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吸血鬼な幼女様と下僕な俺  作者: K・t
最終部 素晴らしき頂き物
60/60

宝物

ほうふしなこ様から頂いた作品の三作目になります。

今回はイリスの兄・ルーシュがメインのお話です。

※改行以外は原文のままです。ご本人様から掲載の許可は頂いています。

 偶に、思う。

 真っ赤なその瞳は、一体何を見詰めているのだろうか―と。


 

 夜が朝、朝が夜であるここは、人ならざる者の城。

 だが、不思議と不気味に思えないのは、彼らに人が仕えているからだろう。

 いつの頃からか、ここに住む彼らと人は、主従関係にある。

 

 フォルトも、そんな人ならざる者に仕える一人だった。

 今日も、幼い主の為に、首筋を差し出す。


「いただきまぁす」


 フォルトの長く美しい金髪を命綱とし、よいしょ、と背をよじ登ってくる主の体重が、段々と重たくなってきているのは、恐らく気のせいではない。

 重さに比例して、主の食事量は増えていた。


「ちょ、ちょっと…イリス様、もういいでしょう?」

「むぅ…まだぁ」

「そろそろ…立ち眩みが……」

「ふえ?」

「『ふえ?』じゃなくて…あ……」


 この城の当主の娘イリスは今、初めての食べ盛りを迎えているらしく、世話係であるフォルトは、彼女の朝食後、大概貧血に陥った。

 成長していることは喜ばしいが、比例して自分の血を大量に吸われてしまうことは、正直困ってしまう。


 これじゃあ…また仕事が……


 だが、いくら貧血になろうとも、仕事が捗らなくても、イリスを拒むことは出来ない。

 主であるということも勿論だが、これは彼女にとって、大事な食事なのだ。

 人が肉や魚や野菜を食べなければ痩せてしまうように、イリスは血がなければ、生きていけない。


 この城には、フォルトの他に、仕えている人間が沢山いる。

 しかし、イリスが他の人間から血をもらうことはないに等しい。

 フォルトがイリスの世話係ということもあるのだろうが、唯単に、彼女が世話係に一番懐いているからだろう。

 フォルト以外の血を、吸いたがることはなかった。


「ふぃ…おなかいっぱい。ごちそうさま」

「はい、よく出来ました……っ」


 きちんと『いただきます』と『ごちそうさま』が言えたことを褒めてあげようと、フォルトがおんぶ状態になっているイリスを下ろそうとした時だった。


「うわっ」

「ふえ?」


 重心が大きく傾いてしまい、イリスを背に乗っけたまま、フォルトは倒れそうになった。

 血が足りないのか、踏ん張ることも出来ない―。


 や、やばいっ…

 イリス様が…!


