵して、弱い霊ばかりだったので、友人らにかけていた結界を解くと、深い溜息が自然と出た。


「……、えと。……敢えて、言おうかな! 幽霊君、めっちゃイケメンだったね! モテモテだったのわっかるー」


 美咲が努めて明るくそう言うと、瑞穂も含め笑いを溢し、緊張が解けたようだ。


「食べてていいよって言ったのに」

「気になるに決まってんじゃん。諏訪だってすっごい剣幕で追いかけるしィ」

「あー…つい」

「騒がしくてごめんね。お昼終わっちゃうから、戻ろ?」


 道中、(なお)が、急に空気が暖かくなったのは三村が何かしてたのが原因かと訊ねた。


「そうだよ。結界を貼ったの。結界の中は、過ごしやすい環境になるんだよ」

「暑い時、涼しくなんの?」

「うん」

「エアコンじゃん」

「鈴木さん……」

「美咲のそういうとこ、好き」

「あたしも瑞穂好き」

「私も三村さんのこと、好きよ。さっきはちょっと怖かったけど」

「浅井ちゃん……! ありがとう。私も好き。浅井ちゃんを守れるように、修行受けようと思う」


 女子同士の告白大会にあやかろうとする大雅(たいが)が、中々言い出せず金魚さながら口を開閉してる様を、(なお)は大笑いする。そんな(なお)の首を大雅(たいが)がふざけて絞めるフリをしてじゃれあう姿を、今度は女子三人が笑う。その笑いの下、瑞穂は、修行を受けるという決心を固めていた。

 幽体が黄泉へ行って現世(うつしよ)に戻るその意味が、いまいち把握できていないからだ。修行を積んで霊力を上げれば、霊視力も上がり、軌跡を辿ることが出来るようになる。家での会話で、自分は娼婦と米軍の間にできた子だ、と瑞穂は〝彼〟から話され、戦時中の扱いも少しだけ聞いた。敵国の血が流れているからできるだけ静かに隠れて暮らしていたし、下出になるような言葉を選んでいた、とも。だからこそ、先程の挑戦的な雰囲気がどうにも腑に落ちない。〝彼〟らしくないのだ。


「その違和感が、勝算なの?」


 祖母なら、雰囲気の変わった〝彼〟のことが瑞穂より感じ取れ、何をすべきかわかったことだろう。共に昼食を取る友人らを前に、誰も彼も救いたいと思うほど善人ではないが、彼らを守る程度の力は欲しい、と思った瑞穂であった。

花言葉【また逢う日を楽しみに】【忍耐】

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