 そう思っても、体が言う事を聞かない。

 景色が弧を描くように流れ―

 そして、傾いたまま止まった。

 誰かが、支えてくれたようだ。

 安堵感から、息を吐く。


「た、助かった…ありがと……げっ!」


 しかし、それは長く続かなかった。

 蛙が潰れたような声を出したフォルトを、支えていた人物は口をへの字に曲げて見遣る。


「イリスに怪我させるつもりか? フォルト」

「お兄ちゃんっ」

「ルーシュ……ッ!」


 嬉々としたイリスがぴょんとフォルトの背から降りた途端、この城の次期当主ルーシュは、妹の世話係を支えていた腕をパッと放した。

 重力に反することなく、フォルトは尻餅をつく形で床に落ちる。


「ぃつぅ……」


 差ほど床との距離がなかったから痛いだけで済んだが、いきなり手を放されたことには腹が立ち、次期当主でもあるルーシュを、フォルトは遠慮なく睨んだ。

 だが、従者である自分に睨まれたぐらいで、目の前の人物が堪えことなどないことも重々承知していたから、溜息混じりに言う。


「帰ってたのか?」

「いたら悪いかよ?」

「い、いや…別に」


 どうやら、主の兄上は機嫌が悪いようだ。

 普段から赤い宝石のような瞳が、更に輝きを増しているように思えた。

 先に、イリスを危ない目に合わせてしまったからだろうか、とフォルトは身を硬くする。

 ルーシュとは主従関係にありながらも、いつもは遠慮も容赦もない物言いを互いにし合う間柄でもある。


 それは、フォルトが幼い頃からずっとこの城で過ごし、今この歳になるまで、ルーシュから嫌がらせとも取れることをされてきたからだった。

 反撃せねば、我が身が危ない―これが、主に仕える為の諸々の事柄と共に、フォルトが培った教訓でもあった。


 しかし、どうも今日は分が悪い。

 フォルトの本能がそう告げていた。


 触らぬ神に何とやら…だな。

 まあ、神とは縁のない奴だけど……


 不機嫌さを隠そうともせず、ルーシュは従者を見下ろしている。

 フォルトは睨み返すことしか出来ずにいた。

 従者の精一杯な強がりをさらりと無視して、ルーシュは面倒臭そうにフォルトの腕を掴んだ。


「いつまでそうしているつもりだ? とっとと出てけ」

「は? 何言ってんだ? イリス様を放って、出て行けるわけ……」

「今日は俺がイリスの傍にいる。お前は邪魔なんだよ」

「え…何をいきなりっ…」


 反論しようとしたフォルトを力任せに立たせたルーシュは、すぐ従者に興味をなくし、妹に向き直った。

 その表情は、優しさに満ちていた。


「イリス、今日はずっと、俺が遊んでやるからな」

「わぁい!」


 イリスが無邪気に喜ぶ。

 フォルトのことなど、兄妹の赤い瞳には入っていないようだった。


 ったく…何なんだよ?


 ルーシュの不機嫌が移ったような感覚がした。

 フォルトは、「じゃあ、頼んだぞ」とだけ言い残し、部屋を後にした。

 返事は勿論、なかった。


 でも…丁度良かったかも、な。


 イリスの部屋を出て、苛立つ気持ちを抑えながら、フォルトは思う。


 ここの所、貧血気味だし…

 こっちこそ、ろくに食べてないし。


 それは、訳も分からないまま、いきなり部屋を追い出されたことを納得する為のフォルトなりの方法だった。

 足は自然と食堂へ向く。

 相変わらず、他の従者の姿は疎ら。

 溜息さえも大きく響いてしまいそうな食堂で、フォルトは自分の食事の準備に取り掛かる。


 だが、不思議と食欲が湧かなかった。

 いつもなら、作っている最中に腹の虫の一つでも鳴るのだが。

 疲れているからだろうか、それとも―


 なんか…引っ掛かるよなぁ。

 あいつの機嫌の悪さ。


 野菜を切る手を止めて、フォルトは暫し思いに耽った。

 確かに、普段からフォルトに対するルーシュの扱いは、良いものではない。

 だが、先の態度は、些か変だったような気がする。


 なんで、あんなに苦しそうな顔をしてたんだ?


 無意識に思ったそれに、フォルトはハッとした。


 苦しいだって…?


 いつも腹立たしいほど飄々として、余裕面を見せているあの男が―。

 フォルトは、首を横に振って、その考えを追っ払おうとしたが、何故だが更にそれは、頭の中で渦を巻いた。

 振り払おうとすればするほど。


 なんだってんだっ?


 どうやら、食事はまた後回しになりそうだ。

 切りかけの野菜を結局食料庫に仕舞い、フォルトは来た道を急ぎ戻った。

 主の部屋には、誰もいなかった。


 中庭か?


 他に二人の行きそうな場所が思い付かなかった。

 気付くと、フォルトは駆け出していた。

 別に心配をしていたわけではない。

 唯、自分が不安だったのだ―。


 何故だが―二人が見知らぬ者になってしまうような気がして……


 中庭は、偽りの柔らかい光りで満たされていた。

 だからこそ、二人はそこにいられるのだ。


 小さな妹は、兄の膝に頭を預けて眠っていた。

 遊び疲れたのだろう。

 フォルトが近付いてきたことにも、気付かない様子だ。


 兄の方は、うざったそうな顔をしたが、今度はフォルトを追い払うことはしなかった。

 その代わり、意地の悪い笑みを浮かべてくる。


「誰も構ってくれなかったのか?」

「てめぇじゃあるまいし、そんなことで不安になるかよ」

「俺がいつ不安になったよ?」

「ついさっき」


 フォルトは主の兄であるルーシュの横に、すとんと腰を下ろした。

 一瞬、面を食らったような顔をしたルーシュだったが、すぐにまた飄々とした表情で肩を竦める。

 この気に喰わない男が肯定するとは端から思っていなかったが、否定もしないことに、フォルトは少し驚いてしまった。


 だが、それ以上何も言わず、イリスの小さな寝息に聞き入った。

 この二人の間に、静かな時が流れようとは、二人自身も含め、この城の誰も予想しなかっただろう。

 しかし、沈黙は確かに訪れ―そして、それはルーシュによって破られた。


「人ってぇのは、脆い種族だな」


 幼い妹の寝顔に向けられた赤い瞳が、細められる。

 幼い主よりも、彼女の兄は、闇に生きている時間が途轍もなく長い。


 フォルトと同じくらいの歳に見えても、彼は三百という年月を当に越えているのだ。

 人である従者に計り知れない思いも沢山抱いていることは、フォルトでも察することが出来る。

 イリスの寝顔に、誰かを重ねているのだろうか―。


「何十人…いや、何百か、俺は死を見てきたし、多分これからも―」


 ルーシュはそこで、隣にいる従者の顔を見た。

 言われなかった言葉の最後は、分かっている。

 だから、フォルトは苦笑した。


「勝手に殺すなよ」

「勝手に死ぬなよ」


 即座に返されことが、また苦笑を誘う。

 ―と、イリスが薄らと赤い眼を開けた。


「フォルトぉ…?」

「ここにいますよ、イリス様」


 彼女は寝惚け眼のまま、暫く辺りをキョロキョロとしていたが、フォルトの姿を認めると、安心したように満面の笑みを見せる。


 そして、何も言わず、世話係の服をぎゅっと握り締め、また夢の中へと戻った。

 これには、フォルトも頬を綻ばせた。

 強く握られている小さな手に、自分の手を重ねて、そっと包み込む。


「ずっとここにいます」


 もう一度、フォルトがそう言うと。

 ルーシュが―「人は脆いんだよ」と、無感情に言い放った。


 睨むように言葉の主を見遣れば、真紅の眸に捉われた。

 深い、底のない紅い闇のような色。

 長い年月が、閉じ込められてしまっているようなそれは、何も感情を湛えていない筈なのに、フォルトに恐れを抱かせる。


 その眸は、同じ世界にいる筈なのに、違う景色を映すのだろうか―だとしたら、幼い主も。

 自然と幼い手を握る手に力が入る―。


「ッ―……」


 不意に、感情のなかったルーシュの表情が、意地の悪い笑みに変わった。


「ばぁか、何マジになってんだよ?」


 声音もいつも通りの飄々としたそれで、フォルトをどこまでも馬鹿にしていた。

 だが、膝の上で未だに眠り扱けている妹には、やはりどこまでも優しい、大切な宝物を見るような眼差しだ。

 フォルトは、どっちもルーシュなのだと、漸く理解した気がした。


 長生きするってぇのも、楽じゃないんだな…


 そんな人ならざる者達の傍に今、フォルトは仕えている。

 人の十年は、悠久の時を生きる主達にとって束の間。

 それこそ、フォルトの人生など―


 だから、今この時は、宝物なのかもしれないと、柄にもないことを考えた。

 フォルトは、憎らしい主の兄の横顔を見詰めた。

 彼の眸には、妹が映っていた―が、ちらりとだけ、従者に眼を向ける。

 その時、従者の淡い緑色の眸に映ったものは、ちゃんと赤く染まった自分の姿だった。


 赤い眸がずっと先を見詰めていようと、今は同じ時間を生きている。


 そして、いつの日か、赤い双眸が振り返った時。

 あの日のように、自分の姿がそこにちゃんと赤く映っていれば、いい―そう、思う……


Fin

ほうふしなこ様から頂いたお話はこちらで最後になります。

どれも、このシリーズの雰囲気を壊さないように書いて下さったことがわかるストーリーで、頂いた時は本当に嬉しかったです。掲載の許可も快く下さり、改めて感謝を申し上げます。

ほうふしなこ様のページはこちら(https://mypage.syosetu.com/745757/)です。


◇◇◇


最後までお読みくださった皆様にお礼申し上げます。


この物語は書きたいことを書き終えたので、ひとまずここで閉じさせて頂きます。

また書きたいことが出来たら、再開したいと思っています。

その時は、またお付き合い頂けると嬉しいです。


ありがとうございました。

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